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 ただ、自分の恋人がはじめて自宅にくるとなって、部屋の掃除から入念にやってしまう、というのも年ごろというものだろう。ねぐらである僕の部屋自体はすぐに片付いた。あとは、家族と共有しているスペースだ。「彼女」が来訪する時間帯が刻一刻とせまる中、せめて、見栄を張りたいと思っていたんだ。だが、手を付けてみれば想像以上の労苦を前に、別に、自分が散らかしたゴミでもないのに、などとも思い始めると、だんだん、バカらしくなってきて、最寄りの駅に「彼女」が辿り着いた事をスマホが告げると、汗だくとした僕はニヒルな顔の笑みでもって諦めるほかなかった。


 なにやらいろいろと詰め込まれたショッピングバックなどを手にした「彼女」が、居間の床中に散乱している酒瓶などを見た瞬間、そのゴミ屋敷の様に、瞳も大きく、一瞬、呆然とすると、僕は心底恥ずかしくて俯いた。が、

「よ、よぉ~し。先ずはお片付けから、やっちゃお~」

 なんとか、思い直すように僕に発破をかけてきて、ただ、「……どうせ、あいつら、すぐ散らかすよ」と、僕は、皮肉で答えることしかできなくなっていたものだった。


 ただ、孤軍奮闘よりは遥かに戦力となる「彼女」の存在のおかげで、見違えるようになると、みるみるゴミ袋はまとまっていく。とりあえず、テーブルも綺麗に磨かれた頃、気づけば、台所で、「彼女」は調理をはじめようとしていて、そんな後ろ姿をぼんやり見つめていたら、まるで、「彼女」のお母さんの姿が重なる錯覚に、思わずふるふると顔を振っていたりしていると、そんな僕の名を「彼女」は呼び、

「なんか、今日ってさ、サンタさんの特別な日なんだって」

「えっ~……トナカイの仕入れ日とか?」

「ぷぷっ。違うよー……」

 すっとぼけた返事とともに我に返った僕は、その後の「彼女」の講釈を聞きながらも、和やかでありつつも慣れないこのひと時に、感情のどこかがざわつく感覚をおぼえた。


(……サンタクロースの命日が誕生日って。ゾッともしねーよな)

 そして自室での待機を命じられた僕は、学習机変わりのちゃぶ台の前でギターをつま弾いていると、やがて、「お待たせー。運ぶの手伝ってー」と、「彼女」はお手製の料理を手にして部屋に訪れたのだから、感情は更にざわつくのだった。

 棚にずらりと並んだ、どれも中古のCDコレクション以外は、まるでギター置き場でしかないような殺風景な部屋には、コンビニ弁当なんかじゃ有り得ない暖かな香りで満ち満ちていく。「……そいや、親の吞みかけのワインあっけど」などと口を開けば、「バカ」などと突っ込まれたりしつつ、「彼女」の手料理も美味なのに、この感情の落ち着きの無さはどこからくるんだろう。


 そして、とうとう目の前にはケーキが置かれると、ろうそくが点され、コホンとひとつ咳払いなどをした「彼女」が、手拍子と共に僕に向けてバースデーソングを歌いはじめると、じわりじわりと忍び寄り、ついにそれは、今よりもはるかに少年だった頃の思い出と共に涙となって、ポロリポロリと決壊しだすのだった。


 小さい頃、友達の誕生日会に御呼ばれされたことがある。今日、この日のようにテーブルにはたくさんの料理が並んでいたっけ。そしてケーキが運ばれ、ろうそくは点され、友達の友達たちも一斉におめでとうを繰り返していて、友達のお父さんもお母さんも微笑むなか、友達はろうそくの火を消すと、一際に、パチパチとした拍手が響いた。


 幼心ながらに、その雰囲気のなにもかもが、僕にとっては気に入らなかった。


 発作的に友達の元まで駆けだすと、僕はそいつをボコボコに殴りつけ、次の瞬間には、そのバースデーケーキをぶち壊し、挙句、テーブルの上に乗りだすと、その場にある料理の数々すらをも蹴り飛ばしはじめたのだ。みんなの泣き声や悲鳴や大人たちの怒号が響くなか、僕の感情のなかにあったものは、言葉にし難い、友達へのどす黒い嫉妬で、もう何日も同じ服、ズボン、パンツしかはけてない現状すらよぎれば、その場で、全てを真新しくしてるどいつもこいつもすらが憎たらしくなり、とうとう取り押さえられるなか、言い知れぬ感情に、僕は野獣のように唸り、叫び、バースデーソングを聞いたのは、その日が最初で最後だった。

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