第32話 ローエンの戦い ②
二対一で男たちは向かい合う。互いに、小細工はない。正面からぶつかり合おうとしていた。
リザードマンのリーバルは、構えた双剣の左手を傾け手のひらを上にすると、ローエンに向けて手首を曲げる。人数で有利な身、先手は譲る。せめてもの矜持であった。
「ありがたく頂くぜ、リーバル、サイスッ。オレの戦いは激しいぞ? バテてくれんなよ!」
「どう見ても小細工が得意なタイプではない」
「真っ向勝負だろうな。下がってろ、サイス。対面は俺が取る」
「頼んだ、リーバル」
ふたりが話し終え、空気がヒリつく。
ローエンと、リザードマンがにらみ合い、グリムリーパーが一歩下がる。
緊張が走り、空気が一気に重くなる。呼吸音のひとつすら、重く響く空間で、ローエンが仕掛けた。ぶつぶつと、自分に言い聞かせるように口を動かしていた。
「ちいさく、ちいさく。はじめはちいさく、やがては大きく。いくぜっ」
勇者は踏み込む。
「爆進ッ!! うおおおおおおおお、爆裂、剣ッ!!!」
盛大に叫びながら、リザードマンへ突進する。足の裏で起こした爆発が、ローエンが突進する推進力となって、とてつもない加速と踏み込みをみせた。
派手な見た目と反して、斬りあう一撃目は地味な剣。下段からの素早い切り上げ。構えた剣は、突如加速し、リザードマンの短剣と撃ち合う。
「ウオオオオッ、跳ねやがる!? こいつの剣!」
――ドン、ドンッ、ドンドン、ドンッ
ローエンの斬撃は爆発音と共に、リザードマンに襲いかかる。一撃、一撃の流れこそ拙いものはある。しかし、それを補うほどの加速力と威力があり、リザードマンの二つの短剣では受け流せないほどの連撃だった。
リザードマンの短剣が、ローエンの切り上げによって弾かれる。ローエンが持つ両手剣は右腕一本で頭上まで持ち上げられていた。ローエンは体を前に倒しながら重心を移動させ、左手で右親指を叩きながら剣を握り、勢いのままに振り降ろす。
よろめくリザードマンの剣の戻しは、間に合わなかった。
「させぬよ。驚いたな。こんな堅実な剣を使えたとは」
ローエンの両手剣は、グリムリーパーの大鎌にふさがれる。鎌の反りのある白刃にあたり、剣が滑らされ威力が流された。大鎌と両手剣が競り合いながら、ローエンはグリムリーパーへと律儀に返事をする。
「見栄っ張りなもんでな。派手でかっけえ技ばかり使ってたらよ、化け物みたいに強い格闘家になすすべなくやられちまったんだよ。そいつに教わったよ。もっとさきへ飛べるってな! 世界一美しい動きを見せつけられて憧れちまったんだよ」
ローエンが為すすべもなく負けたと感じた相手は〝夜の魔王〟に挑んだ際に戦った狼の少女、ルイだった。後日「ヒント」と言われて突き出された拳から、すべての動きの頂点にして理想を教わった。決して自分には再現できない技術に憧れ、ローエンは自らのスキルと組み合わせて極限まで予備動作の少ない剣を追い求めた。腕や足に小さな爆発を起こし、加速させる。極めてシンプルな構造であり、自傷を伴う技。体をなんども痛めたが、理想を掲げて追いかけ続けた。
「はあああああ!!」
つばぜり合いは、ローエンが制した。
単純な膂力で勝負すると、ローエンは冒険者のなかでもトップクラスのフィジカルを持つ。それは、英雄スキルと鍛冶屋で鍛えた地力が合わさってのことだった。
「っく」
押し切られる前に、グリムリーパーは腕を交差し、鎌を回転させて剣をいなす。
――ドンッ
「せいっ」
剣を振り降ろす途中で爆発させ、横なぎの一撃へと変化させるローエン。グリムリーパーは避け損ねてしりもちをついた。代わりに飛び込んでくるのはリザードマン。双剣をクロスさせながら突進し、外側へと振り抜こうとしている。ローエンは技の出所を潰すために、技を放つことを許さず、双剣をクロスさせた状態で剣を受けさせた。
「……ぞっとするよ。勇者ってのは、こんなに強いのかい」
「バカいえ。〝剣の勇者〟のほうが化け物だ」
互いに負けん気の強い勇者だった。お互いで刺激し合い、とてつもない高みへと上っていることさえ、気づかないほどに。
熟練の戦闘経験を持つリザードマンは、目の前の勇者の評価を改める。
――センスがいい
勝負勘の強さを持ち合わせ、自分の強みを押し付けられる。
フィジカルも剣技も、どちらも一流。加えて、派手な飛び道具まで持っている。
――英雄め
決して口には出さぬよう、悪態をつく。グリムリーパーもリザードマンも、目の色を変え本気になっていた。
「言っとくけどよ。お前らがケガさせたオレの仲間のほうがつええぞ。正面からの戦いはオレの領分だが、それだけだ。オレは魔王を倒す剣にはなれるが、魔王を倒す頭にはなれねえ。もし、ここにオレの仲間がいたらよ。あんたらが思いもよらねえ方法で、気がついたら死って結果が待ってたぜ。魔王を敵に回しても怖くはねえが、ハイドを敵に回すなんて思いたくもねえ。あんたらが傷つけたオレの仲間は、そんな男だよ」
ローエンが少年のような笑みで「すげえだろ」と仲間を称えた。笑みにはどこか、陰りがあった。
「サイス、お前は俺のことどれだけ信頼してる?」
「敵に回したくないほどには信頼している」
「俺もだよ!」
グリムリーパーとリザードマンは、この場の親友を頼りにすると口にして鼓舞する。ふたり同時に、ローエンへと襲いかかった。頭上で回され、振り降ろされる鎌の一撃と、手数で語ってくる二刀の連撃をローエンはしのぐ。ローエンの体には、赤い線が増えてゆく。そんなことは、おかまいなしにローエンは攻撃へのみ意識を傾けていた。命を燃やし続けながら走る勇者は、ここぞという場面は驚異的な反応速度を見せた。
――ローエンは死線のうえで笑いながら踊り狂う
三人の男たちに会話はなく、金属がぶつかり合う音と小さな爆発音だけが響いている。
ローエンは、対峙するふたりのことが嫌いでなかった。
グリムリーパーの動きをよく見ながら、ギリギリまでローエンの目を奪い致命打を任せようとする視野の広いリザードマンの卓越した距離感。
リザードマンの動きに合わせながら、常に鎌を回転させ警戒を解かせない。さらに、背後から影を飛ばし注意を引きローエンの動きを崩そうとするグリムリーパーの技巧。
どちらもうまいと思えるし、互いに連携し合うとローエンは息をつく暇もない。
心臓は張り裂けそうなぐらい激しく脈動し、どこが痛むかわからないほど興奮した頭で、ただ目の前の敵を狩る獣となる。
言葉もない。
礼儀もない。
あるのはただ、磨かれ抜いた技で敵を撃たんとする欲望だけ。
この場にいる自分にしか感じられない最高の瞬間を迎え、理想の殻を破りつづけ、振り続けたはずの剣をさらに先のものへと進化させる。
――この快楽を、なんと言おうか
脳内物質をドバドバを溢れさせ、一センチの距離に命を出し入れし、培った今までの全てをこの場に賭ける。たったひとつの命を懸けたギャンブル。
勝利と敗北の狭間で揺れ動く命を、この世で最も楽しむイカれた男は、笑い続ける。
「はははーははっ」
生と死の狭間で自らの生を歌う快楽を知ってしまったローエンは、後戻りなどできなかった。
ギラギラと燃え滾る目が、全身から炎を吹き出させる。感情のゆらめきの炎は、相手にとって接近戦を許さない炎のバリアとなっていることを、ローエンは気づいてもいなかった。自らを傷つけていた炎は、相手を焼く炎へと化ける。
――ローエン・マグナスの覚醒は止まらない
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