第69話 怒り

「はっ!夢か……」


ベッドから跳ね起き、夢だと気づいてほっとする。


「ふぅ……」


心臓が鼓動を叩くのがハッキリと分かる。

それに全身寝汗でぐっしょりだ。


≪随分とうなされていた様ですが、大丈夫ですかマイロード≫


アクアスが心配そうに声をかけて来る。


「少し……嫌な夢をな……」


魔王と初めて戦ったあの時の夢を見ていた。


異世界で全ての魔人を打ち倒し、仲間達と共に万全の状態で魔王討伐に望んだあの戦い。


俺は――俺達は負けた。


それも完膚なきまでに。


「……」


一人、また一人と倒れていく仲間達。

俺は死に物狂いで戦ったが、魔王には手も足も出ない。

それ程までに、奴の強さは桁違いだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「はははは、無様だな。勇者よ」


「くそ……」


「仲間は死に。貴様も立っているのがやっとと来ている。なんだったら……逃げ出してもいいんだぞ?」


「ふざ……けるな!お前を倒す!!」


倒れて行った仲間達の為にも、俺は負けられない。

魔王を倒す。


だが――


「どうした?そんな攻撃では私には届かんぞ?」


最後の力を振り絞った渾身の一撃も、奴に片手で容易く受け止められてしまう。

余りにも絶望的な力の差。

それが悔しくて、涙に視界が滲む。


「泣いてる場合か?」


「が……あぁ……」


魔王の拳を受け、俺は吹き飛ぶ。

痛みは感じない。

限界を超えてダメージを受け続けたため、痛覚が麻痺しているからだろう。


体はピクリとも動かず、まるで魂が体から抜けるかの様に意識が遠のいていく。

そんな俺を、魔王があざ笑うかの様に見下ろす。


「安心しろ。貴様は殺さん。貴様にはもっと強くなって貰わないとならんからな。私を楽しませる位に……そうだ、いい事を思いついたぞ。私から心ばかりのプレゼントを用意してやろう。喜んで受け取るがいい」


魔王が何を言っているのか理解できなないまま、俺は意識を失う。


「うぅ……」


そして俺が目覚めた時にはもう、魔王はその場にはいなかった。

気配も全く感じない。


意識を失う直後の言葉を思い出す。

奴は本気で俺に止めを刺さなかった様だ。

だが、とてもそれを喜ぶ気にはなれなかった。


「誰か!誰か生きていないか!」


俺は痛む体を無理やり起こし、生き延びた仲間がいないかを探す。


周囲には仲間達の遺体はなく、血の跡だけが飛び散っていた。

ひょっとしたら誰か生き延びた者がいるかもしれない。

そんな思いから、俺は声を張る。


「誰か!ガーベス!カミル!ケニータ!」


体は万全には程遠く、動き回るのですらおぼつかない状態だった。

今強力な魔物に襲われれば、間違いなく俺は死ぬだろう。

だがその心配は無い。

辺りには、魔物の気配が一切ないからだ。


そして人の気配も……


それでも諦めが付かず、俺は生存者を探す。


「誰か!誰かいないのか!頼む……誰か!!」


だが城中探し回っても、生存者は疎か、遺体すら見つける事は出来なかった。


「くそっ……」


俺は拳を柱に叩きつける。

ガラガラと音を立てて、砕けた柱が崩れ落ちた。


「すまん、皆」


生存者はいなくとも、せめて遺体や遺品が見つかるまで探し続けたい。

そんな気持ちはある。


だがもし魔王が戻ってきたら?


奴は俺に止めを刺さなかった。

だからと言って、戻ってきた奴の気が変わらない保証はない。


どうせ勝ち目がないのなら……


そんな捨て鉢な気持ちが沸き上がる。

だが俺はそれぐっと堪え、転移魔法を詠唱した。


――勝ちの芽はある。


奴が使っていたあのスキル。


アレを習得出来さえすれば……


だが条件は厳しい物だ。

現状で取得できていない以上、取得自体人間には不可能なのかもしれない。


だがそれでも……


死んだ仲間達の為にも……


俺は生きなければならない。


「うっ……」


視界が暗転し、転移を終える。

そこでおれは絶句した。


「なっ……なんだ……これは……」


目の前には、瓦礫の山が広がっていた。

一瞬転移場所を誤ったのかとも思ったが、違う。

手前の瓦礫の中に、王家の紋章が入った門の欠片が転がっている。


――ここは間違いなく、王都だ。


「嘘だろ……なんでこんな……」


呆然と瓦礫の中を進む。

周囲には大量の遺体が転がっており、まるで地獄絵図だ。


生存者は一切見当たらず、思考が麻痺したまま俺はひたすら歩く。


「城が……」


やがて半壊した城が目に入り、俺は立ち止まる。


「勇者様!」


そんな俺に、遠くから見知った顔が駆け寄って来た。

俺を召喚した女だ。


「エギールか……何があった?どうしてこんな……」


「魔王が攻めて来たのです」


「……魔王軍が?」


魔王の軍勢はほぼ壊滅まで追い込んでいる。

一体どこにそんな余力が……


「いいえ、魔王一人です」


「単独だと……そうか……」


確かに奴なら、単独でもこれぐらいは容易い。

そう思わせるほどに、魔王の強さは出鱈目だった。


「被害は甚大で、およそ人口の半数近くが亡くなっています」


「避難は……間に合わなかったのか」


半数が亡くなっている。

王都には数十万人が生活していた。

それが半分も死んだ。


その言葉に大きなショックを受ける。

王都の崩壊具合からある程度予想は出来ていたが、実際に数を聞かされるとその深刻さが胸に突き刺さった。


「はい……」


「そうだ!ミレイスは?ケリヌンやドグラ達は?セザン会の皆は無事なのか!?」


王都の知り合い。

それに、仲間の家族や恋人達。

それが気になってエギールに尋ねる。


半数が死んだ。

裏を返せば、生きるか死ぬかは2分の1だったと言える。

ならば皆は無事なのかもしれない。


自分でも嫌な奴だとは思うが、見知らぬ誰かよりも、知り合いや仲間の大切な人間の方が俺にとって遥かに重要だ。

他の誰が死んでいても、その人達だけには何としても生きていて欲しい。


だがその問いに、彼女は辛そうに俯いた。

それを見て、俺の全身から血の気が引く。


「残念ながら、皆さん……」


「そんな……誰一人生き残っていないのか!!」


俺は思わずエギールの肩を掴み、叫ぶ。

2分の1だぞ!?

全員生き残っていて欲しい位なのに、何で全員死んでるんだよ!


「魔王は言っていたそうです。勇者の大事にしている物を全て奪う、と。恐らくですが、優先的に狙われたんではないかと……」


「そんな……」


「それとここ以外の都市も魔王による襲撃を受けています。ユミルさんやカディンさんも……大変言いづらいのですが、その攻撃で亡くなったそうです」


『ユミルを……妹を頼む』


ダストンは妹であるユミルの未来を俺に託し、イフリートを足止めして死んでいった。


――俺は約束したんだ。


兄の死で、彼女は愚かな俺をなじり、憎んだ。

だがそんな事は関係ない。

俺は恩人の為に魔王を倒し、彼女に明るい未来を齎すって。


そう心の中で強く誓った。


それなのに……


目の前が真っ黒になる。


「他からの連絡はないので、まだ確定はしていませんが……恐らく、勇者様や魔王討伐隊の皆さんの親しい他の方達も……」


『私から、心ばかりのプレゼントを用意してやろう。喜んで受け取るがいい』


薄れ行く意識の中で聞いた言葉を思い出す。

魔王が俺を喜ばせる事など、するはずがない。


――そして消えた仲間達の遺体。


魔王には他者を吸収し、その力や記憶を手に入れる能力があると聞く。

彼らは魔王に吸収されたのではないだろうか?

そして奴はそこで得た知識を元に、俺や仲間達の大切な人々を殺して回っている。


何のために?


俺を苦しめるためにだ。


それが奴の言った――


「くそがっ!」


俺は即座に転移を発動させる。

ひょっとしたら、今ならまだ救えるかもしれない。

そんな微かな希望に縋る。


だが――


転移した先は全て王都と同じく、瓦礫と化していた。


転移する度に目にする絶望。

それを重ねていくうちに、体が転移に対して拒否を示しだす。

だが俺はそれを堪え、転移を繰り返した。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


絶望から雄叫びを上げ、拳を地面に叩きつける。


結局誰一人……

誰一人救う事が出来なかった。


怒りと憎しみで腸が煮えくり返りそうだ。


「ううううぅぅぅぅぅ……ぐうぅぅ……」


共に戦った仲間達の死は悲しい物だった。

魔王への強い怒りもあった。


――だが、彼らの死に対してはある程度覚悟があった事だ。


皆、それこそ命を賭ける覚悟で魔王討伐に臨んでいた。

全ては、大事な者達を守るために。

だからこそ命をかける事が出来たのだ。


だが魔王はその覚悟すらあざ笑うかの様に、全てを蹂躙してしまった。


命だけでなく、希望すらも潰すその行動。


「くそがああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


その許されざる暴挙に、俺の怒りと憎しみが限界を迎えたその時――


俺の中で一つのスキルが開花する。

それは魔王の使っていたスキル。


――習得条件は限界を超えた怒りと憎しみだ。


「は、ははははは……」


俺は魔王の言った、プレゼントの真の意味をこの時理解する。

奴はこのために、俺を強くするためだけに、こんな真似をしたのだと。


魔王には他者を吸収する力がある。

恐らく俺を吸収するつもりなのだろう。

そのために俺に力を付けさせた。


より強い力を吸収するために。


「くくくく……いいぜ。後悔させてやる!俺に力を与えた事を!絶対に!!」


その後、俺は新たに手に入れた力を使って魔王に戦いを挑み――そして勝利する。

そして何一つ守れなかった俺は、失意の中、逃げる様に異世界を去った。

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