少女怪異紀行...⛩

枢木 縁

序章①『令和八年四月、吉日』

 その怪異は、今日も不機嫌そうに日本を翔ける。

 日本酒の一升瓶を片手に。


 #荒廃神社の黒巫女


 日出る処の彼方にある荒廃神社。そこには真っ黒な巫女装束の少女、通称『黒巫女』がいるらしい。

 SNSで『#荒廃神社の黒巫女』の書き出しで願い事を投稿すると、黒巫女が現れて願いを叶えてくれると言う。


 それは近年ネット上、主にSNSで話題のネットロア、いわゆる都市伝説だ。

 しかし私は知っている。黒巫女は都市伝説ではなく、本物の怪異だ。

 以前は半信半疑であった私も、黒巫女に命を救われたとなれば信じるしかない。

 しかもクソ腹立たしいことに、割と可愛い。

 SNSでバズるだけの事はある。


『人生は、だるい、つらい、クソ面倒の連続である』


 これは私、枢木縁(くるるぎゆかり)がたった今考えた格言である。

 学校の授業中。パソコンのディスプレイの向こうでは、教師が連立方程式やら一次関数やら話をしているものの、私には眠りへ誘う呪文にしか聞こえない。

 近年大流行した感染症の影響で、学校は原則として自宅パソコンでのリモート授業となっていた。毎日決まった時間にパソコンを立ち上げてリモートで授業に参加しなければならない。パソコンの内臓カメラを通して私が教師の顔を見ているのと同様に、向こうも私の眠そうな顔が見えているだろう。

 心底だるい。私は高校三学年で大学受験をする予定だ。本当なら、もっと勉強をしなければ不味いのだが……とてもそんな気分になれない。

 窓の外の青空を見て時間を潰す。やがてそれも飽き、手元のスマートフォンで趣味の小説を書き始めた。

 しばらくして、教師が本日の授業の終了を告げた。

 ようやく学校が終わった!

 私は急いでパソコンを閉じ、爽やかな気持ちで腰を上げた。

そして扉を開けて外に出る。


『海老名SA』


 私が車、旧式のフィアット五〇〇から降りると、そんな看板のついた施設が眼前にあった。神奈川県、東名高速道路の大きなサービスエリアである。

 私達は学校がリモート授業なのを良い事に、車やホテルで授業を受けつつ全国を旅していた。

 音がして背後を振り返ると旅の相方、白い少女が後部座席から降りてくる。白いモッズコートにワンピース、そして帽子。全身白づくめな格好をしている彼女の名前は、草壁蒼子(くさかべあおこ)だ。文武両道に容姿端麗、稀代の天才陰陽師である。女子な癖にやること成すことが全て格好良い。油断すると惚れる。私みたいな卑屈でネガティブな人間とは真逆の存在だ。

 私と蒼子は同い年であるが、落差がとても酷い。 

 人生は理不尽すぎる。いい加減にしろ。

 この世界に神はいないのか。むしろ、いたら私が殺す。

 今日は一日、私が助手席、蒼子が後部座席でリモート授業を受けていた。私は東京の公立高校、蒼子は京都の私立高校で学校は違うものの、授業の時間割は全く一緒で終わる時間も同じだ。

 私は半眼になる。


「蒼子、授業中に寝てたでしょ。リモート授業だからって、よく怒られないね……」


 大きな欠伸をしながら蒼子が応じた。


「あぁいや、別にリモートでなくても授業は寝てるよ。別に試験で良い点数をとれば良いだけの話だろ。入学共通テストの模試とか、学年順位でそこそこいければ、教師も何も言わないよ」

「……ちなみに前回の期末試験、学年順位は何位なの?」

「ん。前回の期末は一位」

「入学共通テストの模試は?」

「全国で百位ぐらいだったかな」


 いくら何でもおかしい、強すぎる。私は蒼子と旅をしていて寝食を共にしており、勉強の時間も一緒なはずだ。

 私は蒼子に疑惑の視線を向ける。


「……もしかして蒼子、試験に呪い(まじない)や陰陽術を使ってない?」


 蒼子が失笑する。


「いやさすがに使ってないよ。確かにやろうと思えばできるけど、そういうズルい事は嫌いだし。それに僕は別に、試験で良い点をとろうだなんて思ってもいないし」


 確かに蒼子の性格なら、反則行為はやらないだろう。あくまで真っ向から挑むタイプだ。

 改めて思うが、もしかして陰陽術や呪術が使えれば、試験で良い点が取り放題なのでは? 人生を幸せにできるかもしれない。


「ねえ蒼子。私にも簡単に使える、呪いとかってないの?」


 そう訊くと蒼子は顎に手を当てる。


「そうだね。誰でも簡単に使える呪いか。一番日常的な呪いは、他人の悪口を言う、陰口を叩く事だと思うけど」

「……いや、それって呪いになるの?」

「言葉は言霊が宿るからね。悪口や陰口は、陰陽師の僕に言わせれば、相手を不幸に陥れる立派な呪いさ。ただ人を呪わば穴二つ。相手を呪えば自分にも返ってくるから、自分が幸せになりたいなら止めた方がいいね」


 成る程。

 納得して私が黙っていると、蒼子が話を変える。


「さて。ご飯を食べて移動しよう。できれば、今日中に和歌山まで行きたいんだ」

「……いやいや、ここ神奈川の海老名だよ。和歌山って、かなり遠くない?」

「ざっくり高速道路で五時間ぐらいかな。渋滞しなければね。気になる怪異の話があって、誰かに先を越される前に着きたい。あと途中で人型と武器を調達したいから京都にも寄る。六時間は考えてほしい」


 私はフィアットのトランクの方を一瞥する。そこには陰陽術で式神を呼び出す時に使う白い人の形の紙、人型やお札、そしてスタンガンを違法改造したスタンロッドなどが積まれていた。

 私は溜息を吐く。


「……いいけど。それで次はどんな怪異なの」

「いい質問だね。ではここで、ゆかりんに問題だ」

「ゆかりんって言うな」


 私の名前は枢木縁(くるるぎゆかり)で『ゆかりん』とは、蒼子がつけた私の愛称である。超有名声優みたいな愛称はマジでやめてくれ。

 蒼子は構わず出題する。


「次はどんな怪異だと思う? ヒントは和歌山県、高野山。新古今和歌集、小倉百人一首に和歌が収録されている平安時代後期の歌人かな」

「ネットで調べてもいい?」


 即座に問題を放棄する。私は蒼子と違い、オカルト歴史オタクではない。

 蒼子はやれやれという風に首を振った。


「答えを言うと、その歌人は西行法師さ。和歌山県の高野山には、西行法師の反魂の秘術に関わる伝説があって。最近あの辺りで死人が甦ったという怪異の話が出ている」


 なるほど。今の私達の目的は死者蘇生、反魂の類いの怪異であった。蒼子が妙に急いでいるのも納得がいく。


「……次は穏やかな怪異だと良いなぁ」


 私がそう言うと、蒼子が笑う。


「それは難しいね。僕の経験上、怪異って十あったら九は襲ってきて戦いになるから。まぁ大丈夫だよ。何がきても僕が斃すから」


 蒼子の言う通り、この一年間二人で旅を続けて怪異を巡っているが、その大半で襲われている。戦いは必至と考えた方が無難だろう。

 ……まぁ悪くはない。ぐだぐだ言いつつも、私はこの旅を楽しんでいた。それに蒼子と一緒にいれば、私も少しだけ明るい人間になれそうな、そんな気がしてくる。

 蒼子が私の名前を呼ぶ。


「縁、とりあえず何か食べよう。何がいい? 海老名といえばメロンパンにカレーパンなイメージがあるけど」

「ラーメンがいい! 富山ブラック! あー……でもメロンパンとカレーパンも食べたいかも」

「全部食べれば? 体重が増えても知らないけど。僕も緑の健康管理まではできない」

「あー、そういう意地悪なこと言っちゃう?」


 笑って応じながら、SAの施設に向かって歩き出す蒼子。私はその背を追いかける。 

 宙を仰ぎ見ると、抜ける様な青空が広がっていた。

 とても気持ちがいい。

 そういえば蒼子と初めて出会った日も、こんな青空だった気がした。ただ、その時とはまるで心象が違う。当時の私は、最悪な気持ちで青空を眺めていた。

 青空は今も昔も変わらない。では何が変わったのか。

 今は令和八年四月。蒼子と出会ってから、ちょうど一年。

 私と蒼子の旅は続いている。しばらく終わりそうにない。

 まだまだ、私は色々なところに行きたい。


 もっと旅がしたい、蒼子と一緒に。

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