記憶と共に

彼方しょーは

第1話

「どうやら、娘さんは記憶喪失になってしまったようです」

「そんな!む、娘の記憶は戻るのですか!?」


傍で女性とおじいさんが何か話している。他にもう一人男の人がいるけど、顔を真っ青にして立っている。


「分かりません。ふとした瞬間に戻るかも知れませんが、一生戻らないかもしれません」

「そ、そんな……何で、何で明莉はこんなに報われないの!」


女性は泣きじゃくってその場にうずくまってしまった。私はそれをベッドの上から他人事だと思ってぼうっと眺めているだけだった。




その後、泣き止んだ女性を男性が支えて部屋から出ていった。残ったのは私とおじいさんだけ。おじいさんが私に微笑みながら話をし始めた。


「じゃあ、もう一度自己紹介をしようか。今後、君と関わることになる日田という。そして、君の名前は明莉だ。君は記憶を無くしてしまったんだ」

「そうなんですか」


そうとしか言えない。だって私は何も分からないから。自分の名前も、今まで何をしていたのかも知らない。ここはどこなんだろう?

私は記憶喪失になったからここにいるの?


「記憶を無くしてしまって、何か辛いことが起きるかもしれない。そういう時は、遠慮なく誰かに言うといい」

「はい」

「じゃあ私は失礼するよ。すぐに看護師を名乗る女性が来るはずだ。質問があればその女性に言いなさい」


そう言い残しておじいさんも出ていった。とても穏やかな雰囲気を持っていて、優しい喋り方をする人だった。そして遂にこの部屋には私一人だけになった。何も無い部屋に私だけが居る。何の音もしないから、誰の存在も感じられずとても寂しい気分になる。外を見ると、暗くなっている。そういえば私の名前は「あかり」と言うらしい。それで、泣いていた女性と顔を真っ青にしていた男性は私の両親らしい。だけど私はその人達のことを何も覚えていないから両親だと言われても困って、どうすればいいか分からなかった。


少しすると女の人が部屋に入ってきた。とても綺麗な人だ。女の私ですら見惚れる程だ。女の人もおじいさんと同じように私に微笑みながら話掛けてくる。


「明莉ちゃん、気分は大丈夫?気持ち悪かったりしない?」


とても綺麗な声だ。容姿も声も綺麗だなんて、羨ましい。


「はい、大丈夫です」

「そう、良かった」


そう言うと近くにあった椅子を私が居るベッドの傍まで持ってきて座った。


「よいしょっと。明莉ちゃん、聞きたい事がいっぱいあるでしょ?お姉さんに質問しても良いわよ。記憶を無くす前の明莉ちゃんのことも私は知ってるわ」

「お姉さんの名前は何ですか?」

「あら?そ、そういえば自己紹介してなかったわね。私はこの病院で看護師をしている佐藤優里よ。気軽に優里お姉さんって呼んでも良いわよ」

「優里お姉さん」

「うんうん、何かしら?」


優里お姉さんと呼ぶと、嬉しそうに応えてくれた。どんな顔も絵になりそうな人だなぁ。


「私ってどんな人だったんですか?」

「明莉ちゃんはねー、とても元気な子だったわ。入院してる周りの人をよく励ましていたわ。本人は励ましているつもりだったんだろうけど、皆泣いちゃってたわね。おじいちゃんおばあちゃんは特に」

「何で泣いていたんですか?」

「さあ?孫ぐらいの年齢の子に励まされるのが嬉しかったんじゃないかしら?お年寄りなんてそんなものよ」

「そうなんですか」


私はお年寄りのことはよく分からない。そもそも自分のこともよく知らない。前の私に比べると、今の私は別人と言っても良い程変わっているらしい。記憶を失くしたのだから、人が変わるのは当たり前のことだと思う。


「あとは、高校生で、学校でもお友達は多かった見たいね。見舞いに来てくれているのは四人だけだけど。高校生なんて青春真っ只中よ?こんな時期に記憶喪失になるなんて残念ね」

「友達ってどんな人ですか?」

「毎日お見舞いに来てるわよ。明日も来るんじゃないかしら?中学からの友達らしい三人と幼馴染の女の子が来るわね。残念ながらボーイフレンドはいなかったみたい」


そんなこと言われてもあまりピンと来ない。前の私の友達は明日来るんだ。ほぼ全ての記憶を無くした私を見て、その人達はどう思うんだろう?もしかしたら拒絶されるかもしれない。そう思うと明日会うのが怖くなってきた。でも、会ってみたいとも思っている。


「大丈夫かな?拒絶されたりしたら……」

「きっと大丈夫よ。あの子達も今日来たから説明してあるわ。だからあなたのことも受け入れてくれるわよ」

「そうでしょうか……」

「大丈夫よ!なんなら、何かあった時のために私が一緒にいても良いわよ」

「じゃあ、お願いします。優里お姉さん」

「ええ!任せなさい。でも、明日だけよ?私がいるとあの子達が気軽に話せないだろうから」

「分かりました」


お姉さんが居てくれると思うと、少し気が楽になった気がする。明日、私の友達がどんな人なのか、会うのが楽しみになった。


その後はお姉さんと話をしながらご飯を食べた。途中からお姉さんが仕事について文句を言うのを私が聞くだけになってしまったけれど、私にとっては誰かと一緒に居て、会話をする。それだけで、とても幸せな気分になれた。


「そろそろ消灯の時間ね。じゃあね明莉ちゃん。明日のためにちゃんと寝なさいよ」

「はい」

「じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」


そして、お姉さんはこの部屋の電気を消してから出ていった。

暗くなった部屋で私はまだ見ぬ友達への期待と不安を抱きながら眠りについた。





☆☆☆

初投稿です。誤字脱字等があった場合、教えて下さると幸いです。応援よろしくお願いします



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