猫かぶり令嬢は溺愛される。騎士団長様、これは営業スマイルなので困ります。

美杉。節約令嬢、書籍化進行中

第1話 笑顔という仮面を付ける令嬢

 細かい宝石と刺繍の施されたドレスに身を包む。やや青みがかった髪はすでにハーフアップにされて、ここにもまた宝石の付いた髪飾りを付けられていた。ドレスの下はコルセットで締め上げられ、窮屈さと重みとで、すでに嫌気がさしてくる。それでも侍女たちへ文句を言わないのは、これを用意し着付けまでしてくれているせめてもの配慮からだ。


「もう、これくらいで大丈夫よ?」


 鏡に映るのは念入りに化粧の施された、やや疲れた顔。それだけ着飾り化粧を施しても、行きたくなさが滲み出ていた。

 ああ、さすがにこの顔は少しまずいと、自分でも思う。


「ダメですよ。今日は国王様主催の夜会なのですもの。一段と念を入れませんとっ」


 気さくな侍女たちは一様に私の提案に首を横に振り、私の提案を却下した。今年で20になる私は、確かにこのままだと行き遅れてしまう。皆それを心配しているのだろう。貴族の令嬢は、基本的に幼い頃に婚約を結んでしまうことが多い。これは貴族にとって、結婚が家と家との結びつきだからだ。しかし、私にはそんな婚約者はいない。


「お嬢様はこんなにもお美しいのですから、きっと求婚されるに違いありませんわ」

「そうですよ。今この国で一番の富豪とも言える、モドリス商会の社長であり、子爵令嬢なのですよ。今日は騎士団の帰還パーティーで、ほぼ全ての貴族が集まるのですもの。間違いないですよ」

「ん-、そうかしら」


 この国では、あまり女性が表立って活躍するのは好まれない。両親が死に私が商会を引き継ぐときに、それこそ大きな反発が起こった。元婚約者やその家の者もそうだ。商会の権利を婚約者である子息に引き渡さないのならば、婚約を解消すると言われた。私は両親の店を他の者に渡したくない一心で、婚約解消も受け入れるしかなかった。


 ただ一度婚約を解消されると噂は悪目立ちし、そしてあることないことが一人歩きする。婚約解消も全てが私のせいにされ、今の今までまともな縁談話はきたことがなかった。


「でも別に私は結婚など興味がないのだけどな。ただみんなに囲まれて、仕事をしていればそれで満足なのだけど……」

「またそんなこと言って! お嬢様、何度も言いますが恋はするものではなく、落ちるものですからね。急に結婚したくなる日が、心から愛しいと思える方がきっと現れますよ、お嬢様にも」

「そうね、そうだといいのだけどね」


 曖昧な笑みだけを浮かべると、侍女たちは少し悲しそうな表情を見せる。でも私はあの場所で、分かり合える人なんているのだろうかと思ってしまう。あの仮面を被った人たちの中でなんて。


「さあ、みんなが完璧に仕上げてくれたからこれで大丈夫ね」


 鏡に向かい、笑顔を作る。でもこの笑顔は、私にとっては仮面だ。誰も見破れない、営業スマイル。これさえあればあの巣窟の中でも大丈夫だ。そう仮面を被るという点においては、私も彼らと何ら変わりはない。そんな思いが、心のどこかをざわつかせる。しかしいつものように私は笑顔でそれを隠し、気付かないふりをした。

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