第8話 神はどこまでも僕を許さない



 また二日酔いだ。

 馬鹿は同じ過ちを何度も繰り返すものなのだろう。

 笹井さんという、おそらく僕の人生でこの先二度と出会うことのないでろうレベルの、素晴らしい女性とサシ飲みということもあって、僕は特異体質のせいではなく、素でイキッてしまい飲みすぎてしまった。

 

 これは怖ろしいことだ。

 とうとう、無意識ではなく、僕の意識すら若干イキりだしているということになる。

 そこまで僕はお酒に極端に弱い方でもないので、普通に節度を保って飲めば、そこまで酔っ払うことはない。

 それにも関わらず、笹井さんの前で緊張もあったのか、ややハイペースで飲んでしまい、一軒しか行っていないのにわりと酔ってしまった。


 そのせいで、正直、タコショップなるチープな名前のわりにどの料理も美味しかった居酒屋を出た後、何を喋ったのかまったくわからない。 

 なぜか遠回りをして、最寄りの駅からは乗らず、上野公園経由で鶯谷駅を使ってJRで家に帰ったのは覚えている。

 笹井さんはもう引っ越してしまっているので、もうご近所さんではない。

 上りと下りが僕と彼女では反対なので、駅構内でお別れをして、逆の電車に乗って帰ったはずだ。

 実際、電車の席に座る頃には、もう僕は一人になっていた記憶がかすかにある。


 変なことを口走ってなければいいけど、と一瞬思ったけれど、よく考えたら変なこと以外を笹井さんの前で喋ったことが一度もなかった。

 なら、いいか。

 っていやいや、よくないよべつに!

 というか、普通に慣れまくってきてるけど、この特異体質、一生治らないのか?

 

 それ、普通にヤバくない?

 そろそろ僕も大学三年生になる。

 あと一年もすれば、早ければ半年後には、就活生だ。

 その時点で、こんな調子でイキリまくっていたら、どうなる?


 そんなもの、当然、死あるのみだ。

 これはヤバい。

 めちゃくちゃ、ヤバい。

 これまでなんだかんだで、楽観視していたけれど、冷静に考えて追い詰められている。

 

 仮に、もし兆が一の可能性で、彗星が地球にぶつかるくらいの可能性で、この強制ポジティブな発言を連発してしまう状態で、どこかの会社に入れたとしよう。

 それで、その後は?

 僕は、この先、三十路を超え、中年を迎え、初老から還暦にいたっても、それでも、なおイキリ続けるのか?


 いや、待て待て。

 それはいくらなんでも、無様すぎるだろう。

 

 やはり、早めに首、吊るか?


 笹井さんや、他にもバイト先の人達と、僕は十分に幸せな時間を過ごさせてもらった。

 もう、人生に悔いはない。

 しいて言うなら、彼女の一人くらいつくってみたかったけれど、そんなものは小学生がサッカー選手や宇宙飛行士を目指すようなもの。

 努力だけでは、届かないものもある。

 元々暗い根暗陰湿な雰囲気の三がけで生きてきた僕に、口調だけ謎オラオラというマイナスパッシブスキルがついているのだ、彼女なんて、できるわけがない。


 ――いや、待てよ。なにか、引っかかる。


 しかし、そこまで諦観を募らせたところで、僕の記憶に何かが引っかかった。

 そもそも、数か月前まで、僕はこの不思議を超えて不気味な体質ではなかった。

 では、いつから、こんなイカレポンチキになってしまったのか。

 

 そうだ。あの時からだ。


 僕は思い出す。

 あまりにどうでもいい、日常の気まぐれ過ぎて、これまで全く気にしていなかった記憶。

 いつも通りのある冬の日、僕はなんとなくの流れで、神社にお参りをしたことがあった。

 その時、僕は、それまで神頼みなんてしたことなかったのに、何をどうしたか、彼女が欲しいと神に祈ったのだ。

 今思えば、もうその日の夜から、僕の身体はおかしくなり始めていた気がする。


 これだ。絶対これだ。

 

 僕は、神を怒らせたのだ。

 僕のようなゴミ塵カス未満の人モドキが、生意気にも彼女が欲しいなんてほざくから、神は僕に天罰を与えた。

 そうとしか考えられない。

 やってしまった。

 なんということだ。

 ただでさえ味方の少ない人生なのに、神すら僕は敵に回してしまったというのか。

 僕はその閃きと共に、深い絶望に落ちる。

 

 終わった。僕の人生は、終わりだ。

 たしかに、今の僕は、恵まれている。

 特にバイト先の人を中心に、こんな僕にも優しくしてくれている。

 だけど、それも永遠とはいかない。

 いつの日かは、バイトだって止めて、次に進む必要がある。

 店長だって、いつまでも僕のような使えない無能がいたら、困るに決まっている。

 その後、僕はいったいどうしたらいい。

 孤立無援で、神にも呪われている。

 三途の川に永久就職する以外、道はどこに残されているのか本気でわからない。


 近くのスーパーで買ってきた、シジミの味噌汁と二リットルの烏龍茶を入れた袋を持ちながら、僕は改めてあの彼女が欲しいと神様にお願いをした神社を探すが、どうしてか見つからない。

 今からでも謝り倒して、全てなかったことにしたい。

 それなのに、どんなに探しても、あの、たしか八咫神社とかいう名前だった場所は見つからない。

 グーグルマップで検索しても、近くには出てこない。

 

 いったいどうなっているんだろう。

 とうとう、僕は頭がおかしくなったのか。

 あの神社は、僕の記憶の中にだけ存在しているもので、本当は存在しないのではないか。

 陰キャをこじらせ過ぎて、本当に頭が闇に沈んで、架空の記憶を生み出しているのかもしれない。

 残念ながら、僕の頭がおかしいかおかしくないかで言えば、確実におかしい。

 じゃなきゃ初対面の相手に、俺の女になれとか言わないし、一ミリも仲良くないバイトの同僚に対して俺が幸せにするとかほざくわけがない。


 だめだ、二日酔いもあって、どんどん気分が落ち込んでいく。

 今日は日曜日だし、一日寝て過ごそう。

 自宅アパートの階段を昇りながら、僕はだるいからだを休ませることだけに集中する。

 


(……っては?)


「ん?」



 しかし、全てを現実逃避して、貴重な日曜日を精神回復に捧げようと思った瞬間、僕はありえないものを視界の中に入れてしまう。

 それは、まさに僕の家の扉の前に立つ、一人の青年。

 一瞬、宗教かマルチビジネスの勧誘かと思ったけれど、それにしてはジーンズにパーカーというラフ過ぎる格好。

 明るい茶髪を肩まで伸ばし、若干刺々しい雰囲気を纏っているが、二枚目といっても過言ではない相貌。

 最初は、誰だろうこの人と、思ったけれど、よくよく見てみれば、見覚えがある。

 

(……やばい。最悪だ)


「お客さんか。悪くないな」


 それは今でも鮮明に思い出せる、過去の過ちの一つ。

 僕が初めて、アルバイト先の二つ下の女の子、岡田紀夏おかだのりかさんにイキった時の記憶。

 間違いない。

 この人、岡田さんの元カレだ。


「……来たな。キショカス。忘れたとは、言わせないぜ?」


 どうして、この人、僕の家知ってるんですか???? 

 完全にパニックとなった僕は、思考も動きも止めて、呆然と立ち尽くすことしかできない。

 信じられない。

 これは現実か?

 神はどこまでも僕を許さないつもりらしい。


(あの、すいません、どうして、こちらに…? 何か僕に用事でしょうか?)


「そんなに僕に会いたかったのか? まったく、モテる男はつらいな」


 でもどうして、こんな時間が経った今更僕に会いに来たんだ?

 あえて徹底的にボコボコにするために、しばらく筋トレでもしたのだろうか。

 そういわれてみれば、前会った時よりも多少筋肉が増えた気がしないでもない。


「……相変わらずてめぇはきしょいな。まあ、いい。俺がどうやってここに来たかってのは、簡単だよ。つけただけだ。大したことじゃねぇ」


 え、つけた?

 つけたって、尾行ってこと?

 それは、大したことじゃないのか?

 そういえばなぜか店長も僕の家知ってたし、ついでに茂木さんと津久見さんも僕の家知ってるって言ってたな。

 僕の家って、基本誰にも教えてないのに、なんか色んな人が住所特定しすぎじゃない?

 

 

「ちょっと面貸せよ、キショカス。お前に聞きたいことがある。お前の発言次第じゃボコるか、それかボコボコにするか考えるから、言葉は慎重に選べよ?」



 いやぁ、言葉を慎重に選べたら、そもそもあなたが僕に会いにくるようなことにはならないんだよなぁ、ボコorボコボコとかどっちも選びたくないんだよなぁ。

 



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