上平恭介は今日も巻き込まれる 〜世界の危機はもううんざりだ〜

@hakka_abura

プロローグ

 上平かみひら恭介きょうすけ、15歳。中学3年生。

 それは塾からの帰り道のことだった。

 あたりの街灯が、まるでスイッチを切ったかのようにパチリと消える。

 同時に道に面した家々の家庭の明かりも消え去り、あたりは暗闇へと転じた。

 それだけならば区画単位の停電かなにかかと納得したところだろう。

 しかし、天に煌々と存在感を示していた満月や、散りばめられた星々が消えるのを見ると、恭介は溜息をついた。

 ──またか・・・、と。

 背負っていた鞄を路傍に投げ、肩を回す。

 耳を澄ませば、恭介からみて右の方向300mほどか。静謐となった住宅街に甲高い金属音が響いている。

 300m……少し、遠い。

 移動するのも億劫なので待っていると、おそらくこの現象を生み出した側であろう人物が屋根伝いに走って来た。

 月明かり星明かりもない暗闇だが、恭介にはどうということはない。恭介が視界に捉えた男が全身に纏った黒いローブは、ファンタジーの黒魔術師を彷彿とさせる。

「……なん、だ。貴様……? わ、たし、の【亜絶あぜつ】を。くぐりぬける、とは」

 しゃがれ声。どうやら男のようだ。

「亜絶? ……あぁ、これのことか。まぁこういうパターンは13回は・・経験してる・・・・・。どっかで耐性できてたんだろうなぁ」

 肩をすくめる恭介。男が不可解そうに首を傾げる。

「……? なん、の。話だ」

「こっちの話だよ。それで? 俺をどうするんだ? 別に見逃してくれるってんなら俺は帰るだけだけど」

「…………貴様、は。なに、か、おかしい。わからぬ、が……どのみち。見られた、から、には。生かして、おけん」

 ローブで見えなかった男の腕には剣のような刃のついたガントレットがはめられていた。男は屋根から飛び降りると、その勢いのまま恭介を刺突しにかかる。

「あ〜ぁ。あんた死んだぜ、おっさん」

 恭介は人差し指と親指を立て、銃の形にすると、照準を男に定める。

「──《光線シュトラール》」

 自棄めいて吐き捨てるように、ぽつりと呟くと、中空で身動きのとれない男の胴体を、空から降り注いだ一筋の細い光線が貫く。

 針の太さほどの穴が空き、ゴボッという不快な音とともに男が吐血する。内臓を傷つけたらしい。

「あっ……【人口衛星トラバント】の位置が悪かったか。ここまでやる気はなかったんだが……」

 大口を叩きつつも流石に重傷を負わせるつもりはなかった恭介は、仕方なく傷口に手を当てた。

 男が痛みに顔を顰めるのを気に留めず2秒ほど触った後離すと、その傷跡は綺麗に消えている。

 ローブの男は傷の痛みがなくなると身を翻して立ち上がり、虚空に手を伸ばす。

 ズヌ、という聴き馴染みのない擬音と共に空間から引っ張り出された闇が形どり、剣のような形になる。

「影……陰? いや、闇……か、これは。なるほど、そういう趣向ね」

「なん、だ……貴様……! わた、しの、身体を……なにを、した……!」

「おいおい、殺そうとしてきたやつの命を救ってやったんだぜ? なんだって決まってんだろ。善良な一市民さ」

「なにをした、と聞いている……!!!」

 人を食った恭介の弁に業を煮やした男が、手元の闇を振り回す。

 水平に振られたそれを恭介は軽くしゃがんで躱すが、その闇の延長上にあった建物には鋭い斬跡が残った。

「伸縮自在、ね。質量も無しか。そこそこ厄介かもな」

「眷属、ども!」

 男が叫ぶと闇から出でた巨大な黒い犬が、鋭い犬歯を剥き出しに恭介に襲いかかる。

 四方八方から飛びかかるが、器用にその場で身を捩らせる恭介の、その体の一片にさえ掠りはしない。

「動物もあり……かなり応用が効くのか?」

「ぐ……っ」

 男が胸を抑えて蹲る。恐らく能力の使用制限かなにかだろうと予想した恭介は、その隙に指をパチンと鳴らす。

 すると恭介から光が放たれ、辺りを明るく照らした。光を浴びた男の持つ剣状の闇や犬達が崩れるように消えていく。

「案の定、光には弱いっと。ま、検証はこんなとこか」

 光は一瞬のもので、辺りは再度闇に包まれる。恭介は悠々と男の元まで歩くと、その首筋にそっと右手を添える。

「《雷神の瞬き》」

 バチっと火花のような閃光が瞬いたと思うと男の意識は体内に流し込まれた雷によって刈り取られ、ガクンと力なく倒れ込む。

「はい、終わり」

 パンパンと無意味に手を払って立ち上がる恭介。同時に辺りは光を取り戻す。亜絶とやらの効果は男の失神とともになくなったようだった。

「さて、どうすっかなぁ。とりあえず近藤さんのとこにでも持ってくか……」

 ぶつぶつとひとりごちながら路傍に置いておいた鞄を前に抱え、男の腕を肩に担いでその場を去ろうとするが。

「待って!」

 その背後に掛けられた女の声に、恭介は脚を止めた。振り返ると、制服を着た女の子が立っている。着崩したりはせず清楚な印象を与える黒髪の少女の、右手に握られている西洋剣がなんともアンバランスな印象を与えていた。

「あ、あなた……何者、なの?」

「そればっか聞かれるなぁ。自分から名乗るのが礼儀だろ?」

「そ、そうね。えっと………………たちばなはるかです」

 どうやら色々言葉を飲み込んだらしい。大方、組織名とかその中での立場とかそういったものを。

 しかしそっちが隠すなら、恭介としても何かを明らかにする必要は全くない。

「橘ね。俺は恭介。上平、恭介。近くの中学に通ってる受験真っ只中のしがない中3。じゃ、自己紹介も終わったとこだし俺は帰るから……」

「ま、待って待って! えぇっとどうしたらいいんだろ……こんなの習ってないよぉ……」

 とうとう半泣きになり始めた女の子に申し訳ない気持ちも湧いてこないでもなかったが、相手は見るからに高校生以上の豊満ボディだったので恭介はスルーすることにした。歳上にかける情はないのだ。

 とはいえ。

「それよりさぁ。さっさと剣、手放したほうがいいぜ」

「へ?」

「へ? じゃねぇよ。普通に銃刀法違反だろその刃渡り」

 亜絶とか言ったか。恐らく人の目を外す類のアレの中なら問題ないのだろうけど。どう見ても15cmを超えた刃渡りの、如何にもな装飾過多な剣をぶら下げている遙にそれだけは忠告してやって、恭介はその場を後にした。

 おおかた、人目につかないからいいだろうとタカを括っていたのだろう……という恭介の予想は、大きく外れていた。

「やっぱり見えてるんだ・・・・・・……あの子、何者……?」

 最後にかけた僅かな情のばかりに恭介はまたも厄介な世界の危機に巻き込まれてしまうのだと、今はまだ誰も知る由はなかった。

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