第6話 本当の笑顔
そしてどれくらいの時間が経っただろうか。抱きしめていた体が、もそもそと動き出した。
「ごめんなさい。わたし、ずっと泣いてしまって」
「いいのよ。泣くときはちゃんと泣かないと。そしてスッキリしたら、またちゃんと歩き出せるから。そうだ、お名前聞いてもいいかしら?」
ふと、お互いにまだ名乗っていないことに気付く。
「あ、わたしはマーレ男爵家の、ミント・マーレと申します」
「私はアルフィーナ・モドリスよ。モドリス商会って知っているかしら。あそこの経営者なのよ」
名前を出した途端、ミントの目が輝き出す。それは先ほどまでの悲壮感はどこにもなく、好奇心旺盛な子どもの目だ。
「知っています! お父さんたちが生きていた頃、お誕生日にあそこのお人形を買ってもらったんです。とってもかわいいクマの人形を」
他国からの香辛料や布、そしてかわいらしいお人形まで、商会では幅広く扱っている。どれも人気商品なのだが、特に子どもの誕生日にと人形はよく売れていた。
「明日でも……いつでもいいから、もしミントが私のことを頼ってもいいと思えたら、使用人と一緒に商会を訪ねてきて? どんな時にでも、私は歓迎するわ」
「でも、叔母たちになんて言われるか……」
「もし、こっそり出かけるのが無理だったら、モドリス商会の会長と夜会で会って親しくなったと伝えればなんの問題もないわ。叔母様たちだって、損得を考えているはずだもの」
こういう時に、商会が繁盛してくれていて良かったと思う。
あの日差し伸べられた手を、今度は私が差し伸べることが出来るのだから。それだけでも頑張ってきたかいがあると言えるだろう。
「でも迷惑ではないですか?」
「迷惑だなんて、子どもがそんなことまで考えなくてもいいのよ。あなたが大きくなって、その時にいつか私の頼みごとでも聞いてくれれば、私だって悪くない話でしょう?」
仮面の笑顔ではない、いたずらっぽい笑顔を浮かべると、ミントが声を上げて笑い出す。私もその声につられて久しぶりに心から笑った気がした。
「男爵令嬢として、いつかお役に立ちたいと思います」
「ふふふ、その意気よミント。さ、今日はもうこのまま帰りましょう。うちの馬車で家まで送らせるわ」
「でも、それじゃあ」
「言ったでしょ。言わば先行投資のようなものよ。ほら、これもあげる」
クラッチバッグから、小さなアメの包み紙を手渡す。普通の令嬢はきっとこんなとこにアメなど持ってこないだろうなとは思いつつも、今はちょうどよかったと思う。
「これ、美味しいのよ。私も大好きなの。帰りの馬車で食べるといいわ。中で、何も食べれなかったでしょう?」
「……」
両手で、大事そうに数個の飴を受け取る。貴族の令嬢ならば、こんな物など珍しくもないはずなのに、それほどまでにミントは叔母たちから虐げられてきたのかもしれない。
「さあ、行きましょう」
肩にそっと手をかけ、並んで歩き出す。もし私が後見人になれなかったとしても、きっとミントに取ってよい人を探そう。そう心に誓うと、馬車の停車場まで歩き出した。
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