俺は兄貴のパシリかよ⁉︎

犬皮脂 天尾

第1話 今日も今日とてパシられる

『焼きそばパン買ってこい』


夏日の昼下がりに、そんな一通のメール。今日も今日とてこの時間がやってきた。


俺の名は愛澤優人あいざわゆうと追廻おいまわし学園に通う高校1年生で、陸上部所属だ。先程のメールの差出人は俺の兄、愛澤優梨あいざわゆうり。どことなく生意気で偉そうなのは、彼が学校のマドンナ的存在として謎の地位を確立しているのが原因だろう。


兄なのにマドンナとはこれいかにと思う人もいるだろうから一応説明しておこう。


俺の兄貴は入学式当日、女装をして登校した。

元々中性的な顔立ちなのもあって女装の完成度は相当高く、男なのに可愛い。

そこらの女子より圧倒的に可愛いもんだから、登校初日にして同学年の男子全員を魅了したのだとか。故にマドンナ。男なのにマドンナなのだ。


「んじゃ、俺行ってくるわ」


俺は遥か先を見据え、静かに席を立つ。

今日も華麗に日課をこなす。


「おお、忙しないねえ、昼休みだってのに」


弁当を片手に俺に話しかけるのは、クラスメイトの友近雄二ともちかゆうじ


雄二、お前には分かるまい。この大変さが。

廊下にでたらその先は戦場なのだ。「焼きそばパン争奪戦」のな!


愛澤優人、いざ参る——————————‼︎




「ゼェ、ゼェ.....」


ようやっと大混雑の購買を抜け出し、汗だくの手で重い戸を開ける。2年生の教室だ。窓際の席に目をやるといつものように俺の兄貴が足を組んで待っていた。


「遅えよ。もう昼休み終わるっつの」


「仕方ないだろ、1番人気なんだぞ....」


昼休み、ダッシュで購買まで行き、大混雑に耐え抜き、死ぬ気で獲得した焼きそばパンを最終的に兄貴に献上する。それが俺の日課だ。つまり俺は兄貴のパシリっていうか、下僕っていうか、奴隷みたいな....とにかくそんなもんだと思って貰えればいい。


「優人くんてばいつも大変だね〜」


顔を上げると眉目麗しい女性が座っていた。笑い混じりに話しかけてくる彼女の名は恋川美咲こいかわみさき。陸上部のマネージャーで、俺の1番親しい先輩でもある。彼女は兄貴とも親しい仲らしく、何かと普段から兄貴と一緒に過ごしている。


美咲先輩はほんと可愛いし優しいし胸でかいし、俺の癒しだ。こうやって俺を慰めてくれるのも美咲先輩だけ。


「んじゃ、もう行っていいよ。バイバイ」


一方兄貴はめちゃめちゃ俺に冷たい。ガキの頃はよく遊んだのに、中学に入ってからは俺のことをやたら見下すようになった。


ほんと、いつもいつもこき使いやがって。いつか絶対屈服させてやるからな....


「もう、優梨ったら優人くんに冷たすぎ〜」


そうだよ、もうちょっとくらい優しくしてくれたっていいじゃんか。


そう心の中でぼやきながら2年の教室を後にした。



「ただいまー」


俺が自分の教室に戻る頃には昼休みはとっくに終わっていた。次の授業は体育で今頃全員更衣室に移動しているはずだ。


なのでこの「ただいま」に返事があるはずはないのだが........


「よお、お帰り」


どうやら俺の帰りを待っている人間がいたらしい。


「お前まだいたのかよ」


しんと静まり帰った教室に、ただ一人ぽつんと椅子に腰掛ける人間がいた。雄二だった。


「待ってたぜ。一人だと寂しいだろ」


「待っててくれなんて頼んでないぞ」


まったく、おかしなところで気が利く奴だ。俺を待ってたら授業に間に合わないってのに。

そんな事を思いながら、俺はそそくさとロッカーから体操着を取り出した。


「ところでさ、お前の兄さんってめっちゃ可愛いよな。優梨先輩だっけ?俺も仲良くなりたいな〜」


と、藪から棒に兄貴の話題を振ってくる雄二。最近はずっとこれだ。皆んな俺のことを異様に羨ましがる。お近づきになりたいってんなら止めはしないが一応忠告だけはしておいてやる。


「やめといた方がいいだろ。使いっ走りにされるだけだ」


「むしろご褒美」


馬鹿め、お前の場合他人事で済んでるからそんなこと言えるんだぞ。俺の苦労を知ったら同じ事を言えなくなるだろう。


「馬鹿言ってねえで早く着替えんぞ、マジで間に合わねえから」


急いで更衣室に向かったが、この調子だと2人揃って遅刻だろう。


◇◆◇


「5限自習じゃん、ラッキー」


2年A組教室は歓喜に包まれていた。自習とは名ばかりで、生徒にとってそれは休み時間と同義である。「休み時間が伸びた!」とはしゃぐ生徒もいれば、秒で席を離れてお喋りを始める生徒もいる。


しかしそんな中ただぼーっと窓の外を眺めているだけの者がいた。愛澤優梨である。


「優梨、何見てんの?」


「あ、いや、何でもない」


後ろの席から話しかけられてハッとする。後ろを振り向くと、美咲も同じように窓の外を見つめていた。


「ははーん、成る程ね。外で1年の男が体育やってんのか」


「な、なんだよ」


「いや〜別に〜?あ、優人くんみっけ」


グラウンドを見ると、1年生男子約70名が400mトラックを走らされていおり、その中に先頭を独走する生徒が1人。愛澤優人である。あまりに目立つものだから、女子の歓声は決まって「優人くんがんばれ〜!」である。


「うわぁ相変わらずはっや。陸上部の練習全然見てなかったけどあんなに速いんだ」


よくよく見ると、優人が速過ぎるせいで既に何人か周回遅れにさせられていた。


「あれだけの体力ただ走るだけじゃ勿体無いね。今度買い物の荷物持ちでも頼んじゃおっかな」


さらっと言うがそれは遠回しにデートに誘うと言っているようなものである。これには優梨も黙ってはいなかった。


「あ、あいつは俺専属の使いっ走りだから!」


優梨は少しムキになって言い返した。優人が他の誰かとつるんでいる場面を想像すると、何故か苛立ちを覚えてしまう。


その反応を見た美咲の口角が吊り上がる。


「なにムキになってんの?やきもち?」


「ちがっ.......!」


「まぁ私が手出さなくとも優人くんかなりモテるみたいだし、もうすぐ優梨のモノじゃなくなるかもね?」


「うっ」


優梨は何も言い返せなかった。確かに美咲の考えは核心を突いていたし、優梨も薄々そう感じていた。


実際優人は高校に上がってからずっと色んな女子からアプローチを受けている。本人は自覚していないようだが、スポーツもできる上顔立ちも整っているので女子からは相当な支持を得ているようだ。


「私も優人くんのこと狙っちゃおっかな」


「か、勝手にしろ....」


そう言って優梨は不機嫌そうにそっぽを向く。

「どうせいつもの悪い冗談だろう」と、優梨はそう思っていた。









—————そう、高を括っていた。






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