わけありな教え子達が巣立ったので、一人で冒険者やってみた

名無しの夜

第1話 始まりの別離

「あの、これからは私達三人でやっていこうと思うんです」


 腰まで伸びた癖っ毛ひとつない金色の髪を申し訳なさそうに揺らして、リーナは開口一番そう言った。


 話があるからと酒場に呼び出されて来てみれば、これは予想外の展開だ。


「つまり俺に出ていけと、そういうことか? 裸を見たくらいで怒りすぎだろ」


 感情表現がやや希薄な人形のように整った顔に、サラサラとした金髪と情熱的な紅い瞳。神秘的な雰囲気とやらで男女問わず人気があるリーナだが、裸を見られたくらいで感情的になるのが玉に瑕だ。


「違います! いえ、怒ってはいますが、そのことは関係ありません。ただ、私達実力もついたと思うんです。だから、その、もっと難しいクエストに挑みたいというか、でもそうするとグロウさんの実力だと……」

「実力だと?」


 酒瓶に口をつける。昔は人間の食べ物なんてどれも一緒だと思っていたが、最近はけっこう味が分かるようになってきた。この調子で人間の娯楽を理解できると良いのだが。


 うん。この酒は中々うまーー


「危険というか、若干不足気味というか、とにかく、あの、そんな感じになります」

「ぶーー!!」


 俺の口から飛び出したアルコールがリーナの顔面に霧状となって襲いかかった。


「す、すまん」

「……いえ、お気になさらず」


 俺の酒で頬に張り付いた金髪をリーナは指で払う。


 いや、まじで悪いことをしてしまった。だが仕方なくないか? この俺に実力不足とか……え? マジで言ってるのか?


「まさかお前らもリーナと同じ意見なのか?」


 リーナの隣に座るフローナとピピナに話しかける。


「まず最初に断っておきたいのだけど、グロウさんには感謝しているわ。冒険者として駆け出しの私達がここまで成長できたのは、間違いなくグロウさんのおかげよ」


 宝石を思わせる紫の髪と瞳。リーナと同い年のくせにやけに大人びた言動が多いフローナ、その妖艶な美貌が申し訳なさそうな表情に変わる。


「でもね、だからこそグロウさんとはここで別々の道を行くのがお互いのためと思っているの。私もリーナもグロウさんに死んで欲しくないのだから」


 おかしい。何故かフローナまでもが俺を雑魚認定している。俺の脅威となる個体を見なくなって、もうどれくらい経つのか。戦いに高揚を覚えなくなったからこそ、人間に混じって人間のように遊んでいるというのに。百年も生きてない雛鳥達にまさかこのような扱いを受けるとは、新鮮すぎてちょっと面白くなってきた。


「二人は師匠のことを誤解してるよ。師匠はまだ僕達よりもずっと強いんだから」


 黒髪ショートカットと握り拳を揺らして、ピピナが力強くそう主張した。ボーイッシュで黙っていればクールな見た目とは裏腹に、パーティーで一番のヤンチャ娘。俺にえらく懐いているこのピピナなら、二人の間違いを正せるだろう。


「気持ちは分かるわ。でもね、ピピナ。ここ最近、グロウさんがクエスト中に起こしたミスを考えてご覧なさい。それでも貴方は大丈夫だと言うのかしら?」


 フローナの隣でリーナが一つ頷いた。


「ゴブリンの集落に潜入する際、転けて大きな音を立てましたね」

「底なし沼に住まう魔物を退治するクエストでせっかく購入したトラップを、持って来ていると言いつつ、その実宿に忘れてたこともあったわよね」

「あっ、そう言えばこの間は巨大ノームに丸呑みにされてたっけ。いや~、あの時は助けるの大変だったよね」


 ピピナ、お前まで二人に続いてどうする。俺を擁護する気あるのか?


 だが、なるほど。最近は不測の事態に陥った際の対応力を鍛えてやろうと思って、足を引っ張りまくってたっけ。出会った頃は基本的な技量はあったものの、実戦経験が圧倒的に足りてないこいつらを守るために戦闘は俺が主だったが、経験を積むに従って、人間の中ではそこそこ高い才能が開花。そこらの雑魚にはてこずらなくなったから教育方針を変更したんだった。


「で、でもやっぱり僕達には師匠が必要だと思うんだ。大体二人は師匠がちょっとエッチなのが嫌なんでしょ」

「それは関係ありません。いえ、確かに何だかんだ理由をつけて私達の水浴びを覗くのは腹が立ちますが」

「装備を確認するフリして体を触ってくるのも止めてほしいわよね」

「あ、そう言えば師匠、僕の下着を盗ったことあるよね?」


 ピピナ、こいつ。実は俺に出て行って欲しいのではないだろうか? 大体あれはこいつが仲間に見張りもさせずに装備をほったらかしにしているから、それがどれだけ迂闊なことか教えるためであって、あんな布切れが欲しかったわけでは断じてない。裸を見たり、体を触ったりするのも、こいつらが性に対して初心すぎるから、少し耐性をつけさせようと思ったにすぎない。


 俺には理解し難いことだが、人間の女の中には身の危険が迫ってる時にも関わらず、裸を見られることを意識して動きを鈍らす奴がいる。主に試合には強くて実戦には弱いタイプだ。そこを改善する為にあの手この手を尽くしたと言うのに。やれやれ。理解されないってのは悲しいものだな。


「なんか師匠がニヒルな笑みを浮かべてるよ」

「えっと、グロウさん?」

「ん? ああ、すまんすまん。お前達のためを思っての行動だったんだが、そこまで嫌がられていたとはな」


 もう面倒だから手っ取り早く三人を抱くかと考えてたんだが、実行しなくて良かった。……あれ? 実行しなかった理由ってそれだけだったか?


「嫌だなんて、そんなことは……」

「ええ。本当に嫌ならもっと早くに別れているわ」

「そうだよ。僕は将来師匠のお嫁さんになるんだから、下着なんていくらでもあげるよ」

「お前達、結局俺に残ってほしいのか? 出ていって欲しいのか?」


 そしてピピナ。下心で下着を盗んだと思ってる相手を旦那にするのは止めておけ。


「それは……グロウさんには感謝しています。でもやはりここで別れるのが一番だと考えています」

「そうね。私もそうするべきだと思うわ」


 ピピナは膨れっ面になってるものの、特に何も言わない。いや、リーナもフローナも口とは裏腹に気の進まない様子だ。


 ふむ。何やら訳ありっぽいな。こいつらは素性を誤魔化せてるつもりのようだが、今までの言動から考えてもそこそこ身分の高い人間であることは明らか。そう言えばリーナが持っていた剣の力を引き出せるようになったあたりから様子が変だった気がするな。


「……分かった。ここで別れよう」


 俺がそういうと三人は寂しそうな顔をした。驚いたことに俺も名残惜しさのようなものを感じてる。初めは暇潰しのつもりだったのだが、この数年ですっかり情が移ってしまった。こいつらが死ぬまでの数十年か数百年くらいの時間ならその人生に付き合ってやっても良かったのだがーー


「最初にお前達から受けた依頼、冒険者として一人前になれるよう鍛えてくれ。は確かに完遂したぞ。後はまぁ、死なないように気をつけろとしか言えんな」


 最初にそういう契約で一緒にいるのだから、これ以上は野暮だな。


 そう思うと名残惜しさも消えていく。昔からこの手の契約は守らないと気が済まないたちなのだ。


「はい。ありがとうございました。それで、その、や、約束していた報酬なのですが……」

「報酬?」


 そう言えば俺は何を対価に引き受けたんだっけ? 初めて会った時のこいつらはリーナの剣以外大したものを持ってなかった気がするんだが……あ、思い出した。


「そ、その話はもう少しお酒飲んでからにしないかしら?」

「そ、そうだよね。今日は僕も飲むよ」


 珍しくフローナとピピナが赤面している。リーナにいたっては茹で上がった蛸のようだ。


「そ、それもそうですね。その、グロウさんが良ければですが」

「いいぞ。パーティー最後の日なんだから。思い出話に花を咲かせよう」


 そうして俺は彼女達と存分に語らい、報酬をもらったのちにパーティーから離脱した。

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