小説「失敗」

有原野分

失敗

 七つの鐘の音が響くと、救いを求めるモノたちが吸い寄せられるようにドアを開ける。

「あら、いらっしゃい。久しぶりじゃない、ここのところ、一体なにをしていたの? とんと顔を見ないから、心配していたのよ」

 うつむきながら、カウンターのイスに腰をかける。周りにも似たような連中がいるが、決して騒がしくなく、また静寂でもない。

「ああ、ちょっとミスってしまってさ。なにせ、初めてのことだったから……」

「……そうなの、お飲み物は、なにが良くって?」

「取りあえず、ビールで」

 その瞬間、周りは静寂に包まれた。

「もう、ビールだなんて、まさか、あなた……」

 喧噪とはいかないが、少しだけざわめくのが感じとれた。

「……そうだよ。人間をしてたんだ。ところが、初めてのことなのに、他の連中は俺が悪いみたいに言いやがって。そんなもん、人間のやり方なんて、一切教わらなかったぜ? 研修もなけりゃ、アドバイスもない。まったく、さんざんな人生だったよ」

 横から静かに、そして重厚な声が聞こえてきた。

「もし、あなた、そんなに嘆いちゃいけませんよ。私は、樹齢百年でこちらに戻ってきたが、まあ、物事はのんびりやることですよ。ましてや、人間だなんて。……諦めるしかない時だってありますよ」

「はあ、そうですかね。しかしもって、人間なんて、やるもんじゃないですよ。ろくなもんじゃないね、アレは」

 後ろからも、甲高い声が聞こえた。

「おいらは人間に殺されたんだ。家族も兄弟もみんなあいつらに殺されたよ。一介の虫けらには、なにもできやしなかった。あいつら、みんな忘れてるんだよ」

 ざわざわと、騒がしくなってきた。

「まあまあ、落ち着いてくださいな。はい、あなたにはコレ。ビールなんかよりもずっと美味しいわよ」

「ああ、ありがとう。ところで、人間ってやつは、一体どうして忘れちまうのかね? 生まれるまでは覚えているはずなのに」

「しょうがないのよ。人間はほかの生物とは違うもの」

 徐々に静寂が戻ってくる。

「違うったって、みんなと一緒の生命体じゃないか。だってそうでしょ? あなたのご主人がお創りになったわけでしょ? なのに、いざなってみれば苦しいことの連続で、最後なんて、そりゃあ惨めなもんだったよ」

 バタンと、ドアが開く音がした。

「今、帰った。お、あんたかい? 人間やってたのは。で、どうだった?」

「どうもなにも、辛いだけですよ。一体、なんだってあんなモノをお創りになったんですか?」

 ご主人はふわりと光ると、そっと呟いた。

「ああ、あれは失敗作だ。ようするに俺だってミスをするってことよ。がはははっ」

 まあ、やれば分かるさ。きっとみんな、もう二度と人間にはならないだろう。

 ご主人の笑いをよそに、地球に向けて人間になろうとしているヤツが、今も出番を待っている。

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小説「失敗」 有原野分 @yujiarihara

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