第44話 夢

「はあ、はあっ……どうなってやがる、魔王を斬っても倒れねえぞ!」


「こんなの、倒せるんすかね」


「悪夢です」


 ローエンたちは、暴食の魔王を前に満身創痍だった。致命傷のような一撃こそくらってはいない。しかし、地力の差で押されていた三人は傷つき、体力と精神力がつきかけていた。

 対して、三人を相手にする単身の魔王は、涼しい顔で立っている。

 品定めするような目で三人を見つめ、決して自分から攻めたてることはせず、じりじりと勝利を掴もうとしていた。


「ここまで戦えるとは、思ってもいなかった。人間の成長速度を侮っていたことは認めよう。技術も肉体も積み上げてきていることは感じた。まさしく、ひとの強さはそこにある。しかし、魔王の強さはそこではない。欲で、俺には敵わなかったな。人間よ」


「欲だって?」


 ローエンがライアをかばうように魔王との間に立った。ライアは体力と魔力の限界が近い。もっとも魔王に狙われていたこともあり、消耗が激しかった。


「欲だ。俺は世界のすべてを食らいたい。絶対強者として君臨し、支配し、贅沢をむさぼり食う。俺から言わせてみれば、お前らには欲が足りん。なぜ、他人を踏みつけエゴを優先しない」


「見えてねえようだな、ネブリオ。オレはいま、何人踏みつぶしてここに立ってると思う?」


「さて、わからんな」


「だろうな。オレはいま、何百人っていう冒険者に支えられてここに立ってんだよ。あんたに言わせたら、オレは踏みつぶしてる。だがな、下で戦ってるやつらは、そうは思ってない。オレを支えてくれてんだよ。〝猛獣の闘争〟も、教会も、冒険者も関係なく全員がだ。たったひとつの夢を抱いて、あんたの欲に対抗してんだよ」


「夢だと? 笑わせるな」


「笑わせねえよ。みんな信じてるんだ。オレが、オレたちが魔王を倒せるって、でっけえ夢をな」


 少年の笑みをしながら、瞳に決して消えぬ炎を滾らせた勇者は魔王に剣を構える。


「つまらぬ答えに、がっかりだ。炎の勇者の味にも飽きた。ゴミ掃除にも時間を割かねばならん。メインディッシュも終わりにしよう。そろそろ、皿のうえからどいてもらおうか」


「やってみろよ。自分からはぜったいに降りねえぞ」


 魔王がローエンに対し下段に構えた両手剣。腰を深く落とし、飛び掛かる寸前だった。


――ドンッ


 ローエンにとっては、大したことのない小さな爆発だった。ハイドが起こした魔王への致命打は、すぐに表れた。


「なっ、バカな!?!?」


 魔王ネブリオは表情を変えた。焦りを口にし、驚愕を目に浮かばせる。


「うおおおおおおおおおッ、カルマがッ!!」


 ネブリオの体からオレンジ色の光が空中に飛び出し霧散した。キラキラと輝きを空中に反射させながら、光を小さくして消えていった。ネブリオはかきあつめるように、腕を広げて胸の内側へと手繰り寄せる。手から零れ落ちる光は、二度と元には戻らなかった。


「……こんなことが、あるか。あってたまるものか! なにをしていた〝剣〟よ!? なにをしていた無能どもッ。俺が……俺がこれまで蓄えたカルマがッ」


 魔王はその場にとどまり、視線を地面に向けていた。腰を深く曲げながら、両手で顔を覆う。見たくもない現実を、受け入れられていなかった。首を伸ばすと、勢いよく空を見上げて叫ぶ。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーッッ」


――ローエンはためらわない


「オレを見ろよ、魔王!」


 あまりの出来事に勇者の存在から目を背けた魔王。重い一撃を受けると、踏みとどまれずに後ろに下がった。


「っく。ニンゲン風情が」


「ひでえ面だぜ。まるで、悪夢でも見たようだな、魔王」


 ローエンは魔王に連撃を叩きこむ。ライアとキキョウが、ローエンを助けるように両脇を固めていた。


「オレは悪夢のなかでも、見てたぜ。でっけえ夢をよ! 勇者ってのは、みんなにいい夢を見せるのが役割なもんでよッ! 自分が夢中にならねえと、夢なんか見れねえんだよ!」


――ドンッ


 ローエンの剣を受けそこなった魔王の右肩に、剣が沈みこんだ。

 真っ向からの力勝負では魔王の力が上回り、ローエンがはじき返される。ライアとキキョウが矢継ぎ早に魔王に攻撃する。魔王の所持しているカルマが、魔王の傷をすぐに再生させる。魔王が使っていた無限に等しいカルマも、いまでは少ない容量をふりしぼっていた。


「自分は、ダンナとアニキに夢を見て、ここまでついてきたっす!」


 ライアは魔王に肉薄した。迫りくる魔王の刃。頬を切らせて避けると、まばたきひとつせずに左の拳で顎を撃ちぬき、横腹に全力の右フックを撃ちこむ。一瞬、視界のぶれた魔王の背後に回ったライアは、雷に等しい速度で魔王の首へと浴びせ蹴りを叩き込んだ。


「っらあッ」


 魔王の体が、固い石畳に叩きつけられバウンドして飛んでいく。吹き飛ばされる体は、勢いを殺すことは許さない。キキョウが吹き飛ぶ魔王の体をぶつけるように、結界で壁を置いた。

 受け身もとれずに壁にぶつかる魔王は、肺からすべての空気を吐き出し呻いた。キキョウは、すぐさま魔王へ鉾を向ける。

 薙刀を回し勢いをつけたまま体を回転させ、足元を刈った。魔王はたまらず後ろへと逃れようとするも、見えない壁が逃げることを許さない。

 片足を切断された魔王は、バランスを崩す。キキョウは魔王が倒れるまでに胴を斬り、肩を斬りつけた。


「勇者パーティーを、なめてもらっては困ります。生まれた国も、仕える勇者も異なりますが、思いは同じです」


 キキョウがあわよくばと魔王の剣を蹴りつける。武器を落とせば、ライアがさらに動きやすくなる。回りを使うことが得意なキキョウの閃き。魔王は蹴られた剣を、どうにか体で押さえて防いだ。キキョウは離れ際にも回転し、魔王の右足を斬りつけながら下がる。

 何度斬りつけても再生してきた魔王。今回もまた、無傷の状態に戻る。しかし、対峙してきたローエンには、たしかな違いが感じ取れた。


「治るのが遅くなってるぜ。もう、満腹かい?」


「バカを言え。ちょうど腹が空いたところだ」


 魔王の精神が乱れた一瞬に勝負を決めたかったローエン。魔王は、冷静さを取り戻していた。


「なにもかも、うまくいかんことがあるものだ」


 ネブリオは寂しそうな光を目に宿した。ローエンは剣を降ろした。


「魔王の座を譲り受け、王として成功せねばと焦っていたのか。ついには、仲間を失い、カルマをも失った。魔王であり続けようとして、王の座を失った。もはや、俺にはなんのために戦うのかもわからん。しかし……しかしだ。ローエン・マグナス。お前にだけは負けたくはない」


「おうよ。オレもだよ!」


「もはや置き所を失った剣。炎の勇者に振り下ろし、俺はふたたび名をあげる。失ったものを無意味にせぬためにも、俺はここで負けることは許されんッ」


「そうだ。なんどでもやり直せるんだ。生きてる限り、夢があるんだぜ。受けて立つ、暴食の魔王」


「倒れろ、炎の勇者。ローエン・マグナス」


「超えるぜ、ネブリム」


 ローエンは逆境にこそ燃え上がる。

 本気になった魔王の前で、豪快に笑った。


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