第5話:何でも屋キース

 そう言ってその銀髪の優男キースが立ち上がって、右手を差し出した。


 スカーレットはそれを無視して、背後に控えているレクスを紹介する。


「執事のレクスだ。詳しい話はレクスから聞いていると思うが、この都市で一旗揚げたいと思っている。ああ、悪ぃな、野郎の手を握る趣味はあたしにはねえから」


 スカーレットがにべもなくそう言い放ったので、キースは差し出した手をどうするか悩んだ結果、そのまま手を上げて頬をポリポリと掻いた。


「そいつは悪かった。しかし元貴族のお嬢様に老執事、それにメイドの三人でこの戦闘都市で旗揚げとはまた……面白いな」


 キースが口角を上げて、目を細めた。そこで彼は違和感に気付く。そう、確かにお嬢様と執事とメイドの三人組だと聞いていたが――


「それであんたら、何をする気だ? 何が必要だ? 金次第で何でもやるぜ。それが俺の……仕事だからな」

「そうか。じゃあ、あたしを尾行していた奴もお前の仕事の一環か? あたしを拉致ろうとした一団もお前の差し金か?」


 スカーレットが笑みを浮かべたと同時に、窓ガラスが割れる音が響く。


「おいおい……まじかよ」


 窓から中へと放り込まれたのは、一人の乞食のような格好をした男だった。それは、街角でスカーレットを拉致しようと話し合っていた一団の一人だった。


「キースの旦那ぁ! 助けてくれえ! 話が違えよ! 向こうから手を出してくることはないってあんた言ってたじゃないかあ! なのにあのメイド、めちゃくちゃ怖えよおおお! 平気で骨とか折りやがるんだよおお」


 見れば、その男の両手の指があらぬ方向へと曲がっていた。


「あーあ。ジゼ、やり過ぎだっつうの」

「殺しませんでしたよ。褒められてしかるべきでは?」

「それよりジゼ、扉から入りなさい」


 窓枠を乗り越えて入ってきたジゼと、それをたしなめるレクス、そしてその主人であるスカーレットのやり取りを見て、キースは思わず笑ってしまう。このジンドの流儀を甘く見ているお嬢様を少し脅してやろうと思ったのだが……どうやら甘く見ていたのは自分の方だったようだ。


「つーわけでキース君。この件は、お互いに非があったということで、手打ちにしよう。で、さっきの話の続きだが――拠点を用意して欲しい。出来れば格安でな。それと、情報がいる。この街の事情に詳しい奴を駒として使いたい」


 スカーレットが、淑女の笑みをキースへと向ける。


 既にこの場の主導権を彼女に握られていることをキースは分かっていた。だから素直に両手を上げた。


「分かった。俺の負け、降参だ。拠点なら――使。元々は飯屋だったが、すぐに廃業した。造りは古いが、この物騒な町ではそれだけ頑丈ってことを意味する。壁も厚く、中の声が外に漏れることもない。両隣も他に比べたら大人しい部類の店舗だ。そしてここはとある理由によって格安で売り出されていたから、俺が先に抑えておいた」


 そう言って、キースがこの店舗の権利書と契約書を取り出した。


 スカーレットが素早くその契約書に目を通し、口を開いた。その間、僅か数秒。


「キース、話が早いじゃないか、気に入ったぜ。契約書はざっと見た感じ問題ねえが、窓の修理代はてめえ持ちだってことの追加と、第五条第三項の部分にしれっと入れてやがる保険については削除だ。どうせこれもお前が噛んでるんだろ」


 スカーレットの言葉に、キースがため息をついた。細かくびっしりと文字で埋めた契約書の中に潜ませた、最後の仕込みすらも看破されてしまっては、もう打つ手はない。


 たった数秒で見つけますかね……?


「分かった、あんたの言う通りにするさ、スカーレット嬢。そして、手駒が欲しいなら――俺を使うといい。諜報、かく乱、裏切り、買収、なんでも格安で承るぜ?」


 そう言って、キースはにやりと笑ったのだった。ここまでの仕込みも全部、この為の布石でしかない。


 相手が手練れであれば、敵に回るより味方でいる方がずっと。それがこのジンドにおける、キースの処世術だった。


 こうしてスカーレット達は、戦闘代行業の拠点を驚くほど安い値段で手に入れ、キースという何でも屋兼情報屋と契約を交わしたのだった。


 この拠点が格安で済んだ理由を知るのは――もう少し後の話になる。

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