母の愛

@mia

第1話

「やったー」

 電話を切ると思わずガッツポーズをしてしまいました。

新しい仕事が決まったのです。一か月の短期間ですが、栄養士と調理師の資格が生かせる仕事です。

 今まで働いていたカフェレストランが三か月前に閉店してからは、家で両親と私の三人分の食事、朝食、お弁当、夕食を作ってきました。両親は「おいしい、おいしい」と喜んで食べてくれましたが、うちの両親は何を作ってもおいしいと食べてくれそうです。

 家にいることも、「今まで休みなく働いてきたのだから、少しゆっくりすればいい」と言ってくれます。

 そう言ってくれるのが嬉しい反面、申し訳なく思ってしまい仕事を探していました。

 両親とこの仕事を紹介してくれた伯父に仕事が決まったとメッセージを送るとすぐに伯父から電話が来ました。

 仕事中だから遠慮して電話ではなくメッセージを送ったのに、意味がありません。

しかも、「本当に? 受かっちゃったの? 」といういつもの伯父らしくない言葉です。

 私もそう思いますが、自分で思うのと人から言われるのはダメージが違います。

 伯父夫婦にはお子さんがいないので、私のことを娘のようにかわいがってくれています。その伯父が喜んでくれないことがなんだか悲しいです。が、それ以前に紹介した本人としてどうでしょう。

 伯父の紹介で今回決まった仕事は、伯父の会社の取引先の偉い人の甥御さんの家での一か月間住み込みの料理人です。

 紹介といってもすぐに決まったわけではなく、面接がありました。履歴書提出、現住所確認。他にも、栄養士、調理師の免許証の原本確認、予防接種済の確認書類提出などいろいろとありました。その結果合格したのです。

 奥様が妊婦さんと聞いていたので、出産経験のある人が選ばれると私も思っていました。


 迎えの車に乗り、ついた先はとても立派な家でした。

 まず、旦那様に挨拶をしましたが、一番念を押されたことがあります。

「妊娠、出産については触れないでほしい。妻から話し出しても流してほしい」

 

 妊婦さんと接するのに触れないのは不自然な気がしますが、雇い主の希望なのでそうします。

 奥様を紹介すると旦那様は仕事へ行きました。

 奥様は私の一つ下で、二十七歳でした。妊婦と言われればそう見えるし、太った人と言われればそう見える体型です。

 出産するまで妊娠していることに気が付かなかったという例もあるようなので見た目ではわかりません。

 妊娠には触れずに、当たり障りのない挨拶をしました。


 食堂で奥様が食べ終わってから、一人で台所で食事をとるつもりが奥様の希望で一緒に食べることになりました。

 初めのうちは緊張しましたが、同世代ということもあり話が弾みます。

 奥様は話好きなのかいろいろな話をしてくれます。もしかしたら年齢が近いというのも選ばれた一因かもしれません。

 

 この数日間で分かったことがあります。

 妊娠が分かってからは奥様のお母様がこの家に来て食事の支度をしていたこと。

 お母様の具合が悪くなり大事をとって入院していること。

 以前にも同じようなことがあり、その時は入院せずこの家で療養していたこと。

 その時は知り合いも利用している家政婦紹介所の家政婦にきてもらったこと。

 その家政婦とトラブルがあり、今回は利用をやめて伯父の紹介から選んだことなど。

 会社関係の、しかも偉い人に変な人間を紹介するなんてできません。そんなことをしたら、個人ではなく会社に圧がかかりそうです。


 奥様が一番多く口にしていたのは、赤ちゃんが生まれた後の不安でした。

 いっしょにいられるのは生まれてから数年。幼稚園に通うようになったら離れ離れになってしまう。それを恐れているようでした。

 奥様の不安も分からなくはありません。

 いつ事故や事件に巻き込まれるかわかりません。青信号を渡っていても、歩道を歩いていても車にひかれる世の中です。集団の属すればイジメがあるかもしれません。 

 旦那様はこのような奥様を心配して初日に私に念押しをしたのでしょう。

   

 奥様のお母さまも退院して、もうすぐ契約期間も終わるときに嬉しいことがありました。

 おなかの赤ちゃんに蹴られたのです。

 いつも静かな赤ちゃんが、今日は元気に動いていたのです。

 奥様に「蹴ってる。触ってみて」と言われたのです。私から言い出したわけではありません。

 三年前、妊娠していたいとこのおなかの赤ちゃんと同じ元気な蹴りです。

 私の勝手な想像ですが、あかちゃんが「ごはん、ありがとう。おいしかったよ」とお礼を言ってくれているようで嬉しかったです。


 無事に仕事を終えた私を奥様は外に出て見送ってくれました。車に乗った私に何か話しかけてきたので窓を開けました。

 「赤ちゃんが生まれたら、会いに来てね」


 奥様がごく当たり前のように言うので、私もつい聞いてしまったのです。      

 「いつ出産予定日なんですか」


 仕事を終えて気が緩んでいたのでしょう、旦那様の言葉を忘れていました。 

 奥様が笑いながら教えてくれます。

「予定日はね。二か月前なの」      



 


 

 

 

 


 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 



 

 

 

 

 

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