樹氷
潜道潜
第1話
ざく。ざく。
ざく。ざく。
ざく。ざく。
日も昇らぬ早朝。
まっさらに積もった雪の海岸線。
前を歩く彼女がつける跡を、ぴったりと追う。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ」
マフラーを忘れた。
海から吹く風が、身を裂くようだったが、あまり気にならなかった。
「今日、死のう。二人で。」
いじめ、と言っていいものだった思う。
よくわからないけれど、そんなナニカが私を襲ったのが、3ヶ月前。
そんな私を助けようとして、被害者が増えたのが1ヶ月前。
異常は日常に。
冷え切ってしまえば、痛みも感じないのだとわかった頃。
唐突に彼女はそう言った。
「このまま、ずるずる行っても仕方がないよ」
「・・・でも」
「行動を起こさなくちゃ」
「・・・だからって」
「あいつらは言っても聞かない。そういう生き物なんだ」
「・・・いや」
「だから、私達が、逃げるしかないんだよ」
そんな感じで。流されるまま。
決行の日になってしまった。
「さぁ、着いたよ」
波の、岩場にうちつけられる音。
それが、遥か下から聞こえる、岬の先。
前を歩いた彼女が、こちらに向き直る。
「どうせなら一緒に行きたいよね、ほら、こっち」
私の腕を取り、先の先へ。
目的地まであと2歩の、その場所へと、二人で並び立つ。
「いやー、絶景だね! きらきらしてる」
「・・・あの」
「あ、靴脱がなくっちゃ。なんで靴脱ぐんだろうね、おっかしいの」
「・・・ほんとに、やるの?」
「もちろん、やるに決まってるじゃん」
「・・・耐えればいいだけじゃない」
「いったい何時まで? 3年?6年? それとも、一生?」
「・・・それは」
「ああいう生き物、どこにでも居るよ。世界は怖いんだよ。
私達は一生、食われ続けるんだ。そんなのに耐えるつもりなの?」
「・・・っ」
「私は無理だぁ。ごめんね?」
「・・・」
靴を脱いで、一歩前へ。
彼女に引かれ、私も前へ。
境界線に裸足で立つ。
高い。
「えい。」
ぎゅ、としがみついたその腕が、前へと振られる。
境界線を身体が超える。
「きゃぁ!」
踏ん張り、絡めた腕を一層強く握る。
振り子のように振られたそれは、当然のように元の位置へと戻った。
「な、な、何するの」
心臓が早鐘を打つ。
温かいものが巡る感覚。
「いやぁ、つい」
「ついじゃないよ!」
「なんかさ、キミは乗り気じゃない気がしたからさ、ね?」
「ね、って・・・」
「でも、やっぱりやってよかったよ」
「?」
「だってキミ、こんなに強く私の腕を握ったもの」
「そ・・・れは」
「キミは、やっぱりすごいね」
「え・・・」
「こんなに臆病なのにさ、まだ、こっち側に居ようとしてる」
「・・・」
「口下手だからさ、何考えてるか分かりづらいけど。
キミは、ちゃんと自分のやりたいことが見えてるんだね」
「・・・そんなこと、ない」
「あるさ。今日だって、きっと私を止めたかったんだよ」
「・・・単に、臆病なだけだよ」
「本当に臆病だったら、ここに居ないよ」
「・・・それでも、言葉に、できてない」
「あー、まぁ、たしかに。
そこはちょっとずつ、やっていけるといいね」
そこがカワイイと思うけどもね、と言いつつ。
彼女は、自分の巻いていたマフラーを、私に巻く。
「私の、ボロいけどさ、きっと少しは熱が保つ」
・・・まって
「卒業したら南の方に行くといいよ」
・・・まって
「雪も振らないような、温かいところにさ」
待って、と。
言葉にできたら、どれほど良かっただろう。
「じゃあ、元気でね」
掴んでいたはずの腕が、抜ける。
「ーー。」
これまで見たことのないような、大輪の笑顔。
ざざーん。
高い波の音がした。
「帰らなくちゃ」
残されたのは、二足の靴と、私。
私と同じサイズの靴に足を通す。
樹氷に反射した朝日が、まぶしかった。
樹氷 潜道潜 @sumogri_zero
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