第43話 魔王の心臓
ハイドは、魔王城の最深部にたどり着いた。
魔王の心臓とも言えるダンジョン・コアを壊すために、地下に眠る一室へと踏み入れる。警戒は解かず、丁寧に視界を確保しながら進むも、敵影はなかった。
四メートルはありそうな奥行を持つ部屋だった。石を切り抜いてこしらえたような、天井の高い室内の入り口は巧妙に隠されていた。シルフィアが魔術的な要素をことごとく排除し、ようやく立ち入ることのできたコアのある部屋に入るハイドは、立ちすくみ、まぶしさに目を細めた。室内には膨大な数の魔方陣が光り輝いていた。
地面や空中に、おびただしい数の障壁や結界が張られている。すべてはオレンジ色の光をした宝玉を守るためだった。見える位置にあるダンジョンコアは、厳重に防御されている。
『解除にかかるよ。……すこし時間がかかる』
ハイドが気がかりなのは、ふたりの勇者だった。
アマネは、剣の勇者を単身で足止めしてくれている。長くはもたないことに気づいていた。
ローエンはいまごろ、反則的な強さを誇る暴食の魔王と対峙している。ため込んだカルマは、暴食の魔王の強さを増長するものだった。身体能力を強化させ、負った傷をすぐさま治す。しかも、食べたものをカルマに変換する性質を持つ魔王は、相当な量のカルマを貯蔵しているとの話だった。
――死なないほどタフな敵を相手にしているローエン
――絶対的な強者を相手にしているアマネ
ハイドが焦り、天使に声をかけるのもムリはなかった。
「シルフィア、はやくできないか」
『うん。急ぐね』
ハイドはオレンジ色の光をぼんやりと見つめる。
このダンジョンコアさえなければ、次第に魔王へのカルマの供給が尽きる。
そこが魔王討伐のスタートラインだった。まだたどり着くことができず、もうひとりの魔王というイレギュラーを前に、ハイドは歯がゆい思いをしていた。
――自分が傷つくのは我慢できても、仲間が傷つくのは我慢できない
いま戦っている仲間たちを想うと、じっとしてられなかった。
「まだか? わかってはいるんだ。俺は魔法も使えず、スキルもない。こんなとき、己の無力さを痛感してしまう」
ハイドの立っている場所は、ハイドからもっとも遠い場所だった。
魔法が支配する空間は、魔力を持たねば介入のしようがない。
魔力とスキルに恵まれなかったハイドには、目の前の光景はどうすることもできなかった。
『うん。大丈夫だよ。マスターには、みんながいるよ。ひとりじゃない。助けてくれる手が、いっぱいあるんだよ。だから、頼って』
空間を支配する、最も大きな魔方陣がふっと消えた。
回転しながら防衛機能を担っている魔方陣は、つぎつぎと色を変えてゆく。空間を彩っていた魔方陣の光は、青に染まってゆく。
『……頼って? ちがうかも』
シルフィアは、めずらしく悩ましげな声をあげた。
『……愛して。うん。愛して』
「……なにを」
ハイドはすっかり、シルフィアのペースにのせられていた。
焦りは首の後ろで燻ぶりながら消えてゆく。
『……あはっ。なんだろうね?』
――知ってるでしょう?
天使は言葉に含みを持たせていた。
「ああ、そうだった」
『マスターが誰かを助けたがるのと同じぐらい、マスターを助けたいひとがいるんだよ。知ってた? もう、抑えのきかない子は走ってるよ。だから、なにも焦ることはないよ』
天使は優しく微笑みかける。
『愛してくれたら、神でも悪魔にでもなってあげる』
「……シルフィア」
ハイドは言わされているようだと感じた。仲間が死闘を繰り広げているなか、これが最も勝利に近づく行動だとは、だれも思わない。
「愛してる」
――パアッ
輝く魔方陣が崩れ落ちる。泡沫の夢が覚めたような光景。光が散りばり消えゆくなかで、ついに、むき出しになったオレンジ色のダンジョン・コア。
ためらうことなく、ハイドは両手で拳銃を構えた。狙うさきは、魔王の心臓。
『あはっ』
銃口が揺れる瞬間、天使の笑い声が聞こえた。ハイドはつられて笑った。
――バキンッ
ひびの入ったダンジョンコア。魔王の心臓に、銀の銃弾がめり込んだ。
――キイッ
コアから、泣くような声が聞こえた。
ハイドはすでに背中をむけ、戦っているアマネの加勢にいくことしか考えていなかった。
「シルフィア、頼らせてくれ。俺はもう、なにも失いたくはない」
『望むままに』
――ドンッ
ハイドの背後で、大気が振動し地面が揺れる。
ダンジョン・コアの破壊が生み出す衝動は、魔王城に響き渡った。
『反撃開始、だね』
暗殺者は、暴食の魔王に狙いをつけた。
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