嫁イリアン~「一緒に帰りましょう」「エロ本買いにいくから無理」~

鳥片 吟人

第1話 日常

 若気の至りというものは誰にでもあるものだ。学校の廊下で下半身丸出しでパンツを振り回したり、全裸で闇夜を屋根伝いに疾走したりするのも恐らく珍しくないだろう。このようにして少年はパンツの大事さを学んでいくのだ。




 俺にも若気の至りは多々思い当たるが、今思い出せば赤面ものなことがある。俺は友人というものに憧れた時期があった。人間自分にないものを求めるというが、確かにその通りであった。




 まあ、結局友人はできていない。だが憧れの気持ちは消えたのでよし。




 若き俺は色々考えたが友人はいなくてもいいという結論に達した。情報収集の結果、友人関係から得られるメリットに比べてデメリットが大きそうだと思ったのだ。




 要するに友人というのはコストパフォーマンスが悪そうと思ったのだ。




 なので俺は独りだ。望んで独りになった。望んでなくても独りだったかもしれないが。




 しかし最近この選択は間違いだったのではと思い始めている。まさに若気の至りだったのではないかと思い始めている。




 確かに今は困っていない。だが俺も生涯独りで生きたいとは思っていない。




 恋人などには憧れがある。




 そして気づいた。友人ゼロでやってきた対人スキルで彼女ができるのであろうか、と。恐らくできない。このままでは魔法使いになってしまうだろう。……しかし打開策が見つからない。いや誰かに話しかければいいのは分かるんだが、話しかける内容が思い当たらない。




 そうだ。話しかけてもらえるようにするしかない。昔調べた友人の作り方に確か『共通の趣味から友人を作りましょう』的なことが書いてあった。なので俺の趣味をアピールする格好をすればいいはずだ。




 ……趣味がない!いやゲームや漫画などは好きだが別に誰かと語りたいことなどない。無理に語ろうとすれば語れるが『なんで下着姿でいるのかって?こうしたら薬物中毒の市長の好感度が爆上がりなんだ』『LとRの同時長押しで自爆。これがこのゲームを楽しむ秘ケツだ』『紋章は捕まっていた女キャラの妄想が捗りますね』とかしか思い浮かばない。万が一誰かが話しかけてきたとしても、これでは仲良くなれないだろう。




 他に好きなことは思いつかない。




 そうだ。これから頑張って作るか。そうとなればやっぱ日常的に出来ることがいいな。そうじゃないと続かなさそうだし。




 とりあえず一日をどう過ごしているか思い浮かべてみよう。










 十月三十日、朝。目が覚める。目覚ましではなく自然の起床だ。部屋は遮光性のカーテンを閉めているので朝なのに薄暗い。また、朝というには少し遅い時間帯なので外から喧噪が襲ってくることもない。まるで世界に俺だけしかいなくなったようで最高に心地よい。暗く、静かな心洗われる理想的な起床だ。




 二度寝の誘惑が全身をつつむように広がるが、鋼の理性で布団とともにはねのける。決して膀胱が限界だったからではない。




 いつも通り洗面所に行き洗顔や用を済ませる。どうやら世界地図を見るのはお流れになったようだ。響くのは水音だけ。大学生がアパートに一人暮らしをしているので当然なのだが。




 次に洗濯機で脱水をかける。晴れなので洗濯物を干す。今日は晴れなのはカーテンの隙間から漏れていた太陽光で確認済みだ。




 洗濯機が激しい音を立てる。古に封印されし邪神が今にもその封印を破らんとしてるように激しく揺れている。巨乳美女に座って欲しい場所を聞かれたら、間違いなく洗濯機の上を挙げるだろう。そう思える揺れだった。




 脱水をかけている間にカーテンを開ける。分かってはいたが太陽が輝いている。滅びればいいのに。滅びればこちらが死んでしまうのは分かっているが、つい思ってしまう。理由なんてない。眩しすぎるとか熱すぎるとかそういうことではない。ただただいつの間にか嫌悪感を覚えるようになっていただけだ。




 嫌悪感はいつものことなので飲み下し、窓を開け、網戸にする。そうしてハンガーなどを出しておく。少しだが小鳥のさえずりが聞こえる。自分以外の生物の気配にいらだちがつのる。早く干し終えたい。




 脱水が終わったので洗濯機から服やタオルを取り出す。もちろん邪神は入っていなかった。洗濯物をハンガーにかけ、外に干す。窓を閉めればようやく落ち着く。




 あとは朝食をとれば大学へ行く時間だ。朝食はうどんにした。朝から料理をしたくないので冷凍うどんを温め、粉末スープを湯にとかした汁につけて食べる。これだけの手間で自分で作るより安くてうまいのだから便利な世の中だなと思う。




 いつも通り大学へ向け授業の三十分前に自宅のアパートを出る。大学へは徒歩で二十分。授業開始十分前くらいに着く予定だ。




 大学への道は大学間際まで人通りは少ない。そんな喧噪とは無縁の道を、葬式でお焼香をあげるときのようにうつむきながら静々と歩く。




 独りはいい。無駄な話をせずに済むから体力の消耗が少ない。まあ、独りでなければ体力を消耗するほど話すのかと聞かれれば否と答えるが。なぜなら友人がいないから。




 そうしているうちに、自宅から最も近い床屋が見えてくる。店主が丸坊主の強面という、明らかに職業と外見が合っていない店だ。力士がマラソン大会に出ているみたいな違和感だ。今日も店は、海産物一家の父の頭頂部のよりも寂しい有様となっている。なぜこれでつぶれないのだろう?




 それから人通りのない道を歩いていくとやがて坂になる。相変わらず人が来るのを拒んでいるかのような傾斜だ。親近感と嫌悪感を抱きつつ坂を上る。ようやく大学に到着だ。




 すぐに授業のある棟に向かう、ことなく近くの生協に行く。ここでいつもおにぎりなどの昼食を買う。二限が終わってからだと人混みが出来るので、買うのが困難になるで先に買っておく。さて、教室に行くか。




 教室につくと、いつも通り黒板から見て左側の前の方に座る。この位置が一番煩くなく、授業終わりに素早く出ていけるベストポジションだ。端の前の方にいるのでニヒリストばりに斜に構えて授業を受けることになる。もしテロリストが来たら一番最初にこんにちはしてしまう事だけがネックだが、普段から騒音テロに襲われるよりいいだろう。




 独りは良い。真剣に授業が聞ける。




 周りの人間たちがおしゃべりをしている中、講師が来るまで俺は独り優雅に読書を嗜む。タイトルは『スパイCな女』、官能小説だ。主人公である妖艶で危険な香りのするCというコードネームの女スパイが敵に捕まったところまで読んだ。




 なぜ俺が授業前に官能小説を読むかというと授業のためだ。授業の前に話していたり、ボーっとしていたら、いざ授業が始まったときにすぐには集中できない。しかし、読書は違う。文字を追うことに集中し、理解するために想像を働かせ頭を活性化させる効果がある。よって授業前に読書をするのは、まさに学生の鑑といえる行いであろう。これからさぞ破廉恥な目にあうのだろうと期待を胸に読み進める。獲物を狙う鷹のような目つきと全力疾走後の像のような鼻息で。








 最初の戦闘で主人公に怪我を負わされたむくつけき男が現れ、さあこれからというときに講師が登場する。なんということだ。一瞬講師を恨むが、むしろこのタイミングの方がいいということに気づいたので、おとなしく講義を受ける。




 ……失敗した。授業に集中できない。先ほどの読書で集中力を高めたのはいいが、妄想力も高まってしまい、本の続きが気になって仕方がない。






 授業が終わり昼休憩になる。誰よりも先に教室を出て目的の場所に向かう。棟の入り口付近にあるベンチだ。ここは人通りこそ多いが、皆どこかに向かう途中なのですぐにいなくなる。また、人気がないので取り合いになることもないので独りで食べたい俺にとってはかなりの好条件の場所だ。




 一人ベンチに座り、いつも通り塩気のないおにぎりを食べる。




 ここはよく強い風が吹く。ビル風というやつだ。今も、目の前の木々がそれに煽られ悲鳴を上げている。心安らぐBGMだ。しかもそれだけでなく当然ながら風は人間にも吹く。スカートの女性が通れば目の保養にもなるかと期待して見れる。スカートはめくれなくても足に張り付て体のラインが見えるので、それはそれでよしだ。




 改めて思う。独りは良い。自分のペースで食べ、食事に集中できる。




 さあ、また授業を受けるか。




 本日の授業が終わった。五限まであったなのでもう暗くなっている。といっても都会なので闇夜というわけではない。ダークブルーといったところが精々だろう。




 帰りしなスーパーで買い物を済ませる。明日はハロウィンで煩いヤツらが多くなりそうなのでさっさと帰りたいので多めに買う。




 べつに俺はハロウィンが嫌いなわけではない。意味もなく騒ぐのが嫌いなのだ。女性がコスプレをするところは大変高評価だ。肌面積多めの小悪魔ギャル、包帯の隙間から見える肌のチラリズムがたまらないミイラ女、絶対領域が眩しいミニスカナースゾンビ、ギリギリを攻める裸マントジャック・オー・ランタン、みんないいと思う。最後のは見たことない気がするがきっとどこかにいるはずだ。




 やっと帰宅し、そそくさと風呂に入る。といってもシャワーだが。わざわざ風呂をいれるのは面倒なので休み以外はシャワーだ。シャワーが終わり人心地つく。外の汚れを落としてようやく落ち着ける。




 朝干した洗濯物を取り入れる。服やタオルはどうせすぐ使うので、たたまずに取りやすいところに置いておく。




 夜は焼きそばにする。カットされた野菜やきのこが入った袋を開けそのままフライパンへ。そして豚コマ肉を投入。麺を入れ粉末ソースを入れ混ぜて完成。焼きそばを皿に盛りつけた後、同じフライパンで目玉焼きを作り焼きそばの上に乗せる。これで夕食の完成だ。




 食べ終え、片づけをして、ゲームなどで遊んでから寝る。独りの良さをかみしめる。自由な時間は最高だ。




 部屋の灯りを消すと部屋一面がダークブルーになる。街の灯りで暗くなりきらないのだ。この明るさは気に入っているが、カーテンを開けっぱなしだと翌朝太陽光で目が覚めるという絶望を味わわないといけないためカーテンを閉める。




 ベッドに横になり目をつむる。しかし朝のように喧噪と無縁とはいかない。ガヤガヤと人が生活を営んでいるのが伝わってくる。どこぞのはた迷惑な馬鹿者がバイクを爆音で走らせているのが聞こえる。それと同時にパトカーのサイレンも聞こえる。心の底から警察を応援する。




 音が聞こえるのは悪いことばかりではない。少し我慢すると聞こえてくる。……救急車の音だ。救急車はよい。これは他人に不幸があったということだ。他人の不幸は蜜の味、というわけではなく、平穏な自分の幸せをかみしめさせてくれる。ただ思う。救急車の向かう先がさっきの爆音の馬鹿者であればいいのに、と。




 そう願いながら幸せな気分で眠りについた。




 そういえば明日は楽しみにしていた本の発売日だな。忘れないようにしないと。

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