終章 日出ずる国の彼方『荒廃神社の黒巫女』②
黒巫女が抜刀、蒼子もスタンロッドを引き抜く。
本殿から降りた黒巫女が境内の石畳に着地、そのまま跳躍して蒼子との距離を詰める。
蒼子が人型を放る。
「――――天空!」
突如、蒼子の腕の先に粉塵が生じて爆発。その風圧に黒巫女が弾き飛ばされる。蒼子は手刀を切って九字を詠唱する。
黒巫女の足下に九字の結界が発生し、怪異である黒巫女が石畳へ叩きつけられた。
しかし黒巫女はまだ動く。結界の威力の中で立ち上がった黒巫女に対し、蒼子は次の一手を打つ。懐から寧音の経典を取り出した。
黒巫女が驚いた顔になる。
「まさか法術か?」
蒼子が経典を投げつけると、それは生き物のように黒巫女に巻き付いた。そして蒼子は徐に懐からスマホを取り出し、録音していた寧音の経文を再生、法術による結界が完成する。黒巫女を二重の結界が縛る。
蒼子は告げた。
「――多重結界!」
陰陽術と法術による二重の結界。再び黒巫女が縫い付けられる様に地面に叩きつけられ、石畳が陥没した。
「……小細工ッ、するねッ!」
黒巫女が懐から日本酒の一合瓶を投擲、それが蒼子の持つスマホに命中して、経文が止まった。結界が一つ消失する。威力が緩み、黒巫女は再び起きあがった。そして刀の柄に手を掛け、前傾姿勢の構えをとった。
何をやろうとしているのか。気づいた時には、もう遅い。
黒巫女が不敵に笑う。
「勿論、手加減はするさ。峰打ちにしとくよ」
黒巫女の姿が消え、電光石火で動く。
それは神速の居合いだった。
結界を術者の蒼子ごと一刀両断。九字の結界が消失し、蒼子の身体が宙を舞い、石畳へ無様に落ちた。遅れて雷鳴の様な炸裂音が轟く。
「――蒼子ッ!?」
私は叫ぶ。遠目では蒼子の安否は解らない。
刀を鞘に収め、黒巫女は倒れた蒼子に歩み寄る。
「勝負ありだ。まぁ人間の割には頑張ったよ。骨は何本か折れたかもしれないけど、まぁ良い勉強だと思って――――」
しかし。草薙蒼子は、まだ終わらない。
蒼子は油断して近づいてきた黒巫女にスタンロッドを突き刺した。青白い電流が迸る。
黒巫女が苦悶の表情を浮かべる。
「……君、なんでまだ動けるんだ……?」
蒼子が涼しげに応じる。
「藁人形の呪術の応用だよ。こいつに受けた威力を移し替えたんだ」
と言う蒼子の手には、藁人形が握られていた。蒼子の代わりに威力を受けた藁人形は、バラバラとなって地面へ落ちた。
硬直した黒巫女に、蒼子はもう一度電流を流した。
いかに黒巫女とは言え、身体は人間だ。電流を浴びれば無事では済まない。
意識を失うように黒巫女が倒れ、蒼子が抱き止める。
蒼子が黒巫女の肩を揺らして呼びかける。
「佑雁! おい佑雁、頼むから起きてくれ! ――佑――」
すると、そこで蒼子の動きが止まった。茫然自失した様子で、何も言わなくなる。
戦いは終わったものと判断して、私は蒼子に駆け寄る。
「蒼子ッ! 大丈夫!?」
私が声をかけるが、蒼子は無反応だった。
不審に思い、とにかく私は鬼一佑雁を支えようと、その身体に触る。
そして、私も気づいてしまった。
触れた黒巫女、鬼一佑雁の身体は氷の様に冷たい。
まるで死体の温度。
つまり――鬼一佑雁は、もう――――。
蒼子が固まっている理由を悟り、私も沈黙する。
しばらくして、黒巫女は意識を取り戻した。そして罰が悪そうに蒼子の腕の中から離れる。
額に手を当て、黒巫女が溜息を吐く。
「……本音を言えば、僕も鬼一佑雁を返してあげたい気持ちはあるんだ。でも残念だけど、この子の魂は冥界にある。身体はまだ生きているけど、魂は向こう側なのさ。僕が憑依をやめれば、朽ちてしまうだけなんだよ。仮に現代医学で蘇生したところで、君達が言うところの植物状態になるだけだ」
蒼子は沈黙する。
代わりに、私が応じた。
「……それじゃあ、もう鬼一佑雁は助けられないの……?」
黒巫女が面倒くさそうに応じる。
「いや、方法がないと言えば嘘になる。反魂の秘術、かつて安倍晴明、西行法師が使った死者蘇生の秘術だが……その術が使えれば、まだ鬼一佑雁は助けられる。時に白い陰陽師、草壁蒼子。君に反魂の秘術は使えるかな?」
その問いに、蒼子はゆっくり首を左右に振った。
黒巫女は嘆息して続ける。
「だろうね。反魂は神仏の領域に辿りついた人間にしか使えない」黒巫女が諭すような口調になる。「――草壁蒼子。君が本当に鬼一佑雁を、友人を助けたいのなら、歴史の偉人を超えろ。さらなる力を求めて、伝説に到達するんだ。……君が対等の格式まで昇ってきたその時こそ、僕は鬼一佑雁を返すよ――」
黒巫女が屈みこみ、蒼子に視線を合わせた。そして微笑む。
「――僕はずっとここで待っている。まぁ君なら、頑張ればすぐに到達できると思っているよ。……なんかね。君達を見ていて思うんだが。僕も人間の友達がほしい気分になった。神仏は変な奴らばっかりだからね。今度は是非、遊びにきてくれ。酒を持ってきてくれれば歓迎する――――」
そして黒巫女が踵を返し、私達に背を向けた。
「―――それでは今日はこの辺りだ。よしなに」
「黒巫女、待っ―――」
蒼子が黒巫女を引き留めようと手を伸ばす。
が、その時にはもう黒巫女の姿はない。神社も満開の桜も、石畳も煙の様に風景から消え失せていた。
現世に戻っている。
新緑の生い茂る、深い深い杜の奥。
蒼子と私の周囲には、道祖神の石像だけが佇んでいた。
しばらくの沈黙。緑の葉を揺らす風の音だけが響く。
肩を落とし、放心状態で座り込んでいる蒼子。
佑雁を助けられず、気を落している蒼子の感情は、痛いほどよくわかる。
私は蒼子に掛ける言葉が見つからない。
少し考えて……私は蒼子に背中から抱きついた。
蒼子が振り向き、私の前髪が蒼子の顔に触れる。
そして私は言う。
「とにかく、その反魂の秘術が使えればいいんでしょ? 私も手伝うから、頑張ろうよ」
そして最後に、蒼子は私を見て微笑んだ。
「……縁、ありがとう」
そして私と蒼子の怪異を巡る旅は、続いていく。
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