第33話 ローエンの戦い ③

 リザードマンのリーバルは〝炎の勇者〟について、変わらぬ感想を抱いている。

 強い。そして、若い。

 二代に渡る魔王に仕え、ダンジョンで冒険者を迎え撃つ兵士から叩きあがり、魔王に名前を頂くほどになった。最古参とも言える自分が、いまを輝く〝炎の勇者〟に勝てるところは、なにもなかった。

 しかし、それが勝負のすべてではない。

 二対一ではじまった戦いは、すべて勇者のペースだった。戦うにつれ正直さと誠実さ、そして熱意を受け、血が滾りそうになる体を押さえ、頭を冷え切らせていた。ともに戦うサイスもそうだった。


――ペースを飛ばし過ぎている


 センスはある、力もある。ただし、若い。ときおり力に振り回されながらも、無謀なほどに力を発揮する男は、楽しくて仕方がないのだろう。

 リーバルとサイスは知っていた。戦場で命を落とさないためには、血を熱くしても頭は冷静にしなければならない。

 ふたりがかりで、体力ばかりでなく気力も使わせる単純な消耗戦。

 額から吹き出すように汗をかき、重い鎧で戦い続ける勇者。リーバルは惜しいと思いながらも、敵として戦っている以上、情けはかけられなかった。

 対等に撃ち合わないことを戦士として思うところはあるが、なによりも勝利を目指す姿勢だけは譲れない。この場限りの勝利ならば、打ち合っていただろう。しかし、魔王と人類の戦争を描く身としては打ち合うことが許されなかった。


――許せよ、勇者ローエン


 リーバルは、勝利へと着々と近づいている実感を得ていた。


 ローエンはどうにかふたりから距離を取ると正眼に剣を構えて息を整えた。剣を中段に構えることすら重く感じ、いつもより二センチほど剣先がうえに向き腕が下がっていた。


――やっべえな


 後先を考えない性格も、たまには後悔をする。


「っふ、ふー」


 一歩届かない。

 それが腹立たしく、ムキになりすぎた。

 調子にのって爆発技をつかいすぎた反動か、腕がしびれているし、汗がひかない。体力の消耗は、体にまとう炎のせいもあるかもしれない。しかし、敵の影技がある以上、炎は止められなかった。


「よしっ、もうひと踏ん張り行きますかッ」


 ローエンに後退の二文字はない。敵のふたりは「マジかよ、こいつ」と顔を歪めてお互いに見合っていた。

 それを見たローエンは効いてる、効いてると心を弾ませると突進の準備をした。


「ローエンさん、大丈夫かい?」


 新たな人物が、この場に到着した。さも親し気に勇者へ話しかけてくる。

 背後から現れる人物を見たリザードマンは、なにかを口にしようとして慌てて口を閉じた。


「お前は、ロメオのところのレンジャーじゃねえか」


 勇者総会で出会ったことのある人間に、ローエンは疑いの目を向ける。


「なんで、ダンジョンの奥から出てくるんだよ」


 ダンジョンを正面から突入してきたローエンとは逆の方向からレンジャーが現れた。それは、ダンジョンの最奥部から来たように見える。


「戦闘音が聞こえてね、裏に回ったのさ。そいつらふたりをやればいいんだろ?」


「来るな。近寄るな。お前は……気味が悪い」


 ローエンは強い言葉を使った。それほどまでにレンジャーの存在は不気味だった。〝地の勇者〟から離れ、わざわざここに単身で来るとは考えにくい。


「……へたくそがよお。もう、いいから加われ」


 リザードマンがしびれをきらす。まだ騙せると思っていたレンジャーを支持するよりも、畳みかけたほうが確実だと判断していた。


「キキキッ、ひとの楽しみを邪魔しやがってよ」


「ろくでもない。さっさと倒して戻るぞ、ムスタ」


「仕方ねえな」


 味方だと思っていたレンジャーが、敵に気安く名前を呼ばれる。どういう事態になっているかを察したローエンは汗が冷え切るのを感じた。

 リザードマンとグリムリーパーと、人間の男が並んでローエンに武器を並べる。


「……クソ野郎が」


「おーい。ひとつだけ教えておいてやるよ。あんたの大事なお荷物、プラタリア村のハイドつったか? あいつを掃除してやったのは俺だよ。キーッキッキッキ」


「……そういうことかよ。ゴミ野郎がッ」


 ローエンは激情に駆られた。ハイドの名前を出された途端に地を頭に昇らせ、止められぬまま足を進める。


「ローエン。悪いが捕らえさせてもらうぞッ」


 単純なローエンの突進を止めたのはリザードマンだった。短剣をクロスし、ガッチリと剣を抑え込む。


「やれっ」


「よくやった!」


 グリムリーパーが大鎌を頭上で振り回しながら、とどめの一撃を決めるために駆けつけた。ローエンは剣を引き戻せなかった。振り降ろされる鎌が、真横に来ているのを見つめていた。

 鎌が振り下ろされる、その瞬間。


「……へへっ」


――ローエンは不敵な笑みを見せる


 絶体絶命のこの状況で、安心しきっていた。


――プシュ、プシュッ


「か、はっ」


 グリムリーパーが絶命した。なぜ死んだのかも気づけないままに、二度と起きることはなかった。

 倒れた魔物の頭にはふたつの穴が空く。グリムリーパーは、頭蓋内に九ミリのホローポイント弾を食らった。頭のなかでは銃弾が花咲くように広がっていた。


「笑うのがはやいんだよ」


 レンジャーの声が変わり、ローエンに文句をたれる。手には銃を持っていた。


「サイス!? サイスーーーーーッ!!! ムスタ、なんでだ、なんでサイスを!? なにをした!?」


「あいにくと俺にトカゲの知り合いはいない。だれかと間違えてるんじゃないか?」


 絶対的な自信と強さを全面に出した笑みで、レンジャーはリザードマンに冷徹な言葉を言い放つ。彼は、この場で最も冷たい血の流れ、冷静な頭を持った男だった。


「お前はいつも、オレをシビれさせる。このっ、天才がよ! よそ見してんじゃねえぞ! リーバルッ、決着のときだ。倒して奪うぞ〝ポータル〟を。お前を倒してオレたちは魔王を討つ!」


「調子にのるのも大概にしろ、小僧がッ」


 激しく撃ち合うリザードマンとローエン。

 戦いを経て、リザードマンを知ったローエン。倒し方が頭のなかに思い浮かぶ。閃きを頼りに、ローエンは勝負を賭けた。


「爆裂・猛進ッ。聖剣よ、燃えろおおお!! いくぜ輝く六連星! 真・爆裂剣〝スター・マイン〟」


――ドン、ドン。ドン、ドン。ドンッ、ドーンッ


 リズムよく放たれた、六度の爆発。

 一度目は振り降ろし、二度目は振り上げ。繰り返される、三連撃。ローエンは三度振り降ろし、振り上げた。爆発にのって、テンポよく、ばかげた威力とばかけた加速で連続斬りを放った。

 一度目をうまく抑えたリザードマン。目の前で爆発する衝撃を受けた後、さらに加えられる二度目の剣で、双剣が折れた。さらに爆発を起こされ、ガードする腕がこじ開けられる。三度目の振り降ろしは、剣をまともに食らった。


――ザシュッ


 胸の中央から、腹にかけてリザードマンは切り開かれた。倒れるリザードマンは喉を大きく動かし息をする。


「オレの勝利だ」


――ボーンッ


 色とりどりの爆発が起こり、決めポーズをとったローエンの背後で起こる。


「……お前はいつも、俺を呆れさせる」


「最高にカッコよくなかったか!? 技は置いておいて最後の爆発はいいだろ!?」


「技は二度と使うな。ムダな爆発はもっと使うな。あの技は炭鉱でツルハシを持って使うべきだ」


「金脈当てるまで帰ってこねーからな!?」


「技を改良するか諦めろと言ってるんだ」


 ふたりは同時に笑い合うと、拳を突き出し合った。


「おかえり、相棒。刺された傷は大丈夫か?」


「死にかけた。命を救われたよ。信頼できるふたりが命懸けで救ってくれたおかげで、俺はいまここにいる」


「おかげで助かったぜ。命のリレーかよ」


「こんな戦い、まっぴらだ」


 ローエンとハイドの姿は違えど絆は変わらない。ハイドが口にした村名でローエンは偽装を見破り、勝負をかけた。勝ったのはローエンだった。

 倒れたリザードマンは、信じられない光景に絶句する。


「なにが正しいか、なにを信じていいか。わからなくなるぜ。裏切り者のクソ野郎が」


 答える義理はなかったが、ハイドは誤解を持ったままリザードマンが死にそうなことに慈悲をかけた。


「俺の名前はハイド。勇者パーティーの暗殺者だ。コウモリなら、ここに来るまでに始末した。同じ土俵で勝負するには、相手が悪かったな」


 スパイ合戦を制したハイドが死にゆく敵に餞別を持たせていた。


「こんな戦い……あるのかよ」


「リーバル、お前は強い。お前の強さは、正しかった。間違いないよ、オレに伝わったぜ」


 倒れた相手の手を握り、最後の言葉をローエンは伝える。


「……ああ、そうかよ」


――ありがとよ


 最後の言葉を聞き届けたローエンは、目を閉じ深く礼をしてから立ち上がった。


「あったぞ」


 ハイドは死体を漁り〝ポータル〟を見つける。オレンジ色の宝石が埋め込まれたペンダントだった。


「サンキュ」


 ローエンは受け取ると首にかけ、宝石をぎゅっと握りしめた。


「一度ダンジョンを出よう。魔王城へ突入するための準備も必要だろう」


 ハイドは変装を解いて、レンジャーの衣服を捨てようとしたときだった。


「うおおおおおおおおお、そなたらあああああああああ」


 突然現れた叫び声。とんでもない勢いで乱入してくる影。


「ヌワアアアアア!?!?」


「うおっ」


 襲われるローエンとハイド。何者かの襲撃にあったことには気づいていたが敵意はまったく感じなかった。


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