第30話 人違い?

 ギルドに入ると真っ直ぐに受付を目指す。受付は横に伸びたカウンターでそこに何人もの受付嬢が並んでいる。記憶にある女が左から三番目にいた。 


「ようこそギルドへ。これはグロウ様、ご活躍の程はお聞きしております」


 活躍も何も草を集めただけなんだが。


 不思議に思っていると似たような台詞を別の受付嬢が口にしているのが聞こえてきた。それでただの社交辞令なのだと理解する。


「伝言を聞いてきたんだが」

「はい。お呼び立てして申し訳ございません。実はギルド経由でグロウ様に連絡を取りたいと仰る方がいまして。グロウ様のご許可をいただけましたらと」

「……誰からだ?」

「私ですわ」


 振り返ると、そこには腰に剣を下げた波打つ黒髪の女がいた。


「お前は確か次期なんとかになるとか言っていたサーシャ何とか」

「剣聖の弟子にして次期剣聖確実な天才剣士サーシャ・ソールドですわ。薬草採取、少しは上手くなったかしら」

「まぁな」


 換金所では採取した量に感心されてるし、それなりに優秀な成果をあげてる自覚はある。サーシャが溜息をついた。


「やはりクリスティナさんの勘違いですわよね」

「何の話だ?」

「先日、ちょっと、そう、ほんのちょっとだけ強い敵に出会って、いえ、負けたわけじゃありませんわよ? 私一人でも倒せましたし。でも、私が真の実力を発揮する前にどこかのお節介さんが介入してきて、横から獲物をかっさらいましたの」

「サーシャ様、その件、詳しくお聞かせ願えますか?」


 受付嬢が口を挟んできて、それにどうしてだかサーシャが慌てる。


「あっ、違いますのよ。確かに一人で倒せましたけれど、客観的にみればピンチに見えなくもない状況でしたので、感謝こそすれ、彼を告発しようとか、そんな気は全くありませんの」


 ちょっと強い敵? そういえば先日こいつを魔物から助けたな。だがあの時のリッチはこいつが敵う相手ではなかった。つまり……こいつ、俺に助けられた後も誰かに助けられたのか? 


「……と、いうわけですの。ちなみにこれは担当の者には話してますわ。ただ私達の評価が不当に下げられるのが嫌なのでオフレコでお願いしてますの」

「なるほど。それでその助けた人物がグロウさんだと?」

「少なくともクリスティナはそう思っているようですわね」

「事情は分かりましたが、サーシャ様の仰る日はグロウ様は換金所を利用されております」

「あら、やっぱりそうでしたのね。まっ、彼のような平々凡々な男性がこの天才を助けられるはずもなし。しかし困りましたわ。それなら私を救ってくれた……じゃなかった。私の獲物を横取りした彼が誰なのか全く分かりませんわ」


 憂鬱そうに吐息を吐き出すサーシャ。そんな彼女をギルドにいる男達が遠巻きに眺めている。人間の三大欲求を楽しめるよう日々努力している俺だ。サーシャの容姿が人間の視点で優れているのは何となく分かる。そして容姿に優れた女がしばしば狙われることも。


 一回助けたのにつまらない理由で死なれるのは面白くない。こんな弱い奴を一人にしておくのは不安だから、せめて仲間の下まで送ってやるか。


「用事は済んだか? それじゃあ仲間のもとまで送るからいくぞ」

「ん? どうして急にジェントルマンなんですの? 私の美しさに当てられたました? もしも私を口説きたいならせめてA級冒険者くらいにはなってもらわないと困りますわね」

「よし。じゃあ行くぞ。忘れ物はないな?」 

「いえ、ですからどこにも行きませんわよ。貴方への用事は終わりましたわ。それではご機嫌よう」


 女が手をヒラヒラと振る。……まぁ、本人が良いと言っているんだから気にすることもないか。


「分かった。ただお前は弱いんだから街の外に出る時は気をつけろよ」


 さて、もうここに用はないし、これからどうするか。今から薬草集めという気分にもならないし、まだ行ってない料理店があったな。そこに行くか。


「ちょっとお待ちなさいな。聞き間違いかしら? 誰のことを弱いと言いましたの?」


 ピリッとした空気に振り返ってみれば、女剣士の赤い瞳が釣り上がっていた。

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