第23話 勇者総会あるいは、聖女ちゃん集会


「どうウェイーーーーーーーー!?!?!?」


「……だから、こうなるだろうと」


「あは、あはははっ。ローエンくんっ、サイコーッ」


 グランガルドの中心で、ローエンは変顔を晒す。驚きのあまり、目を見開き口を隠しながら「おまっ、おま、えええっ!?」と言葉にもならない声をあげた。

 ハイドは頭を抱える。その姿を見て、うれしそうにハイドに抱きつくのはスタイルの良い赤髪の美女。クセの強い髪を肩口で遊ばせ、キャスケットをかぶっている。裾広がりになっているジーンズに、サンダル。白いチューブトップを身に着け、たのしげに体を上下させながら街中に馴染んでいた。女の格好は、イリアスールの王都で学生がやる流行りの格好だった。深い色のサングラスから覗く大きな赤い瞳は、抱きつかれることを嫌がるハイドに向けられていた。 

 魔王リースメアは、ハイドと共にグランガルドへ遊びに降りてきていた。

 待ち合わせに遅刻しているハイドを、待ちわびていたローエン。ハイドが女とべったりしながら現れるものだから「オレを待たせておいて、女と遊ぶとはなにごとだ!」と、カッとなり近寄る。リースメアは怒るローエンに対して、男性の心を容易く射止めるウィンクをしたにも関わらず、ローエンは三秒固まった後、叫ぶほど驚いていた。


「すまない、ローエン。どうしてもついてくると昨日から念押しされ、あげくに寝坊したうちのお姫さまだ。起こすのに手間取った」


「ハロー。ご機嫌いかが? ローエンくんが来ないから、来ちゃいましたーっ。ざーんねん、ハイドはまだ、わたしのものでーす」


 ハイドの腕に抱きつき、体を引き寄せながら魔王が白い歯を輝かせる。


「いや、来ちゃダメだろ!? オレらいまから魔王を倒すための話し合いだぞ!? 半径百メートル以内に、勇者が三人いるんだぞ!? 聖女ちゃんも、勇者の仲間だっているんだぞ!?」


「固いこと言わないで混ぜてよー。混ぜてくれたら、あなたの敵のひとりやふたり、倒しかたを教えてあげるわよ。あなたたちなら、倒せるでしょう? だって、世界はみんな騙されてる。勇者の力が隠されていることに、だれも気づいていない。でしょう、ハイド」


「さてな。見てのとおり、戦う前からボロボロの勇者だ。さぞ自分に厳しく鍛え上げてるんだろうよ」


「つつくな! 火傷してんだよ!」


 ハイドはローエンの関節部分に巻いてある包帯をつついた。右の上半身に集中してはいるが、着ているシャツからはみ出るほど広い範囲に火傷を負っていた。


「炎の勇者さまが、火傷するとはな。そらよ、火傷に効く軟膏だ」


 面取りのされた木目の美しい小箱。蓋をあけると、つんと薬草の匂いがした。


「ありがとよ。つーか、知ってたのかよ。オレが火傷してること」


「いや、俺はまったく」


「なんでお前が知らないのに、クスリの準備はしてくれてんだよ!?」


「できるメイドとおせっかいなエルフがいてな。その軟膏は、出かけにエルフがくれたものだ」


「ハイドって、ニンさまと仲いいの? 悪いの?」


「最近は接触を避けられている。その割には、よく物をもらうが……よくわからん」


「ふーんっ? うふふっ」


 リースメアが意地の悪そうな笑みを浮かべた。ハイドはイヤがり、ジト目を送る。


「ところで、魔王……ヒイーッ!?」


 ローエンが魔王と言おうとした途端、リースメアの鋭い眼光が口をふさいだ。


「こええよ、ハイドォ」


「すまない、リースメア」


「ん。許してあげる。二度目はないゾ」


 ローエンの鼻先を人差し指でつつくリースメア。だれがどこで聞いているかわからないため、監視者の存在を常に感知しようとしているハイドの努力をムダにさせないためだった。


「ところでお嬢さん、なにしにここへ?」


 ローエンはリースメアへ、下手に出ながら問いかけた。


「そうねえ。こうやって街を歩くのも楽しそうかなって、散歩しにかしら。後はついでに勇者総会にも出席しにね」


「本気で言っていたのか?」


「あら、楽しみにしてたのよ?」


「冗談みたいなことを本気でやりやがる」


 ため息をつくハイドの脇を、リースメアは肘でつつく。

 ハイドはローエンに向き合った。眉をさげると、曖昧な顔をする。


「ローエン、総会が」


 言い切る前に、ローエンは口を挟む。


「聖女ちゃん集会がなんだって?」


「……めんどくせえのが、ふたり」


 ハイドがぼそりと言葉を漏らし、ニコニコしている赤いふたりに視線を往復させた。


「聖女ちゃん集会が終わったら、話がある。アマネも含めてな。明日の天気が荒れる話だ」


「わかったぜ」


「万が一、聖女ちゃん集会後に俺が姿を消すようであれば、悪ガキふたりに聞け」


「悪ガキ? 監獄にぶちこんだはずの、シャバで大暴れしてるふたりか?」


「そうだ。今回の件は、あいつらにも頼んである」


「オレたちの総戦力じゃねーか。ライアは酒場で会うから、よくわかるぜ」


「それで当日はどうにかなるだろう」


 目を伏せ頷くハイドを見つめるローエン。ずきん、と重く響く痛みが走る。ローエンの火傷が痛み、なにか悪い予感がしていた。


「ハイド、危ない橋は渡るんじゃねえぞ」


「俺の前には危なくない橋がないものでな。急に居なくなったら崖の底を探す真似はせず、明日に向かって進んでくれ」


「生きろつってんのによ」


「どうせいつか死ぬ」


「もちろん。簡単には、死なせないわよ?」


 サングラスをすこし下げて、リースメアは大きな瞳をハイドに向ける。その瞳には、情熱の炎が宿っていた。


「いくぞ」


「おう」


「はーいっ」


 ハイドの号令に歩き出す三人。ローエンとハイドは立ち止まった。


「えっ、本当についてくんの!?」


「えっ、まだ冗談だと思われてたの!?」


 ローエンとリースメアがお互いを見合う。ローエンがぱくぱくと口を開きながら、リースメアを指さすときだった。


「仕方がない」


――パチンッ


 ハイドが指を鳴らした途端だった。

 リースメアは取り押さえられた。

 ビシッとジャケットとスラックスを身に着け、サングラスまでしたふたりの人物が革靴の底を鳴らしながら出現し、リースメアの両脇を抱えた。


「お迎えにきたよ」


「お帰りはあちらでーす」


 金髪をポニーテールにしたシルフィアと、白い髪をアップにしたルイだった。黒服に身を包み、ネクタイまでしているふたりは、リースメアを取り押さえる。

 いきなりのことで目を丸くしたリースメアは、往生際が悪く暴れ出した。


「いやーっ、離して! 勇者ちゃんたちに会いに行くのーっ」


「コルトおねーさんが怒ってるよー」


「うっ」


 親に怒られる子供のように、体を固まらせる魔王。


「協力、感謝する」


「マスター、気をつけて」


「おにーさん、また後でねーっ」


 子供のように縮まるリースメアを片手で抱えるふたりは、空いている手をハイドにふっていた。ハイドも、軽く手をあげて応えると、リースメアが面白くなさそうにする。


「やーだあっ。ハイドーっ。わたし、さらわれちゃうーっ!」


 ハイドが踵を返すと、シルフィアとルイはさっと消えてゆく。


「さあ、行こう」


「いいの!? こんな感じでいいの!? お前の雇い主さらわれてんだけど!?」


「いまさらだな」


「もしかして監禁されてんの、あっちのほうなの!? 城内の関係どうなってんの!?」


「なに言ってるんだ。俺はいまだに虜囚の身だ」


「おまえみたいな捕虜がいるかーーーっ!?」


 ハイドは耳を押さえながら、ローエンと共に教会へ向かった。

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