第20話 粉砕

「助けるって……あの、貴方の冒険者ランクは?」

「Eだ」

「命は無駄にするべきではありません。さぁ逃げましょう。今逃げましょう。さぁ、早く。さぁ、さぁ、さぁ」


 女がすっごいせっついてくる。


 救援を申し出て断られた以上、何の関わりもない人間のことなど気にする必要もないか。倒れている連中も、冒険者として生計を立てているんだから、危険は百も承知だろう。


「それじゃあ帰るか」

「ええ。帰りましょう。今すぐ帰りましょう。帰り道の護衛は任せてください」


 女が俺の服を鷲掴む。


「……先程から一人で何をぶつぶつ言っておるのだ? 精神が崩壊するには早すぎ……む? お主どうやって飛んでいる?」

「ひぃ!? 気付かれた? は、早く逃げないと」


 耳元でうるさい。というか、いい加減降ろすか。


「ほら、自分で立て」

「いや、でも、ほら、私鎖で縛られてますし」

「……帰り道の護衛するとか言ってなかったか?」

「えっと、じゃあアレです。今私をお持ち帰りにするといろいろ、ほら、触れたりしちゃいますよ?」


 すごい必死だ。まぁ生物としては自然な反応ではあるが。


「あいにくと女は間に合ってる。ほら降ろすぞ」


 地面に下ろすついでに鎖を引きちぎってやる。


「へ? うそ? ど、どうやって?」

「ほう。わしの束縛を破るか。これは興味深い。まさか貴様のような小娘がこの儂に理解できない魔術を行使するとはな」

「あの、さっきからリッチがおかしくないですか? 私は視認出来てるのに貴方が見えていないみたいなんですけど」

「あ? ……ああ。多分リッチの認識方法に俺が引っかかってないからだな」


 リッチには人間で言うところの眼球がない。だから星の光を捉えているわけではなくて、万物に宿るエーテルの揺らぎで視覚を確保している。普段はその辺りもちゃんと人間に擬態しているのだが、さっき気配を消した時に一緒にエーテルも消していた。


「これで見えるようになるはずだ」

「む? ……カラカラ。カラカラ。これは面妖な。貴様、どこから現れた? いや、ずっとそこにいたのか?」


 こちらを視認したリッチが問うてくるが、相手にする必要はないだろう。


「いい加減帰りたいしな」


 もう用事は済んでるのだ。これ以上コイツらに付き合う義理はない。


 俺は一足でリッチとの間合いを詰めると、裸に剥かれた女を拘束している鎖を手刀で切り裂いた。そしてそのまま女の首根っこを掴んで放り投げる。


「へ? え? だ、誰ですの? って、きゃあああ!?」

「え? きゃああああ」


 闇の中、ぶつかった女達が折り重なるようにして地面に倒れ込んだ。


「……鈍臭いな」


 この闇のせいでもあるのだろうが、あれで冒険者としてやっていけるのだろうか?


「ぬぅ。我が闇の魔術をこうも簡単に破るとは」


 唸りながらもリッチが無詠唱で魔術を発動してきたので、それをはたき落とす。


「くっ!? 貴様、一体なにもーー」

「悪いがそれは俺も知らない」


 リッチの頭を殴ったら、背後の壁にも大穴を開けてしまった。外から差し込んでくる陽の光が教会の闇を祓う。


「使い魔だったのか」


 粉々になったリッチの骨から、生物の精神とも言うべきマテリアルが分離して移動を開始する。本来であれば肉体を失ったマテリアルは大気に拡散して消えてしまうが、使い魔契約などによって自分のマテリアルを誰かの支配下に置くことで、拡散を防ぎ、準備した新たな肉体で復活できたりする。


 どうする? ここでマテリアルを破壊するのは容易いが……。


「……必要ないか」


 同じ冒険者というよしみで助けてやっただけで、別にリッチをどうしても倒さなければいけない理由があるわけではない。


「じゃあ俺は行くから」

「え? あ、あのーー」

「待ちなさいですわ。貴方は一体ーー」

「倒れてる二人、早く治療しないと手遅れになるぞ」

「はっ!? そうでした。私の駒が」

「クリスティナ。あとで一発殴るので覚悟しておきなさい」


 怪我人の治療を慌てて始める女達。治癒の魔術はなかなか得意なようで、あの様子なら死ぬようなことはないだろう。


 用もなくなったし、俺はその場をさっさと後にした。

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