第35話 ローエンの戦い ⑤


 

 魔王城でのこと。


 ハイドが一命をとりとめた後、まっさきに気にしたのは自分を刺したレンジャーの行動だった。お人好し勇者をふたり知っているハイドは、ふたりが後ろから刺されることだけはなんとしても防ぎたかった。徹底的にふたりの後ろに張り付き、透明な刺客が現れた途端、撃退しようと考えていた。


「わかるよ。彼の位置。ずっと追跡してる。ローエン、狙われてるよ」


 メイドはあっさりと言うと、ハイドは戦う覚悟を決めた。

 ハイドが最も信頼する情報源であるシルフィアに、レンジャーの位置を割り出してもらうと、案の定ローエンを追ってダンジョンに潜り込んでいた。ハイドはシルフィアに牛魔の迷宮最下層の地図をもらい、ローエンと敵のネームドモンスターが戦いに選びそうな位置を挙げた。レンジャーが動くルートをいくつかしぼるとシルフィアと打ち合わせて先回りして待ち受ける作戦を立てる。

 シルフィアが装備を調達する際に、ハイドはひとつだけ要求をした。


「……あはっ。そゆこと」


 意図を理解する聡明なメイドは、主の命ずるまま最高の装備を整える。


「こっち、いる?」


 シルフィアは両手で丸をつくり、目の位置で合わせてみせる。


「必要ない。闇のなかで戦うなら、それでもよかった」


「了解、マスター」


 ハイドはシルフィアの用意した装備を確認したうえで身に着ける。

 最後に名残惜しむようにシルフィアを労う。フリルエプロンをのせた几帳面なメイドの頭を撫でると、肩の力が抜け、うれしそうに笑みをこぼした。


「送ってくれ」


「いってらっしゃい、マスター。ご武運を」


 メイドは両手を前で合わせると静かに頭を下げる。ハイドはその光景を見終える前に目を閉じた。次に目を開けると牛魔の迷宮の最下層だった。


『ローエンは敵のネームド二体を相手に戦闘開始。ターゲットの合流まで四五秒。ルートは予想していたとおり』


「了解」


 耳ではなく頭に響く声に、ハイドは返事をする。

 岩肌の薄暗いダンジョンでは、足音がよく響いた。ハイドは背中を壁に預け耳を澄ませる。こちらに向かってくる足音が聞こえた。音が遅く、不規則に響いていた。ときおり、地面を揺らすほどの爆発音が聞こえてくる。戦闘が起こっている場所にたどり着かせないために、ハイドは戦おうとしていた。

 足音は、ハイドの三メートルとなりを過ぎようとする。潜むハイドには、まったく気づいていなかった。


――プシュ、プシュ


「ぐわああっ」


 伏せていたハイドが牙を向いた。サプレッサーつきの銃の片手撃ちでハイドは男の胸を撃った。一発があたり、一発から金属音がしたのを正確に把握していた。

 レンジャーは透明が解け、左鎖骨のあたりを押さえていた。ハイドは地面についた手からも出血していることに気がついた。もう一発は手にあたったらしい。

 暗闇のなかからハイドが姿を見せると、レンジャーは痛めている足をばたつかせ、何度も身じろぎした。


「ひ、ひいっ。く、くるな、亡霊め」


「よう。よくも腹をぶっ刺してくれたな。おかげで命がひとつ無くなったぜ」


 殺したはずの敵が目の前に立ちふさがる。片手には銃を、片手には光る棒を持って、不気味に笑う姿は、レンジャーを恐怖に染めあげた。

 ハイドはレーザーポインターを男にあてていた。透明化しているとき、光る赤い点が、男に当たるとふっと消える。これを利用し体躯から胸の位置を割り当てて、銃を撃っていた。

 ハイドは冷徹な瞳でレンジャーを見下ろす。これから死体となる者と話すことはなかった。自身の復讐よりも、いまローエンが狙われていることを防ぐことに躍起になっているハイドは、目の前の相手が自分を殺しかけたことは、頭のなかから消していた。


「わ、わかった。俺の負けだよ。〝暴食の魔王〟ネブリオを倒すために協力する。ほんとうだ。あいつのダンジョン・コアっていう、宝物の位置も知っている。教えてやるからよ」


「信頼してやるから、言ってみろ。宝物の位置はどこだ?」


「地下二階だよ。地下に牢屋があるんだ。イカれた魔王が、食べるための食材を飼ってる。補充しねえと、キレて殺されそうになるんだ。俺がやったことを知っても、黙っててくれよな。奥に、隠し扉があるんだ。そこから降りた先に、やつのダンジョン・コアがある。よかったら、案内させてくれ。な?」


 ハイドは礼代わりに銃弾を二発食らわせた。鼻の穴をふたつ増やした男は絶命する。

 まだ、やらなければいけないことがあるハイドは足早に立ち去ろうとした。


『マスター、使える装備がひとつあるよ。胸飾りは〝変装〟のマジックアイテム』


 ハイドは胸飾りを奪うと、手に取った。鎖の長いペンダントだった。


『鑑定。名は、マスカレード。任意の対象に変化できるよ』


「透明になれるマジックアイテムはあるか?」


『壊れちゃった』


「了解」


 運が悪かったとハイドは諦める。すぐにハイドはマスカレードを手にすると、得意の偽装を披露した。レンジャーの洋服まで再現するマジックアイテムは、はやくもハイドのお気に入りになりそうだった。


『変声を入れるね。声を出していいよ』


「了解。愛してる」


『……いれなきゃよかった』


「くくっ」


 準備を終えたハイドは、ローエンの元へと向かう。爆発音が鳴り響いているので、生存を心配する必要はなかった。

 ゆっくりとした足取りで、脚をかばうふりをしながらハイドは戦うローエンのもとへと登場した。


 ※


「ありがとな、相棒」


「助けられてよかった」


 拳を打ちあうふたり。ローエンは、ハイドのわずかな違いに気がついた。


「なんだ? 棘が抜けたな」


「そうか?」


「おう。少しだけな。けど、いまのほうがいいぜ」


「心当たりはある」


 ハイドが嬉しそうにすると、ローエンはこれでもかと目を見開きハイドにタックルを食らわせた。馬のりになったローエンは、ハイドを呪うような目で睨みつける。


「ヴォアアアアアア、ヴォアアアアアア」


「やめろ、バカ。なにをする」


「女だ、女の気配がするぜ。なんでだ!? なんでいつもハイドばっかりいいいいい」


「だからと俺に泣きつくのはよせ、気持ちが悪いッ」


「わはは、わはははーーーっ!!」


 ポンコツ魔王にすら笑われる始末だった。


「ええいッ」


 しびれをきらせたハイドは、馬乗りになるローエンを投げ飛ばした。ゴロゴロと転がるローエンは、地面に倒れて情けなく言う。


「ギブミー・ラブ」


「ホワイト・ルピンへ行く前に、行かなければいけないところがある」


「なんでオレが愛を買いに行くことになってんだよ!? しかもルピンなんて、金がねえよ! 歩いてるお姉さまに声かけても、笑われて終わりだわ」


「もしや使うか? ホワイト・ルピンの招待券があるのだ」


 ポンコツ魔王は一枚の券を見せる。上品な仕立ての紙に豪かな縁取りをしたものだった。


「オレにください。代わりにハイドをあげます」


「仲間を娼館のチケットで売るやつがあるか!?」


 ハイドはローエンの胸倉をつかむと、ローエンは澄み切った目で言う。


「嫉妬の炎が止められねえ!」


「勇者を思い通りにするマジックアイテムを出すなんて、さすがは魔王だ」


「我が悪いのか!? 余ってるのでやろうとしただけである!」


 ハイドは魔王と強引に肩を組み耳を近づける。バカなことをする前に、気をかけなければいけないことが残っていた。


「知っていたら教えろ。アマネのほうは無事か?」


「氷のダンジョンの最下層に行くがいい。そこでわかるだろう。あくまでも立場は中立の身だ。これ以上は踏み込まない」


 眉を下げて目を伏せる〝戦鬼〟にハイドは礼を言う。


「助かるよ」


「……まだ間に合う。ん、こほんっ。我の腰にポーションを差している。持って行けば、なにかに使えるかもしれない。……わっ」


 ハイドは魔王の頭をガシガシ撫でると、魔王が気づかぬままポーションをすべてひったくった。三本とも盗んだことを、魔王はまだ気づかない。


「ローエン、戦いの続きにいくぞ。次の敵は暴食の魔王かもしれない。勝てたら、ポンコツ魔王がルピン行きのチケットをくれるとさ」


 武人は頷き、余裕を持った態度で語りかける。


「ひとたび戦えば、怨嗟が終わらぬこともある。どちらかが滅びる戦いもある。前を向き、進むことを諦めてくれるな。迷ってもよい、立ち止まってもよい。戦うならば歓迎しよう。我は、戦に夢を見る王。英雄たちよ、夢を抱け」


 魔王なりの激励を受けたふたりは、ただ拳を突きあげる。


「さんきゅー。ママ!」


「ありがとよ、ポンコツ」


「さっさと行ってしまえーーーーっ!」


 魔王は恥ずかしそうに顔を赤らめ、戦いに行く男たちに叫んだ。ポータルの使い方を教えると、すぐにふたりは氷のダンジョンへと向かった。


「カッカッカ。女扱いされたのなんて、いつぶりか。記憶にはないせいか、舞い上がってしまったか」


 魔王は頬を押さえながら、熱くなった体を想う。


「……魔王クラスとあたると、死んでしまうだろうなあ。もし、勝てたならば、なにかやるか。いかんいかん。肩入れしすぎてもよくないというのに。……気になるやつであった」


 カラッと笑うと〝戦鬼の魔王〟はダンジョンから姿を消した。


 氷のダンジョン最下層で、ハイドは天使の指示に従い走っていた。冷たい氷の床と壁のなか、天使の補助魔法により制限をかけずに走り回れる。寒さに体力を失うこともなかった。

 変装を解いたハイドは、倒れている人間を見つけた。ローエンから外套をはぎとると、倒れている桜花皇国の装束を身に着けた女に語りかける。


「キキョウ!」


「おい、しっかりしろ。アマネはどうした?」


 ローエンは炎で冷え切ったキキョウを温め、ハイドはポーションを与えた。見るからに品質の高いそれをキキョウに含ませると、冷え切った体があたたかくなる。


「……うっ、すみません」


「謝るな。作戦を立てた俺の責任だ。なにがあったか、教えてくれ」


 苦々しくキキョウは唇を動かす。手はハイドの服を強く握りしめた。


「お嬢様が〝暴食の魔王〟と戦い、攫われました」


――剣の勇者が魔王に攫われた

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