第24話 炎と剣と地と聖女
「聖女ちゃん集会へ、いざゆかん!」
「妙な気合の入りかただ」
グランガルドで一番の建物である教会が誇る大聖堂に入っていくローエンとハイド。白と青を基調とした神官服姿が多く、敬虔なアイミス教徒たちが集っていた。
勇者を選ぶのは神様で、勇者を束ねるのは教会の責務でもある。
教会の二階にある一室にはすでに、勇者と聖女が集っていた。勇者は、仲間と共に同席している。
ローエンとハイドが来たことに、まっさきに気づくと〝剣の勇者〟アマネは立ち上がる。桜花皇国人の特徴的な黒髪を揺らしていた。
「おそいぞッ、ローエン」
「わりい。ハイドが寝坊してよ」
「ハイドが寝坊するわけないだろ、バカモノ。ハイド、無事だったか? 変わらないようで、なによりだ」
「なんで包帯巻いてるオレよりもハイドの心配するんだよ!?」
「なんだキサマ……新しいファッションか? 病人のふりをしてまで構ってほしいならそう言え」
「仲がいいことだ」
「「よくないッ!!」」
息を合わせてハイドに怒鳴るふたり。剣の勇者と炎の勇者は、今日もにらみ合う。アマネのとなりに立っていた女性にハイドは声をかけた。
「キキョウ、苦労をかけたと聞く」
アマネの仲間であるキキョウは、桜花皇国特有の美しい黒髪を肩口で揃え、明るい瞳の色をハイドに向ける。
「ありがとうございます。ハイド様のように、うまくはできませんでした」
「勇者の手綱は、だれも握れんさ。苦労がよくわかる」
勇者の仲間同士、キキョウとハイドは笑いあう。
「いつまで、そうやってるんですかねえ? 炎と剣はウワサと違い、ずいぶんと仲がよろしいようで」
三人目の勇者パーティーに所属している男性が言っていた。茶色の長い髪を垂らし、魔法使いのコートを着た男だった。
となりには、ブルネットの髪色をした少年が座っている。興味なさげな視線を手元に落とし、つまらなさそうにしていた。
「ロメオ、お前のところの賢者さまが毎度つっかかってくるのは、どうにかならねえのか? 飼い犬のしつけぐらいしておけよ」
ローエンは、口を挟んできた男ではなく、座っている少年に向かって言った。少年は仕方なさそうに口を開くが、目はローエンを向いていなかった。
「知らないよ。僕は彼の言動とは無関係だ」
「てめえの仲間だろ」
「なんで僕が、彼になにか言わないといけないの?」
めんどうくさそうに、少年はローエンを見る。その瞳には、なにも映ってはいなかった。
「飼い犬とは失礼なやつめ。さすがは田舎者だけある。身近な物で例えてしまうその貧相な語彙も、許してさし上げましょう。われわれとは教養が違いますからねえ」
彼らは勇者ロメオと賢者ウェルダー。それにもうひとり、緑のケープで体を覆っているレンジャーのクラスを持った男が揃って〝地の勇者〟パーティーであった。レンジャーの男は、賢者のさらに二歩後ろに足を棒にして立っていた。
「やめろ。キサマらは仲間同士で戦うつもりか? 私は、われわれが戦う敵がだれかを、どこにいるかを考えるためにこの場にいる。互いにいがみ合うだけなら、いますぐ帰って修練に励み、二度と顔を出すことはない」
「アマネさまの言うとおり。せめて、必要なときは協力していただきたい」
鈴が鳴ったかのよう。透明な声が響いた。
聖女の声は、よく通った。トゲトゲしい空気も、トゲが抜け落ちたように穏やかなものになる。その声には、力があった。
背筋を伸ばし、目を閉じて座っている少女。美しいプラチナの髪色と整った容姿も合わさり、どこか近寄りがたさがある。神秘のベールを纏っているようだった。
「失礼しました」
賢者はすばやく腰を折る。
ローエンも胸のうちに怒りをしまいこみ、聖女さまを目にした途端にハートを浮かべる。
「おいッ」
アマネはローエンの脛を蹴る。
「……イタッ。わり、つい」
目にハートを浮かべて、両手を胸の前に合わせてクネクネしはじめるローエンを、アマネはあまりの嫌悪感からか、足で止めていた。
「座っておけ」
「そうするぜ」
ハイドに言われたローエンはおとなしく座る。ハイドは、その後ろに立つと、サングラス越しに部屋を見回す。ひとりの男に一瞬だけ目を止めると、すぐに目を離した。
円卓に座るのは四人。
聖女、炎の勇者、剣の勇者、地の勇者が揃う。
教会が誇る戦力として、これ以上ないものだった。
勇者を支える存在としての仲間たちも、それぞれ腕利きが揃っている。魔法使い系の最高クラスである賢者であったり、優秀な結界術の使い手であったり、レンジャーとして危険探知に優れた存在であったり、名の通る強者が揃っている。
「たいした面々ですが、ひとりだけ〝ツール〟が紛れていますねえ」
「また言いやがったな」
「よせ、ローエン。言わせておけ」
怒るローエンにハイドはストップをかける。
ツールとは、スキルを持たない人間に対する侮蔑の言葉だった。
となりではアマネの右手が刀の柄にかかっており、キキョウが指を二本立てている。結界の力で刀の鍔を抜けないようにしていた。ハイドはキキョウに頭を下げると、キキョウは首を横にふった。アマネは収めどころのなくした鉾を、舌にのせる。
「スキルの無い者を道具扱いするのは感心しないぞ、ウェルダー」
「なんの才能のないものが、この場にいること。大きな間違いだと思いますけどねえ。魔王城にピクニックにでも行くつもりですか? どうも真剣さが感じられませんので、つい」
「魔王城では、サンドイッチと紅茶でも食べて待っているとするよ」
「良い心がけですね。決して、われわれの邪魔をしないようにお願いしますよ」
ローエンとアマネ、そしてキキョウは笑いをこらえるのに必死だった。魔王城を本拠地とするハイドによって、なにも知らない賢者が遊ばれていた。
「みなさんが揃ってから、三年が経とうとしています」
「静粛に、静粛にーーーっ。聖女ちゃんが話すぜ!」
「一番うるさいのはキサマだっ!」
アマネがローエンを黙らせると、聖女は再び口を開く。
「いまだに魔王の居場所や、戦力が把握できていないこと、面目次第もありません。一年前に桜花皇国に出現した〝蛇の魔王〟以降、魔王に関する新たな情報は掴めていません。敵の全容がわからぬまま、勇者さまには、いつか来る日のために刃を研いで頂いております。最近のダンジョンや魔物の活動では――」
聖女が冒険者ギルドと教会が集めた情報を、勇者たちに伝える。
新しくできたダンジョンの話やダンジョンで見つかった魔剣、マジックアイテムなど様々な情報が公開される。勇者が申請すれば、冒険者ギルドが買い取ったマジックアイテムを優先的に販売してくれるそう。
これに興味を持つのは〝地の勇者〟パーティー。ロメオはイリアスール王国の第二王子である身分からも、装備品は最高級のものを所持するようにしている。貴族出身の賢者、ウェルダーも同じく、金に糸目はつけず自らの装備の充実を計っていた。
対してアマネやローエンには、マジックアイテムは手の届かないものであり、あれば便利だが使うことのないものとしている。ローエンなどは、マジックアイテムに使う金があれば冒険者仲間と共に飯を食うことに金を使いたいと思っていた。
聖女からの連絡が終わったころ〝地の勇者〟パーティーが手を挙げる。ロメオが話した。
「あのさ、言っておきたいことあるんだって」
ロメオはそれだけ言うと口を紡ぎ、視線を外に向ける。代わりに話をはじめるのは〝賢者〟ウェルダーだった。
「いいですか? いまから、われわれが入手した重要なことを教えて差し上げましょう。残念ながら、いまほど聖女さまより頂戴したお言葉には含まれなかった内容です。優秀なレンジャーである、彼が情報提供者より情報を頂きました」
「前置きが長いのは好まない。さっさと言え」
触れただけで斬れそうな視線を、アマネはウェルダーに向けていた。
大げさに肩をすくめた後、ウェルダーは両手を広げる。
「いいでしょう。スタンピードです! スタンピードが起こります!! 魔王が攻めてきますよ。そう遠くない日! この街に! 魔王の軍勢が現れるでしょう!」
「どこからの情報だ? 詳細を言え。信じるに値するか見極める」
「情報提供者からと言ったでしょう」
「バカな流言を信じろと?」
ハイドは、アマネとローエンにはスタンピードのことを伝えていなかった。この場でスタンピードのことが話題にでると、ふたりは自然な反応ができない。自分の存在を知られてはならないという理由で、連絡は勇者総会の後にしようとしていた。
同時に、ハイドのなかの疑念がひとつ明らかになった。
地の勇者のちかくに、魔王との内通者がいる。〝暴食の魔王〟が言っていた『勇者のちかくに暗殺者を飼っている』という言葉の真意をハイドは確かめる必要があった。そいつの鼻の明かし方を、ハイドは考えていた。
「本当ならば、いますぐ対策が必要です。スタンピードについて、詳しい情報の開示を求めます」
「申し訳ございません、聖女さま。スタンピードが起こることまでは把握しました。彼が牛魔の迷宮の最下層付近で、言葉を操る魔物同士が会話しているのを聞いたのです。ひとりはハイオーガ、もうひとりはリザードマン。ともに上位の個体であり、魔物を引き連れていたと。いつ、どのように起こるかは、わからないのです」
「いつ起こるかわからないスタンピードについて、この街で待ち続ける気はないぞ」
「同感だな。起こったときに駆けつけるようにはするが、そりゃいつものことだしな」
「その件で炎の勇者より話したいことがある。この会が終わった後でも、聖女、地の勇者、剣の勇者のみ残ってくれないだろうか」
「……ハイド? うん、私は残るよ」
「そう言われるならば、外しましょう」
アマネとキキョウは快諾した。
これをよく思わないのは、蚊帳の外に出される人間だった。
「意味がわかりませんねえ。なにか知っているのであれば、いますぐお話するべきでは? さあさ、遠慮なさらず中央にきてくださいよ。それとも、英雄スキル保持者の前で話すのは緊張してしまいますか? ツールゥ?」
「なりません。聖女さまには必ず同伴が必要です」
賢者と教会の関係者が拒絶を示す。
「そうか。なかったことにしてくれ。アマネ、終わった後に付き合ってくれ」
「承知したよ。いくらでも、時間を取ろうではないか」
アマネが頷くと、ハイドは一歩下がった。目的は達成される。ハイドは賢者とレンジャーに揺さぶりをかけ、表情を読み取っていた。
「……でしゃばりが」
賢者がハイドをにらむ。ハイドは気にもしていなかった。
「話し合いの場も設けられねえとはな。情けないぜ」
「そう言ってやるな。さらにわれわれの肩身が狭くなるぞ」
「……もうしわけありません」
苦々しく言うのは聖女、本人だった。
「大丈夫だよ! スタンピードが起こっても、魔王が攻めてきても、オレとハイドがどうにかしてやるからよ。安心してくれよな。いまは耐えるときだって、わかってる。苦しいのは一緒だ。力を溜めよう。いつか戦わなければいけないときがくる。そのときにオレは、まっさきに聖女さまのところへ駆けつけるぜ」
「キサマは、なぜこうも聖女さまのことになると真摯になるのだ?」
「ヒーローは女の子の味方だからに決まってんだろ! 言っておくが、アマネは女にカウントしてない!」
「キサマに女扱いされるのも気味が悪い。しかし、こうもハッキリ言われると腹がたつのはなぜなのだろうな」
言い終わるころには、アマネは眉をぴくぴくと動かしていた。
キキョウとハイドは表情にこそださないが、同じ感情を共有していた。「またか」とため息をつく。
「非力なこの身です。勇者さまには、助けられてばかり。類まれな才能とスキルが集まっているこの場を好ましく感じています」
聖女の許されている精いっぱいのラインを発言にしていた。
「魔王の情報を持っているのは、剣の勇者と地の勇者だけです。残りのひとりは何の役にもたっていないのではないですかねえ?」
「……はあ。キサマは幸せそうでいいな。お前のくだらん話は聞き飽きた。もう今日は口を開くのを勘弁してくれ。でないと、その首を落とすぞ」
アマネは味方が相手でも仁義がなければ容赦はない。
間違いなくこのなかで――世界で最も魔王に接近している男、ハイドの心中を思うとふつふつとした怒りが頭の頂点にまで登っていた。
「なぜあなたが怒るのですか? やめておきなさい。首狩り姫の名前が泣きますよ」
「ならば、させてくれるな。だれかが泣くぐらいであれば、痛みはわたしが背負う」
「あのよう。今日は、これまででいいんじゃねえか? これ以上の会話はムリだろ」
「……そうしましょう」
聖女が膝のうえで拳を握っていることを見ていたのは、ハイドだけであった。
教会の関係者が、聖女に退出を促す。
聖女は、机につかまりながらゆっくりと立ちあがる。側付きの女性神官に手を引かれながら歩いた。
聖女は、目の見えない少女だった。
ローエンとハイドの後ろを通るときに、吐息が漏れるほど小さな声が「すみません」と言った。細い小さな肩にのせられている重圧は、いったいどれほどだというのか。
聖女の退出した室内で、ローエンが言う。唇を噛みしめ、決意を固めた表情をしていた。
「ハイド、頼みがある。オレを魔王の前まで連れて行ってくれ」
聖女の重荷を背負った男が、仲間に頼む。
「そう遠くない日に約束しよう」
その熱意に動かされた男がいた。熱い感情を胸に受けて、動かないわけにはいかない。
「すぐに熱くなるのは、お前たちの悪いところだぞ。なにか手伝えることがあれば、言うがいい。しぶしぶ手を貸してやろうではないか」
「お嬢さま、まんざらでもないですね?」
「う、うるさいっ」
雪のような肌を赤くするアマネ。キキョウはアマネの様子にやわらかく笑う。
「とりあえず飯食おうぜ、飯。腹へっちまったよ」
「どうせギルドの酒場だろう? キサマとあそこへ行くと、なぜか冒険者が離れていくのだ。正直、顔をだしにくい」
「アマネが怖い顔で酒場に行くからじゃねーの?」
「キサマがいなければ、そんな顔をしたことはないのだがなっ!?」
勇者ふたりをなだめるのも、仲間の役目だった。
「まあまあ。ローエンさま、そうおっしゃらず。本日は、なにを召し上がるのですか?」
「おう、そうだなっ! コロッケと……なににしよう!」
ローエンはすぐに表情を明るくし、キキョウが相槌をうつ。
「アマネ、熱くなるのはお前の悪いところだぞ」
「うう~~~~~っ、ハイドっ、それはわたしが言った言葉だ。はずかしいから、やめてくれぇ」
アマネはハイドの洋服を引っ張りイヤイヤと首を振る。
四人で並び、教会の一室から退室する。
ハイドは殺気を感じた。振り向きこそしなかったが、出所は特定している。地の勇者パーティーのひとりからだった。なにも気づいていないフリをして、アマネと肩が触れるほど仲睦まじく歩き続けていた。
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