第3話 水曜日「残業」
父親の記憶は良く殴られた事、小指がなかった事、背中に中途半端に色が塗られた刺青が入っている事くらいしか覚えていない。
顔も声も覚えていない。
大人になって、今時エンコを詰めるようなヤクザは時代遅れか、よほど無能な奴だということを知った。
母親の事は覚えていないし会った事もない、そうなってくると父親も本当に自分の親なのかも怪しいもんだ。
小学校2年の頃には施設に預けられ「施設の子」と言われいじめ続けられてきた。
ランドセルや上履きを隠されるなんて事は日常茶飯事。
机の中に生ゴミや虫の死骸が入っていることも慣れっこだった。
もちろん直接ないじめにも沢山あった「生意気だ」「反抗的な目をしている」「臭い」理由はいつでも言いがかりだった。
小さい頃から親父に殴られ続けてきたせいか、殴られることは全然平気だった。
相手が殴り疲れた頃に、一発殴り返せば大体の相手は泣いて帰っていった。
中学に上がると、地元の不良たちに良く絡まれるようになっていた、その頃から俺にはへんなあだ名がついていた、いくら殴っても倒れないことから「ゾンビ林田」と。
中3になった頃、近隣で一番の暴走族の総長だという男に呼び出しをくらった。
「お前か?ゾンビ林田って言うのは?」
「周りがそう呼んでいるだけだけど・・・・」
「単刀直入に言うけどよ、お前、うちのチームに入んねえか?お前みたいな根性入ってる奴が必要なんだよ」
「・・・・・」
「お前・・あの施設出身だろ?・・・・」
「だからなんだよ・・・・」
「別に変な意味じゃねえけどよ・・・お前がいままでどんな扱いを受けてきたのはなんとなく想像できるしよ、俺たちみたいな奴と一緒にいた方が楽なんじゃねえか?」
たしかにその通りだった、俺は物心ついてからいつも一人だった。その事自体は別に辛くなかったし、それでも良いと思っていた。が、ここまではっきりと面と向かって「お前みたいな奴が必要だ」と言われて嬉しかった。
俺は暴走族になった。
必要とされたからなのか?単純に俺が暴力を求めていたからなのか?暴走族同士の抗争は楽しかった。
切り込み隊長と呼ばれ、喧嘩ではいつも先頭に立って相手に向かって行った。
喧嘩に明け暮れていた頃、俺は一つ気になったことがあった。
『ひょっとして俺は死なないんじゃないだろうか?』
鉄パイプで頭をかち割られた時も、バイクにはねられた時も、ナイフで刺された時も、俺は次の日にはピンピンしていた。
その頃俺のあだ名は『ゾンビ林田』から『ターミネーター林田』になっていた。
族同士の争いは激しいものになっていった。
その激しさの原因の一つを作ったのは俺だった。
『ターミネーター林田はシャブを打っていて、普通の武器じゃ痛みを感じない、あいつを倒すなら、殺すつもりで行かないとダメだ』という噂が広まっていた。
そんな噂が広まったある日に事件が起きた。
この日の喧嘩は100人を超える大規模な物になっていた、そこら中で殴り合いが起き、金属バット、鉄パイプ、ナイフ、至る所で武器を振り回す奴らがいた。
もう、いつ死人が出てもおかしくないくらいタガが外れていた。
一人の男が俺に向かって叫んだ。
「ターミーネーターも流石にこれくらったらやべえだろう!」
相手の族の一人が俺にチャカを向けていた。
パーン
乾いた銃声が響いた。
俺の目の前に総長が倒れていた・・・・・
「林田・・・わりぃ・・・寂しそうにしてるお前を見て・・・助けてやりたったんだけどよ・・・逆効果になっちまった・・・・俺もよ・・・あそこ出身だから・・・」
今まで感じたことのない感情が溢れてきた。
俺はチャカをもった男に向かって行った。
パン、パン、パンッ!!!
三発撃たれたところまでは覚えている。
次に覚えているのは、顔がぐちゃぐちゃに潰れた男を殴り続けているのを警察に羽谷締めにされて止められた場面だった。
俺は少年刑務所に入った。
数年して出所の日、俺を待っていてくれている人がいた。
総長だった。
総長はヤクザになっていた。
「林田。すまん・・・ほんとにすまん・・・あの後お前の為にって色々考えたけど・・・結局こういうことしかできなかった・・・・」
「いえ・・・うれしいです・・ありがとうございます」
俺はヤクザになった。
結局蛙の子は蛙なのかもしれない。
それでも、頼りにしてくれる人間がいることが嬉しかったし、ここまで拗れた人生を元に戻す労力を使う気持ちにはなれなかった。
ヤクザになっても俺の役割はあまり変わらなかった、鉄砲玉、武闘派要員・・・・
修羅場を何度か経験していくうちに気づいたことがあった。
『やっぱり俺は死なない・・・・』
ドスで突かれても、ポン刀で切られても、チャカで撃たれても、次の日にはピンピンとしていた。そして、だんだん俺は人間じゃない、何か違う生き物なんじゃないかと考えるようになった。
人間じゃない・・・いくら学がない俺でもおかしな話だとはわかっている。
しかし、トカレフで頭をぶち抜かれても生きていたことを考えると、当たりどころが良かったでは済まされない気がしている。
とある事件で俺は再び逮捕され、刑務所に入ることになった。
殺人ではなかったので、長い刑期ではなかったが、出所したら俺の住む世界が変わっていた。
2回目の出所に迎えにきてくれたのはやっぱり総長だった。
「林田・・・・・お前には本当に謝っても謝りきれない・・・・・・」
「何言ってるんですか、気にしないでください。」
俺が刑務所に入っている間に法律が変わり、ヤクザへの取り締まりが厳しくなった。
俺が所属していた小さな組は、資金調達が立ち行かなくなり、組は解散した。
総長は足を洗い堅気になっていた。
「本当にすまん・・・林田・・・俺にできることはこれが精一杯で・・・」
総長は泣きながら俺に、1本の鍵と携帯電話、1枚の貯金通帳とキャッシュカードをくれた。
「この口座には少ないが、組からの最後の気持ちが入っている。
家は・・・すまん・・・古くて郊外だが・・・これが精一杯で・・・・・」
どうやらヤクザは足を洗っても何年かは、家を借りるどころか、携帯電話の契約、銀行口座すら作ることもできないらしい。
「いえ、本当にありがとうございます、総長。でも、会うのはこれっきりにしましょう」
「林田・・・・・」
「俺はおそらく堅気で生きていけないと思います。俺との付き合いがわかったら総長に迷惑がかかります。総長・・・・今まで本当に、本当にありがとうございました」
「林田・・・すまん・・・本当にすまん・・・・」
俺は総長と組が用意してくれた家に向かった。
郊外の一軒家、確かにボロいが、隣の家まで距離も離れているし、人付き合いはせずに生活できそうだ。小さいが庭もある。家庭菜園でもすれば少しは食費は浮かせれるかもしれない。
問題があるとすれば・・・・組からもらった通帳に入っていた残高が100万しかないことだろうか・・・・
まあ・・・何もないよりはありがたいが、数ヶ月でなくなってしまうだろう。
仕事か・・・・・・・
色々考えたが、やはり堅気の仕事は無理だった。
林田梟(はやしだきょう)という人間は指定暴力団構成員として国に認識されている。
破門状は出ているが、あと数年はまともな仕事にはつけないようだった。
となると、やはり堅気ではない仕事しか選択肢は残っていなかった。
昔のツテを使って、キャバクラやクラブのセキュリティの仕事を始めた。
簡単にいうとケツモチ、用心棒、バウンサー。
仕事は退屈極まりなく、そしてギャラもそんなに良くなかった。
何よりも辛かったのが、仕事のためにほぼ毎日のように渋谷、新宿、六本木に出てこなくてはいけないことだった。
俺は生きていくことに少し飽きていた。
家庭菜園を始めた。
少しでも食費を浮かせるのと、無心になって過ごせる時間が心地よかった。
街に出て人と会うより心が安らいだ。
少しでもこの時間を増やしたいと思った。
少しでも仕事をする時間を減らす為に、短い時間で沢山金がもらえる仕事を探すことにした。
俺が選べる仕事で一番効率が良い仕事は・・・・殺し屋だった。
贅沢な生活を求めなければ、年に2、3回仕事をすれば生活はできた。
つまり、年に2、3人殺せば俺は生活ができたのだ。
俺はいつの間にか「不死身の梟」と言う名前の殺し屋で有名になっていた。
目標の条件はヤクザかマフィアに限定した。
堅気は殺さないようにした。
半グレは・・・・微妙なので全て断った。
後腐れないのない人生を送っている人間、俺みたいにいつ死んでも良いと思っている人間しか殺したくなかった。
残念ながら俺は死ねずに、自分が生きていく為に人を殺し続けるのだろうけど・・・
堅気を殺さない。
絶対的なルールではなかった、たまに起きるイレギュラーで俺は堅気の人間も殺した。
例えば、殺しに行った部屋に目標の女が一緒にいたとしよう。
口封じの為にその女も殺さなくてはいけなかった。
そういった状況を「残業」という隠語で表現していた。
「残業」が発生した場合は「残業代」が発生することになっていたが、俺は別に残業はしたくなかった。
できることなら「残業」はしたくなかった。
たとえ残業代が貰えたとしても。
ある日、携帯に仕事の依頼が入った。
前の仕事から6ヶ月、そろそろ貯金も少なくなってきた。
仕方なく仕事は受けることにした。
仕事の細かい話は基本的に対面で行うことにしている。
今のご時世仕事の内容を通話やメールなどで残してしまうとすぐに足がついてしまう為だ。
久々に新宿に向かうことにした。
「梟、久しぶりだな」
「ああ・・・・」
「すまんな、あんまり払えないんだが、お願いできるかな」
「ああ・・・」
「こいつはな・・・もともと他の組にいた奴なんだけど・・・なんていうか・・・仕事が全然できない奴でな・・・・」
「・・・・・」
「それでも、先代との繋がりがあって、ある仕事を任せていたんだけど・・・ちょいちょい、シャブを組にだまって売り捌いていてなぁ・・・・」
「・・・・」
「今回10kgのシャブを持ち逃げして・・流石にもう親父も許せないってなぁ・・」
「まあ・・・あんたらが動けないのは理解できるよ、だから俺が食っていけてるんだからな・・・・」
「すまんな・・・お前は腕がいいから・・・こんな仕事じゃないもっといい仕事を依頼したいんだけどな・・・」
「人殺しに、良い仕事も悪い仕事もねえよ・・・・」
「まあ、よろしく頼むわ」
「残業の可能性はあんのか?」
「女の線はねえと思うが・・・」
「残業がありそうならあんまりやりたくねえんだけど・・・」
「まあ・・大丈夫だと思うけどな」
「そうか・・じゃあ仕事が終わったら連絡するわ」
梟はヤクザの事務所を後にして仕事に向かった。
「なんであんな奴にあんな態度とらすんすか?なめられてませんか?」
ジャージを着た若い構成員が幹部らしき男に噛み付いた。
「いや・・・あいつだけはな・・」
「なんすか?伝説の殺し屋って聞いたすけど、ただのおっさんじゃないっすか」
「・・まあ、お前の知らない世界もあるってことは知っておけ・・」
「なんすかそれ?おれ今からあいつのたま取ってきましょうか?」
「おい!お前その辺にしとけ」
「??なんすか?あいつそんなにすごいっていうんですか?」
「・・・あいつな・・・多分人間じゃねえよ」
「え?」
「俺もな、見るまでは信じられなかったけどな。
梟・・・あいつ、頭にトカレフ2発ぶち込まれても死なねえんだよ」
「え?」
「俺、見たんだよ。黒竜会との抗争でな・・あいつが先陣切って事務所につっこんでいって、頭に弾丸2発くらった瞬間を。
梟はその場に倒れ込んだんだけど、10秒も立たないうちにな、立ち上がってその辺の奴らをぶちのめしてたよ・・・」
「まあ・・そういう奴も世の中にいて、そういう奴とは仲良くしておいたほうが良いってことだ・・・」
梟は目標の写真と住所のメモをもらい現場に向かっていた・・・
写真の男、どこかで見たことのあるような・・・・
現場に到着した。ボロボロのアパート。
202号室か・・・
ドアには鍵が掛かっていない・・・
静かにドアを開けると、上半身裸の男と、小学生くらいの少年がいた・・・
『ちっ残業か・・・しかもガキか・・・・・・・』
上半身裸の男の背中には中途半端に色の塗られた刺青が入っていた・・・・
中途半端な刺青・・・・・・
ガタっ
しまった・・・
男は俺が出した物音に気づいて振り向いた。
「誰だおまえ!!」
俺は銃を出し男に向けた。
「あーー・・・」
男はため息をついて肩を落とした。
「バレたかぁ・・・流石にもう年貢の納め時かぁ・・・・いいよ、もう疲れたわ」
男はそう言ってタバコを吸いだした。
タバコを持つ左手の小指がなかった・・・・
「正道会に頼まれたんだろ、いいよ、ほら撃てよ」
・・・・・・・・・
「ん・・・・」
男は俺の顔をまじまじと見つめ出した。
「お前・・・・・梟(きょう)か?」
「親父か?」
「ん?・・・はははは・・・うん、そうだな」
「何がおかしい・・・」
「まあ・・・そうだよな、親父だと思うよなぁ笑」
「どういうことだよ」
「お前も気づいているとは思うけど、俺な、クズなんだよ」
「・・・・・・」
「ヤクザなったけどな、何やっても上手く行かなくてな、エンコもつめたけどな、ロクなシノギもらえなくてなぁ。そしたら組がよぉ。新しい仕事くれてな。」
「・・・・・・」
「ガキを育てて、ある程度の年になったらぶん殴って児童相談所に自分で連絡して施設にぶち込めば金がもらえるってな」
「・・・・・・・」
「お前もそうだよ、梟。残念だったな、俺お前の親じゃねえよ」
パンッ
俺は男の眉間を撃ち抜いた。
銃声で男の隣で寝ていた子供が目を覚ました。
パンッ
俺は子供の眉間も撃ち抜いた。
不思議と躊躇はなかった。
何故か?俺が親父だと思っていた男の言葉でこの子供の未来が見えたからだ。
この子はこのまま生きていても良いことなんてなにもない。
俺みたいに、そして今ここで死んだ男みたいなクソみたいな人生を歩むだけだ。
誰にも愛されず、誰も愛することのない、クソみたいな人生だ。
誰にも・・・・
総長の顔が思い浮かんだ・・・
少しだけ頭が混乱していた。
冷静を保つ為に部屋の中を見回していたら、テーブルの上に積み重なっている貯金通帳が目に入ってきた。
通帳の名義は・・・「イザワコウメイ」「タカギタカシ」「アラヤヒカル」「オリハラリコ」「タカヤナギアヤ」そして・・・「ハヤシダキョウ」・・・・・・・・
通帳を内容を確認してみた。
どの通帳にも毎月『キサラギケンキュウジョ』から100万の振り込みがあり、そして70万が『ニッタコウギョウ』へ送金されていた。
男が言っていた事は本当だったんだろう・・・・
この男は本当に子供をある程度の年齢まで育て施設に送り込むことで金を手に入れていたようだった。
俺もその一人だ・・・・
『キサラギケンキュウジョ』とは一体どんな組織なんだろうか・・・・
・・・・・・・・・・
ガタ・・・・
物音に気づき銃を向けた・・・・・・・・・・・・・・・
そこにはたしかに眉間を撃ち抜いたはずの子供が立ち上がっていた・・・
『そういうことか・・・・・』
俺はその瞬間に『キサラギケンキュウジョ』がどんな施設かを理解した。
「坊主、名前は?」
「・・・サムラ・・・ライト・・・」
「ライトか・・・とりあえず、飯でも食うか」
この子は施設には入れない、そして俺のような人生を歩ませない。
俺たちのような死なない人間だって普通の生活をできるようにするために。
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