【6話 尻尾を持つ者】

 ユキたちの近くに建てられている家の天井に、二十歳前後の若い容姿の女性が座りながらユキたちの会話を眺めていた。身長は百六十センチメートル程あり、薄茶色の後ろ髪を腰の上部まで伸ばしている。また、神秘的な雰囲気フインキまとっている美しい白い衣装を身に着けていた。頭頂部と側面の間からは三角形の耳が一対あり、腰の辺りからは五十センチメートルほどの少し太い尻尾を垂らしている。


 そして、神秘的な女性は両手を天井に着けて座りながら道路の様子を見つめ続けた。


(ほう、まずは頭突き攻撃か)


 一方、チェルシーは無表情のままゴロウに訴えていく。


「ゴロウ様、手を出してはいけません。犯罪になります」


「犯罪にはならないさ! このお嬢ちゃんを気持ちよくしてあげてるだけだからなぁ!」


「いえ、暴力です」 


 ユキは額を押さえながらたじろぐ。


「やめてください! 警察に通報しますよ!?」


「警察に行くのはお前だ! お前はこの素晴らしい景色を壊そうとしてるんだろ!? そうだろ!?」


 ゆっくりと後ずさりながら顔を引きつらせるユキ。


(この人、一体何いってるの!?)


「いや、やはり警察に行かなくていい。代わりに優しい俺がお前の事を保護してやる! そうだ、素敵な勉強だ!」


 ゴロウは笑顔を浮かべながらユキに向かって走り出す。続けて、ユキの肩を再び強く握りしめ、唇をユキの唇に重ねていく。


 ユキは目を見開きながらゴロウを突き放そうと腕を忙しく動かす。


(でぃぐっ! ヤダ! いきなりなんで!?)


 何度もゴロウを体から引きはがそうと試み続けるユキ。


(逃げられない! 感染確率六十%、感染回避成功、感染しませんでした!? こんな時になに考えてるの! 違う、誰か助けて!)


 それから、チェルシーは眉尻を下げながらゴロウに言葉を投げかける。


「ゴロウ様、それは性的暴行になります。犯罪です。今すぐ警察に出頭しましょう」


 一方、神秘的な女性は家の屋根で立ち上がった。


(見知らぬ人間の娘になんて興味はないが、退屈しのぎにたわむれてやるのも悪くないだろう)


 そして、神秘的な女性はその場から勢いよく飛び降りてユキのすぐ近くで静かに着地する。


 続けて、すぐにゴロウの側頭部をつついた。


(動くしかばね、いや、人間もどきよ、調子に乗るなよ?)


 ゴロウは奇声をあげ、首を過度に回す。


「ずぁべ!」


 そして、ゴロウから解放されたユキ。


(よしっ、よしっ! 今なら逃げれる!)


 続けて、ユキは近くにいる神秘的な女性を見つめる。


(んっ、この方はいつの間に? あれ、もしかして、オレのこと助けてくれたの?)


 それから、すぐに視線を神秘的な女性からゴロウに移し、目を見開いて大声を出すユキ。


「でゃぎゃー!!!」


 一方、チェルシーは無表情のままゴロウを眺める。


(ゴロウ様の致命傷を確認。病院へ搬送準備開始)


 そして、チェルシーはユキに向かって勢いよく駆け寄っていく。続けて、神秘的な女性の横を素通りして、ユキの顔に勢いよく拳を振りかぶった。


(敵意のある存在を排除し、安全を確保)


「ずぁんびぁ!」


 ユキは体を円を描くように回転させながら、道路の上に倒れ込んだ。


 それから、チェルシーはユキに再び駆け寄りながら腕を振り上げる。


 硬い笑みを浮かべながらチェルシーを見つめる神秘的な女性。


(人間の作り出したカラクリ、いや、これも人間もどきか? まぁどうでもいい……それよりも、せっかく我が動いてやったのに、それを無駄にするつもりか?)


 続けて、神秘的な女性はチェルシーに向けて手を素早く水平に振っていく。すると、チェルシーの腕が地面に転がり落ちる。


 一方、ゴロウも近くの宙を乱雑に殴りかかっていく。


 神秘的な女性はゴロウに細めた目を向ける。


(しつこいぞ……。はぁ、お前とのたわむれはもう終わったが、仕方ない、もう一回だけだぞ)


 鋭い眼差しを作り、ゴロウの両足に向けて大きな蹴りを振る神秘的な女性。


 そして、ゴロウは崩れるように道路に倒れ込んだ。


 また、チェルシーは倒れているユキを見つめながら残った腕を振り上げる。


(危険人物。早急に排除)


 一方、神秘的な女性はチェルシーが振り上げた腕に、再び勢いよく手を水平に振っていく。


(ほい)


 すると、チェルシーの片腕は勢いよく回転しながら道路に落ちていった。続けて、神秘的な女性は右腕を正面に突き出し、チェルシーの顔に当てていく。


(それ)


 拳を貰ったチェルシーの頭も勢いよく飛んでいき、近くの壁にぶつかったあと道路に落ち、ゆるやかに転がっていった。


 更に、神秘的な女性はチェルシーの片足を掴むと軽々しく振り上げる。


(ほいっと)


 続けて、神秘的な女性はチェルシーの体を振り落として道路に衝突させた。


 チェルシーは体内から部品をまき散らしていく。


 そして、ユキは額に手を当てながらその場を立ち上がる。


(痛いよー。なんで? なんでみんな暴力的なの?)


 それから、眉尻を下げながら周囲の様子をうかがうユキ。


(って、あれ、あの二人は?)


 一方、神秘的な女性は無表情のまま、手を小さく動かし続けているゴロウの腕を勢いよく踏んづけた。


 続けて、踏まれたゴロウの腕を引きつった顔で眺めるユキ。


(えっ、えぇっ!? これ、お兄さん!? え、このお姉さんがやっつけたの?)


 ユキは目を見開いてたじろぐ。


(お姉さんがオレの事を助けてくれた? ……それはありがたいんだけど、これはやり過ぎなのでは?)


 それから、地面に落ちている美しい人間の形をしたパーツに視線を向けるユキ。


(これは……お兄さんが連れてたアンドロイドの顔!)


 ユキは破損したチェルシーのパーツに視線を移す。


(つまり、このパーツはもしかして……これは、お姉さんがやったの!?)


 硬い笑みを作りながら神秘的な女性を見つめるユキ。


(お礼言った方が良いかな? でも、オレの事も二人みたいに滅茶苦茶にされちゃうんじゃ。このまますぐに立ち去った方が良いのかな?)


 ユキは周囲を見渡して顔を引きつらせる。


(あれ、えっ……まさか、この人がこの町の人を皆殺しに? えっ、えっ!?)


 目を見開きながら後ずさるユキ。


 そして、神秘的な女性は深くうなずく。


(人間の娘、あとは好きにするがいい。この先死ぬも生きるも、お前次第だ。さて、我の暇つぶしはこれでしまいだ)


 続けて、神秘的な女性は体を反転させて道路を歩いていった。


 神秘的な女性の後ろ姿をこわばった顔で眺めるユキ。


(えっ、何もしてこない!? つまり、どういうこと!? えっ、やっぱり、彼女はオレのこと助けてくれたって事? ……それなら、お礼言わなくっちゃ!)


 ユキは両手を口の端に添えながら叫ぶ。


「あのっ、助けていただいてありがとうございました」


 しかし、神秘的な女性はユキの言葉を無視して歩き続ける。


 ユキはかわいた笑顔を作りながらもう一度叫ぶ。


「あの、すいません! 助けてくれてありがとうございます! それで、ちょっとお聞きしたい事があるんですが、この町は一体何が起きたんですか!?」


(うーん、うるさい人間の娘だなぁ)


 そして、神秘的な女性は足を止めると目を細めながら振り返り、遠くを指さす。


(あっちに向かえば、生きてる人間に出会えるはずだ。そこでそいつらに聞くがいい。ま、生きてたらだがな)


 ユキは頭を掻きながら首をかしげる。


「え、家の中に入ればいいんですか? えっ?」


 神秘的な女性はユキの言葉に何も反応しないまま遠くに離れていく。


 そして、神秘的な女性の後姿を見送りながらユキは深くお辞儀した。


(物静かで正義感の強い人なのかな? それより、なんか尻尾がある!? って、なんか頭に動物の耳が……。いやいや、助けてくれた人に変な目を向けるのはダメ!)


 目を閉じながら頬を強く叩く。続けて、真剣な眼差しを近くの家に向ける。


(それで、あの家に一体何が?)


 ユキは眉尻を下げて拳を口元に添えながら一般的な居住を見つめ続けた。

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