最強執事と最恐王女

へいあん

第1話 いつものように執事の一日が始まる

 眠い眠いと思いながら、パジャマから執事服に着替える。

 ここは、ヘルディアン王国の王城、一階の執事の宿直室兼マイホームだ。今はまだ朝5時だが起床して庭の手入れを始めなければならない。

 本当は、休みたくて休みたくてしょうがない。だいたい、なんで執事は1日働かなければならないのに、スタートが5時からなんだ。ブラック企業!いや、ブラック王城!だ。

 しかし、自分は15歳という若さで、副執事長という役職を担っているので、さぼるわけにはいかない。もし、さぼっていることがばれたら、あのパワハラ王女から呼び出しをくらってぼこぼこにされてしまうだろう。精神的に詰められるとかではなく、肉体的にぼろぼろにされるのだ。自分の身体には、王女からつけられた無数の傷が残っている。

 着替え部屋を出ると、副メイド長のオリビアと遭遇する。俺と同い年で、整った顔立ちで身体の発育がよい。代々優秀なメイドを輩出しているソロアード家の者らしい。

「ジングウさん、おはよう。眠そうな顔してどうしたの。あなた今日のシフトは、庭の手入れと貴族たちの朝ごはんづくりでしょう。そんなんで勤まるのかしら?」

 このキツイ性格がなければもっとよいのに。たく、若いくせに小姑みたいな発言しやがって、ばばあがよ。

「ばばあ、じゃなかった、オリビアさん忠告ありがとうございます。朝から仕事に精がでますね」

「は!?」

 にらみつけられる。まー、怖い。

「オリビアさんは、ただ仕事をこなすだけではなく、日々メイドスキルを向上させていますもんね。その姿勢は見習わなければなりません」

 とフォローを入れておく。

「なに、その心のこもっていないおべっかは、全然うれしくないんだけど」

 と口では言っているが、まんざらでもなさそうだ。やっぱり、この女は馬鹿なんだな。こんなところで時間をつぶすわけにはいかないのでそろそろきりあげることにする。

「向上してるのは胸の大きさだけではないんですね。それじゃあ、私はそろそろ仕事に行きます」

 バァァァァン!!!!!

 オリビアが思いっきり私の足をローキックした音が廊下に響き渡る。痛いなあ、もう。思ったことが口にでてしまった。気をつけなきゃ。てへ☆

「護身術の技術も向上しましたね。前の時より数段痛いです」

「なんで、蹴った私のほうが痛いのよ。あなたの足は鋼鉄でできてるわけ」

「鋼鉄できていれば、あの王女からのお仕置きも痛くないんですけどね」

「次セクハラしたら、顔をグーでなぐるから」

 そういいつつ、いつも顔を殴らないでくれるオリビアさんは優しいなあ。そんなことを思いつつ庭へと向かう。


 庭の手入れをし、その後朝食の準備が終わった。協力作業とはいえ20人以上の貴族への朝食づくり配給は骨が折れる。厨房で料理長のカークと一休みする。

「いや~、君が料理当番だとスムーズで助かるよ。他の当番員だと作業がおぼつかないところがあるからさ」

 とコック帽より細いんじゃないかという料理長が言う。医者の不養生という言葉があるが、料理長がこんなガリガリで不健康でよいのだろうか。まあ、カークは気が弱い男でいつも貴族の料理について気を揉んでいる。料理より胃腸薬を食べているという噂はあながち嘘ではないだろう。

「いえいえ、私がスムーズに作業できるのはカーク料理長の料理がどれも完璧だからですよ」

 私は、100点満点の返答をする。しかも、事実だ。舌が肥えている貴族相手に料理長を20年以上勤めているのだ。心からの尊敬に値する。


バンーーーーーー


 突然、厨房の扉が空いた。ハアハアと息を切らした、オリビアが入ってくる。それだけで、私はすべての事情を把握する。

「どこですか?」

「1階の客間よ」

 1日に3回しか使用できない、技を使う。

 【神速】発動。床を蹴り、人が捉えることのできないスピードで、目的地へ向かう。出発する際、床を蹴った風圧で、オリビアのメイド服のスカートがめくれ上がった。

 黒だった

 障害物に当たらないようぐんぐん、最速にギアを入れて1階に降りていく。ここだ。

 すごい勢いで客間のドアを開ける。冬だというのに汗がだらだらだ。

「あら、遅かったじゃない。もっと早く来なさいよ。」

 セレーネ・ハースブルクお嬢様はさも当たり前かのようにそう言った。ふざけるなよ。こっちは全力疾走だぞ。お前にひもをつけて、そのスピードで引っ張ってやろうか。おっといけないいけない集中。

 お嬢様が座っているソファの向かい側には、机を挟んで、眼鏡をかけたいかにも小物じゃなかった気品のかけらも感じさせない男性貴族と、付き添いの兵士でやたら体のでかい、片目に眼帯をかけた男が座っている。中二病かこいつ、頭大丈夫か。

「お初にお目にかかります、副執事長のジングウです。」

 男性貴族が口を開く。

「私が、オーレン、こっちのいかついボデイガードがフランケンだ」

「ヨ、ロ、シ、ク」

 話すのがつらいのか一語一語吐き出すように言った。実は、こいつ機械でできていて、ボタン操作で操られてるのか。

 ところで、オーレンの首からかかっている家紋を見るに10大貴族のひとつダイス家のものだ。しかし、見ない顔だ。あの家は、商人を貴族として採用することがある。最近、登用された成り上がりの貴族なのかもしれない。

「いやいや、ジングウさん、聴いてください。セレーネ様にダイス家の優秀な使用人を何人か、この王都ヘルディアン城でぜひ雇ってください、とお願いしたのです。しかし、もう充分優秀な召使はたくさんいると断られてしまいまして」

 なるほど、城の使用人(執事、メイド)の人事担当は第三王女であるセレーネお嬢様だ。だからここに呼ばれたのだろう。ほんとは、お嬢様もわざわざこんな提案、話すらききたくないのだろうが、ダイス家の直接の訪問を無下にはできないのだろう。最近、ダイス家は王城の使用人の関する経費をコストカットしていると聞く。これもその一環なのだろう

「そこで、副執事長のジングウさんをお呼びして、意見を伺おう思いまして」

 なるほど、お前の執事より優秀な人材がいることを証明すれば、俺の使用人たちを雇えってことだな。

「建前はもういいわよ。ジングウがそこのでかぶつと勝負して勝てば良いんでしょ。時間の無駄だからさっさとして」

 お前はもっと建前を覚えろ。なんて、品のかけらもない、王女なんだ。

「デ、カ、ブ、ツ」

 フランケンは鼻息立て、つぶやく。これは怒っているのだろうか。

「いえいえ、ハースブルク家の副執事長に勝てるなんてまったく思っておりません。しかし、もしも、もしもですよ。このフランケンがなにかの間違いで勝利を治めることができましたら、ご一考していただければ幸いです。

 勝負の方法は何にいたしましょうか」

 オーレンはお嬢様の尊大な態度に構わず交渉を続ける。

「なんでもいいわ。はやくして。」

「では、剣術勝負なんていかがでしょう。この、フランケンが日頃の成果を見せてくれることでしょう」

 はあ、とめんどくさがり屋は溜息を……じゃなかった、お嬢様は溜息をつく。

「そんなの、準備がめんどくさいじゃない。腕相撲でいいわよ。シッフルはあっちの部屋から机もってきて」

「は、はい。ただいま。」

 と、シッフルは急ぎ、移動する。シッフルは、この城のメイドでお嬢様の身の回りの世話をしている。しかし、ドジだ。とてもドジだ。シッフルが動くと仕事が増えると言われている。ドジっ子メイドはメイド喫茶の中だけでいい。同僚としては、こちらの仕事が増えるだけでやっかい極まりない。

「急いで、こけたりしないでくださいね」

「そんなに、ドジじゃありませんー」

 シッフルは顔をふくらませて抗議する。何この子、かわいい。前言撤回やっぱりドジっ子メイド最強!最高!

 お嬢様が冷たい視線を投げかけているのを感じる。シッフルが部屋をでていったことを確認し、何食わぬ顔でお嬢様のほうに向きなおる。

 オーレンはぽかんとした顔をしている。

「本当に、腕ずもうでいいんですか?」

 そりゃ、そうなるだろう。フランケンみたいな丸太みたいな腕とおれの小枝みたいな腕では勝負にならないと考えるのが自然だ。

「別に構わないわ」

 でたー、無茶ぶり。そんな、上からの無茶ぶりで現場の職員は潰れていくんですからね。


 はあ、はあと息を切らしながらシッフルは机を持ってきた。力がないながら、走ってきたのだろう。その机は、木製でとても薄汚れていて、この部屋には不釣り合いだった。

「じゃあ、さっさと初めてもらおうかしら。スタートの合図は、オーレンあなたに任せるわ」

「その役目ありがたく、謹んでお受けいたします。では、両者準備を」

 オーレンは自分のところで飼っているペットが、こんなもやしみたいな執事に負けるわけないとしたり顔である。

 なんで、こんなやつと手を握らなくてはいけないんだ。手を握るなら、美少女がいい、美少女が!心を読まれたのか、顔だけは整っているセレーネお嬢様に睨まれる。

はい、はい、やりますよ。

 

「では、両者よーい、スタート!!!!!」

 オーレンは掛け声とともに、手で包み込んでいたフランケンと俺の手を開放した。

「ンググググウグウ…ングッグウググ……」

フランケンは力を込めていて、声ともつかないうめき声をあげている。確かに、力は強いが,こんなの屁でもない。昔から、性悪じゃなかったセレーネお嬢様から、スパルタ教育を受け鍛えているのだ、この程度の力受けきれる。

 セレーネお嬢様は当たり前だという顔をしている。

 オーレンはそんなばかなことがあるかという目でぽかんとしている

 シッフルは、頑張れというジェスチャーなのか握り拳を上下に振っている

(かわいい)


「ンゴゴゴゴゴッ…ゴゴゴッ…ゴッゴ……」

 フランケンはうるさい。こっちはもう戦後処理を考えているのだ。このまま勝つのは簡単だ。だが、本当にそれでよいのだろうか。

 考えろ、考えろよ。上司(セレーネお嬢様)が何を考えているのか、探れ。神読

しろよ神読。

 なぜこんな汚くてぼろい机の上で、セレーネお嬢様は勝負させたのか。

 『汚くてぼろい机→壊れやすい→壊せ』ってこと?

 なぜ、壊すのか。圧倒的力を見せつけることで、オーレンに二度とこんなめんどくさい案件を持ち込ませないためか。

Q「なぜ、こんな汚くてぼろい机の上で腕相撲するのか」

A「ぼろい机をわざと壊させることで、圧倒的力をオーレンに見せつけ、二度と顔を

見せないようにするため」

 思考完了。

【神力】発動。1日3回しか使えないから、2回つかうと結構からだに負荷かかるんだよな……


――――ガン!!!!!!


 フランケンの手の甲が机につくと同時に、木の机が真っ二つに割れた。お嬢様は少し満足そうに口角をあげたような気がした。


―――――――――――――――――――――――――――――――


「うまく、いきましたね。お嬢様。」

 すべてが、終わり今は俺とお嬢様の2人だけだ。あの後、オーレンは負けたことが信じられないという顔をしながら、気まずそうに腕を負傷した、フランケンを引き連れそそくさと部屋から出て行った。シッフルは別用務で退出済みだ。本来の【会計】用務に戻ったのだろう。

「あんなの私直属の執事ならできて当然だわ。それより、あの割れた机片づけといてね」

 なんだ、この態度。ねぎらいの言葉の一つでも掛けられないのか、この高飛車お嬢様がよ。

「はい、では。あとで掃除に参ります。私はこれで。」

 ああ、今日の仕事ぶりは満点だ。迅速に駆けつけ、スマートに問題を解決する。自分にご褒美をあげたいくらいだ。失言をしないうちにこの場から立ち去ろう。


「「「「待て」」」」

お嬢様が冷たい声色で言う。俺は昔からの調教の賜物で、お嬢様のこの言葉には逆らえないという一種の呪いがある。その瞬間手も足も一切動かせない。

「あなた今日オリビアにセクハラをしたそうじゃない?」

は、、、、?あんなのこの世界で基準で考えればセクハラにすら入らないだろ。

「罰として、明日から一週間二時間早くおきてオリビアの朝仕事の分も

やりなさい。以上よ」

ふざけるなよ、これ以上働いてたまるか。あのクソメイドが……

「恐れながら、申し上げますと、あれは言葉の綾といいますか、日常会話の一種といいますか」

「そう、私の最側近の執事は女性に、胸がでかいというのが日常会話なのね」

 顔は笑っているが、目が一ミリも笑ってない。その瞬間自分の体に、急激な【重力】がかかるのを感じた。お嬢様の能力【重力】が発動したのだろう。

「あなた私に言わなければならないことあるんじゃないの?」

 さらに力が強まる。立っていられない。すぐに、ソファに座っているお嬢様の前に膝をつく姿勢となる。お嬢様の目は笑っている。

 ふざけんなよ、絶対に絶対に、膝まづいてたまるか。クソ、クソ、クソ、動け足!頼む、動いてくれ。ただし、体は全く動きそうにない。なぜなら、お嬢様の「待て」の命令が継続中だからだ。俺はもう片方の膝も立てられなくなり、正座のような形になり、ついには頭も地べたにつく。仕方なく、俺は途切れ、途切れ声を出す。

「口答えして、、、申し訳、ございま…せん。オリ…ビアの分の朝仕事、、喜んでお引き受けいた、します……」

 覚えていろよ、セレーネいつか必ず私が、お前を地べたに這いつくばらせてやるからな。

「あら、そうなの。初めから、そういいなさいよ」

 セレーネはヒールで俺の後頭部を思いっきり踏みつけた。

「いいこと、あなたは私の犬なのよ。他の女に、軽はずみな言動をするなんて、

100年いや1000年早いわ。まったく、身の程をわきまえなさい。

 はあ、もう動いていいわよ」

 私は。『待て』と【重力】から解放されたらしい。ゆっくりと立ち上がる。

 戦意喪失だ。ここまで、ぼろくそに言われたらもう何も、できる気がしない。

「あ、そうそう他の女に色目を使おうものなら、私、あなたのこと殺すから」

「もちろん、承知いたしておりますとも」

 私は、一瞬目から光が消えようなお嬢様の視線を感じつつ退出した。


――――――――――――――――――――――――――


そう、これは、この第三王女セレーネ・ハースブルクを踏み台にし、成り上がる(予定)までの、この私ジングウの軌跡を描いた物語だ。

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