第7話 やられたら、やり返す

 一息つき、気合を入れて夜会の会場に戻ると人々の視線が突き刺さる。おそらく時間を空け、更にドレスまで汚れていることに皆気付いているのだろう。変な想像をされていることは、容易に想像がつく。しかし私はいつもの仮面を被り、素知らぬ顔をした。そんなこにまでかまっていたら、こちらの身が持たない。


「まあ、これはモドリス嬢ではないですか。夜会を急に抜けられたので、皆心配していたのですよ」


 ひとりの同世代の令嬢が近づいてきたかと思うと、声をかけてきた。そしてその会話を聞くかのように、周りに小さな輪が出来る。どうあっても、彼らは私を放っておく気がないようだ。


「久しぶりの王家主催の夜会で緊張してしまって、お酒を飲みすぎてしまったようで庭園で涼んでおりましたの。皆様に心配していただけていたなんて、光栄ですわ」


 人の心配をするほど暇だったのかと嫌味を隠して言えば、ろこつに嫌そうな顔を返してくる。


「結婚前の令嬢がひとりで庭園なんて、危険ですわよ? ああ、でもモドリス嬢は決まった婚約者がいないのでしたっけ」


 婚約者がいないことを逆手にとって、マウントを取りたいようだ。だけど彼女たちの親たちには礼儀として下手に出ても、本人たちにはまだ権力もなにもなく、身分は私となんら変わりない。そんな人たちにまで丁寧に営業スマイルとトークをする必要はない。


「ええ。なかなか良い人がおらず、いまだに婚約者がいないんです。どこかに良い人がいればいいのですが……。ただ、自分が良いと自慢したくなるような方は、やっぱり他の人から見ても、良い人だと思うんです」

「な、なにが言いたいの」

「令嬢の婚約者様、先ほど庭園で他の女性を連れておられましたわ。私などにかまっていたら、どこかの泥棒猫にさらわれてしまうかもしれませんわよ?」


 小首を傾げ、大変だとばかりに口元を手で押さえる。もちろんそれはただのフリで、笑い出すのを必死で堪えているだけだ。そんな私を見た令嬢が、プルプルと肩を震わせながら怒りを露わにする。こうなればもう、誰が勝ちかなど一目瞭然だ。遠巻きに見ていた令嬢たちも、扇子で口元を押さえながらクスクスと笑っている。


「ご忠告、ありがとうございます」


 令嬢はドレスをつまむと、そのまま歩き出す。


「勝ったと思わないことね」


 すれ違いざまに嫌味を言ったかと思うと、令嬢はわざと私に肩をぶつけていく。


「……った」


 さすがに勢いよくぶつけられた肩は、ズキズキ痛む。しかし今ここで肩に手をやれば、弱みを見せることになってしまう。私はなかったように、ただ笑顔を作った。

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