研究室内
「やばいな幻覚が……頭痛やら目眩で済まなくなってきたってことか……」
神妙な顔で俺の顔を見る彼女になんといったものかと考えていたら、眼鏡の男が横から口を出してきた。
「ああ、そうだよ。根の詰めすぎだ。カフェイン剤乱用してもう七徹くらいしてるだろう?」
「まだ六徹……この程度なら、楽勝……」
「楽勝じゃない、だから地獄からのお迎えが見えるようになったんだ……今日はもう休め、というか数日単位で休め。なあ? 皆もそう思うだろう?」
「おい」
こいつ今さらっと俺のこと地獄からのお迎え扱いしやがった。
「そ、そうだよ。地獄からお迎えがくるくらい今のあんたやばいんだから」
「そーだそーだ!」
他の奴らも話に乗りはじめやがった。
どうも、幻覚が見えるくらいやばい状況だからとこいつを自主的に休ませようという魂胆らしい。
しかし、彼女は小さく首を横に振る。
「いや」
「いや。じゃない」
「まだよゆう」
「余裕だったら地獄からのお迎えなんて見えない」
余裕だったとしても見えてるよ、というつっこみは読みたくない空気を読んでしないでおいた。
「じゃあカフェイン剤追加する」
「ばかやろう」
「だいじょぶ、人間は頑丈だし、カフェイン剤なくても1ヶ月以上徹夜した人の記録あるし、カフェイン剤あれば一年ぐらいは余裕」
「そいつがその徹夜を終えた後に死んだって話くらい知ってるだろう」
「だいじょぶ、まだ一週間たって、な……」
と、彼女は唐突に顔をしかめて片手で顔を覆った。
「おお、おおおぉ……カフェイン剤が切れはじめた…………やばい……」
そんなことを言いながら彼女は瓶の蓋をおぼつかない手で開けて、大口を開ける。
流し込む気なのは明白だったので、左手で抑え込む。
そのまま奪い取る気だったが、骨と皮だけになった掌のあまりの冷たさに思わず硬直する。
「…………」
彼女は胡乱げな顔で俺の手と俺の顔を交互に見る。
「……幻覚のくせになまいきな」
この後に及んで幻覚呼ばわりされていることにカチンと来たので、彼女の指を折らないように注意しつつ瓶を奪い取る。
「……なんで」
それでも言えたのはそれだけだった。
他にも言いたいことや言わなければならないことがたくさんあったけど、それがあまりにも多すぎるせいで何から言えばいいのかわからない。
「? 何がわからない? お前ならわかるだろう?」
彼女は訝しげな顔で俺の顔を見上げる。
「……お前の意味不明な言動を凡人の俺が理解できるとでも?」
ずっとずっと昔からそうだった、いつだってこいつは俺が思いもよらないことをする。
「……おまえ、誰を生き返らせたいんだよ」
俺がいない間にこんな風になるまで生き返らせたくなるような誰かができたのか? ならやっぱりお前なんてあの日殺してしまえばよかった。
彼女は俺の顔を奇妙なものを見るような顔で見上げて、小さく溜息をついた。
「…………私から生まれた幻覚のくせになあ……いろんな意味で笑われると思ってたのに、そんなことすらわからないのか」
「だから……!!」
「お前だよ。お前を殺すにはお前を地獄から引きずり出す必要があるだろう?」
言っている意味がしばらくわからなかった。
「…………は」
「つまり、殺すためにわざわざ手間暇かけて生き返らせようってこと。頭のおかしいことをしている自覚はあるんだ。でもそうしなきゃ気がすまなくて」
そう言いながら彼女は気恥ずかしげに笑う。
「は、はは……なに、おまえ……俺が死んだと思ってるくせに、それでも俺を殺そうとしてるの? まだあの約束を守ろうとしてるの?」
「そうだよ」
彼女はこともなさげにあっさりとそう答えた。
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