第1話 隣国での出来事 ベルティーユ視点

「シリル様? どうかなさいましたか?」


 それは今から、およそ半年前。隣国エリュージを訪れた私のために、レンデワーズ畑――観光名所の一つであるラベンダー畑へと、案内してくださっている時だった。2人で馬車の窓から外を眺めていたら、不意にシリル様の眉根が寄った。


「え? あ、すみません。そのご様子ですと、僕は難しい顔をしてしまっていたのですね?」

「は、はい。あちらの建物が、どうかされたのですか?」


 それまでシリル様は穏やかな表情をされていて、斜め前方にあった大きな建物が目に入った瞬間、そのようになった。そちらに、なにかあるのかしら?


「ええ、実はそうなのですよ。あの建物は、現在国内で最も勢いのある『ルナレーズ商会』の支部なのですが……。その商会は、妙なのですよ」

「妙、ですか? それはどのように、なのでしょうか?」

「成長速度が――商会の規模の広がり方もそうなのですが、なにより資産の増え方がとにかく速いのですよ。あり得ないと、感じてしまうほどに」


 関係者の話などを聞くと、そこに不自然な点はない。けれど普通のやり方をしていれば、そんな速度で増えていくとは思えない。所謂企業努力の賜物だと自称しているのだけれど、努力でどうにかなるとは思えない。

 シリル様は同業者目線で観察されていて、そんな理由で不信感を覚えていた。


「と、いうことは。不正、なのでしょうか?」

「そちらは間違いなく、公安機関はすでに調査を始めているでしょうね。そのためいずれ明白となるのですが、そうすれば大問題に発展する――現在の取引相手や従業員に、大きな影響が出てしまいます。同業者としてはどうしても、そちらが心配になってしまうのですよ」


 商会の活動が止まってしまえば、それが大変な事態をもたらす可能性が高い。シリル様はライバルの脱落を喜ぶのではなく、そういった心配をされてたから――。つい、そのようなお顔になってしまっていたのです。


「ベルティーユ様、失礼致しました。本日はエスコートをさせていただく日ですので、お話を戻させていただきますね」


 そうしてシリル様はわざわざ頭を下げて謝ってくださり、『今ご迷惑をおかけした分まで楽しんでいただけるようにしますね』と仰ってくださって。その日はとても楽しい、幸せな1日となったのでした。



((あの頃から、半年が経っている。もしかすると、ルナレーズ商会はもうじき……))

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