3
連れていかれた『空き家』はかろうじて建っているようだった。窓は割れ、壁はところどころ朽ち落ちている。それでも元々柱だけは頑丈に作られていたと見えて、倒壊するには少し間がありそうだ。
入り口近くに転がっていたランプに
薄ぼんやりした灯で部屋を見渡せば、古ぼけた家具が少し取り残されていた。ベッドもあったがその上には屋根がなかった。
少女と二人、屋根が残っているところにやっとのことでベッドを運び(少女には楽しい遊びだった)やはり古ぼけたクローゼットで見つけた薄汚れた毛布に包まればオイラにとっては上等な寝床になった。たぶん少女にとっても、だ。
思った通り、ほどなく雨は降りだし、空き家、いや廃屋の床を濡らし始めた。ランプの火はますます頼りなくなっている。
「バケツを用意しなくていいだけ楽だ」
つい独り言を漏らすと、
「お兄ちゃんの家も雨漏りするの?」
と少女が目を丸くした。
「きれいなお洋服着ているから、おうちもきっときれいなんだと思った」
そう言えば少女の服は継ぎだらけで、しかもよくよく見れば大人のものを作り直しているようだ。
「その服は母ちゃんが縫ったのかい?」
「そう、可愛いでしょ」
屈託ない笑みを見せる。よく似合うね、可愛いよ ―― 服を着た少女に微笑みかける母親の、そんな声が聞こえてきそうだ。
申し訳なさそうで後ろめたそうで、それでも少しでも娘を喜ばせようとする明るい母親の声。食べるのがやっとで新しい服なんか買ってやれない。『可愛い、良く似合う』は娘を喜ばせるために母親が使う、せめてもの『呪文』だ。
父親のことを聞くと、一度もいたことがない、と答えた。まぁ、そんなもんか、商売女と所帯を持とうなんて男はヒモ以外いない。だったらいてくれない方がいい。
気が付けば少女は毛布の中で寝息を立てている。ランプの火がジュッと音を立てて消えた ――
チュンチュン、チュンチュン、薄橙色の光の中でスズメの声がする。夜が明けたんだな、でもまだ起きたくない。なんだか今日はいつもよりよく眠れた。この眠りを手放すのは惜し過ぎる。こんなに安心して眠ったのはいつぶりだろう。母ちゃんが客を取らなかった夜に似ている。
バチャバチャバチャ ―― 急に
おいおい、昨日のスズメさんかい、パンをあげた恩に対してこの仕打ちかい。苦笑しているとスズメは、今度は少女の胸元に飛んできて身震いして飛沫を飛ばせた。
ひゃっ、と小さな悲鳴を上げて目を覚ました少女は薄明るくなった空に気づくと、お客さんが帰る前に戻らなきゃ、帰ったらすぐにお母ちゃんのとこ行かないと叱られる、と廃墟から飛び出していった。何を思うのか、スズメがそのあとを追っていった。
盗人ガキが昨日少女に出会った場所に行くと、やはりスズメが少女に
「あぁ・・・少し体を濡らしておいた方がいいよ。ここにいなかったと知られたら怒られるんだろう」
はっとした少女が慌てて水たまりの水をすくい始める。するとスズメは盗人ガキの肩に止まり、パンの時のようにツンツンとガキの頬をつつくとサッとどこかへ飛び去った。
またもあっという間だった。
ただのスズメ、なんだろうか。ただの『変な』スズメ、なのかな。自分の考えがおかしくてニヤニヤしていると、
「なにを笑ってるの。あたし、可笑しい?」
自分が笑われたと感じた少女が
「いぃや ―― それより、オイラのことも母ちゃんには内緒だよ。でなきゃ余計な心配をするからね」
わかってる、と少女がにっこりした。
「知らない人に、ついて行っちゃだめなんだよね」
「そうだよ。世の中、怖い大人がいっぱいいるからね」
じゃあ、お兄ちゃんは大丈夫だね、どう見ても大人には見えないもん ――
「明日もまた一緒にいてくれる?」
少女の願いに応えられる保証はない。
「気が向いたらね ―― オイラはそろそろ行くよ。ここに二人は隠れられない」
いかないで、と言いたげに少女がガキの手を握る。きゅっと一度握り返してからその手をほどいた。
「昨夜はありがとう。助かったよ」
涙ぐんでいる少女を後にガキは歩き始めた。
さて、どこに行こうか ――
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