第19話 夜と暗殺者の夜想曲

 男には、やらねばならぬときがある。


「やめておけ、死ぬぞ!?」


 コルトにそう言われながらも、ハイドは止まるわけにはいかなかった。

 ハイドにとって、今日は重要なイベントが起こる日だった。そのイベントが、消失しようとしている。それだけはならぬと立ち上がり、武器を持った。


「うおおおおおおおお」


 右手に二十四センチのフライパンと左手にお玉を掲げたハイドが挑む。


――カンカンカンカンカンカンーッ


 けたたましい金属音が、魔王城の一室に響き渡る。

 ハイドに与えられた部屋の次に質素なその部屋では、キングサイズのベットに女性がひとり寝ているだけだった。

 この城の主であり、ふだんはイタズラ好きの優しい女だった。しかし、あるタイミングでだけ、だれをも震撼させる魔王となる。


「まおーさま、寝起きヤバいから」


 頭にある耳を押さえながら、遠巻きにルイが眺めている。となりではコルトがいつでも逃げれるようにか、腰がひけていた。


「起きろ。いや、なぜ寝ていられる!?」


――カンカンカンカンカンカンーッ


 フライパンを鳴らしたぐらいでは、魔王は起きない。


「ううーん」


 おやすみ中の魔王は、いやそうな顔を浮かべて、寝返りをうちハイドから離れる。


「ちょっと、やかましいですわよ」


 エルフは甲高い声で非難してくる。ハイドも負けずに「お前のほうがうるさい」と叫ぶ。金属音に負けないエルフの甲高い声が響きわたる。しかし、魔王は起きない。


「使う?」


 メイドが渡してきたのは、ハイドが愛してやまないハンドガンだった。

 十七センチほどの少し小ぶりなモデルは、ハイドの手に合う。たしかに、銃声を鳴らせば大きな音になる。しかし、この武器が遊ぶものではないことは、ハイドがよく知っていた。


「やめておこう」


「起こさんと〝夜宴〟に遅れてしまうぞ」


 コルトが、ジト目を魔王に向けながら言っていた。


「むにゃ」


 下着同然の姿で、魔王は幸せそうに眠る。


「起こしてもいい?」


「できるか、シルフィア」


「了解。マスター」


 メイドは頷いてから、周りに言う。


「よい子は、後ろむいてて」


 後ろを向いたのは、ルイだけだった。「あれぇ?」と首をかしげるが、聞き耳だけを立てていた。

 メイドはキングサイズのベッドに膝を立てる。やわらかいベッドに乗り込み、魔王の尻を探った。赤いフリルのついた下着のうえから伸びた尻尾を探す。やわらかい太ももに巻きつこうとする尻尾を丁寧に扱い、メイドの口へと消えてゆく。


「ふーっ。はむっ……っぷちゅ」


「ひゃあーーんっ」


 魔王がベッドのうえで背中を反らし、飛び起きた。赤い瞳をとろんとさせて、蒸気した頬を手で押さえながら顔を横に振っていた。


「おはよ、メア」


「尻尾は弱いからやめてって言ってるのにーっ。いじわる、いじわるーーーっ」


 メイドは濡れて輝く魔王の尻尾を口から出すと、指で擦っていた。


「ひゃう、ふふっ、くすぐったいってばーっ……あらー?」


 魔王は目を点にした。ギャラリーと目が合ったからだ。


「もしかして、みんなで起こしてくれてた?」


「寝起きに城が壊れなくてよかったのう。小僧がお主を起こすのに半日を使っておるぞ」


「……こんな方法で」


 ハイドが思いつく限りの方法で起きなかった魔王。目の前で攻略されると、がっくりと肩を落とす。


「おしおき?」


「ごめんってばーーっ」


 メイドが魔王の尻尾をにぎり、魔王は涙ながらに謝る。


「行くぞ、リースメア。支度をしろ」


「はあっ、魔王使いが荒いなあ」


「なにか言ったか?」


「うっ、なーんにもっ」


 ハイドが睨むと、リースメアは目をそらす。

 ベッドから立ち上がると、恥ずかしげもなく下着を脱いだ。


「シルフィア、お着換え手伝ってくれる? ニンさま、香水ほしいな。薔薇とかあるかしら? コルちゃん、ハイドを連れて同行を。ルイちゃん、髪のセットおねがーいっ」


 リースメアは起きるまでの姿は最悪だった。だが、起きてからの行動はすばやい。

 ハイドがエントランスで待っていると、魔王はすぐに支度を終えて出てきた。

 夜宴に参加する、魔王のドレスコード。

 鮮やかな鮮血色をしたエンパイアラインのドレス。気品があふれるロンググローブに、黒いサテンのミュール。フロントや背中に入れられたドレスのスリットから、輝かしい肌を惜しげもなく見せびらかす。ハイドが見とれていると、サイドに編み込みを入れたハーフアップの髪形を揺らしながら、リースメアが唇を開いた。


「どんなものよーっ」


「よだれがついているぞ」


「うそっ」


「ウソだ」


「決まらないじゃないのよーっ」


 ばっちりと決めてきたらしいリースメアだったが、表情はすぐに崩れる。


「曲者揃いの〝魔王の夜会サバト〟こんなので大丈夫かのう」


 真っ黒なドレスを着ているコルトが心配をするのも無理はない。これから、魔王の集まりに参加するのだ。


「んーっ。まだ眠いかも。朝まで考えごとしちゃってたから。ふあっ」


「なに、考えてたの?」


 メイドが聞くと、魔王は笑う。


「魔王の殺しかた」


 全員の笑い声があがった。


「だいじょぶ。おにーさんが、ぜーんぶやっつけるから」


「だれから殺すか、ですわね」


「余計なものを殺しすぎぬようにのう。このところ冥界も暇をしておるが」


「物騒なところだ」


 「魔王を倒しに行こう」と人間の世界で言うと、だれもが恐怖し立ちすくむ。ここでは、全員が笑っていた。


「そうなると〝夜宴〟を荒らしたいわね。みんなも退屈でしょうし」


「いく?」


 シルフィアが魔王のとなりで首をかしげた。


「待ってね。いま、直前になってめんどうくさくなってきちゃってるから」


「もう、三人集まってる」


「ねえ、コルト。やっぱり代わってくれない?」


「魔王のかわりはこりごりだのう。せいぜいカルマを賭けすぎぬように」


「いやよ。大勝負に勝ちたいもんっ。ハイドに良いところ、見せちゃうんだから」


「リースメアに、良いところ……?」


 ハイドはリースメアの良いところを必死に探す。魔王としての顔をあまり見たことがないハイドは、頭をひねるばかりだった。


「わたしだってへこむことあるんだからねーっ!?」


「次までに考えておこう」


「じゃあ、ハイドに命令しちゃう。魔王の夜宴〝サバト〟が終わるまでに、わたしの良いところを三つ発見すること」


「これまでで一番くだらん命令だ」


 イヤがるハイドを見て、リースメアは楽しんでいた。


「うふふっ。さあ、行きましょうか。コルちゃん、ハイドをお願いね」


「預かろう。世界の裏におる。なにかあっても傍観しかできぬぞ」


 リースメアはにっこりとハイドに微笑みかける。

 ハイドは真剣な顔で頷いた。


「行きましょう。シルフィア、グランガルドへ送って」


「……なんだと」


 ハイドは、自分の慣れ久しんだ街へと戻ることになる。

 その街には、魔王が潜んでいることを意味していた。


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