5.蠢蠢 その③:革命を完遂らせるために

 私率いるケメト方面軍は連戦連勝。


 ケメトには、本国アルゲニア王国の絞りカスのような人材しかおらず、また現地出身者にもルシュディーやファラフナーズのような才人はおらず、少々張り合いに欠けた。


 しかし、そのおかげか私には王都の近況にアンテナを張るだけの余裕があった。


 先のクーデターは確かに成功したが、その後の五頭政府クイーンケヴィラトゥスと議会の関係はあまり良好とは言い難かった。


 民衆も、期待していたような自分たちの意見が反映される政治が訪れることがないことを察し、革命や選挙への関心をすっかり失っている。


 が、冷めたのだ。


 追い出した議員を補うために行われた選挙では、王党派議員こそ生まれなかったものの体制に批判的な共和派議員が多数当選した。五頭政府クイーンケヴィラトゥスは、この共和派議員の当選も無効にした。


 だが、ここまで強権的に振る舞ってもなお、議会の五頭政府クイーンケヴィラトゥスへの反発は強まる一方だった。


 ここで、諸外国にも動きがあった。

 パルティア王国の敗戦によって瓦解した対イリュリア同盟が再構築されたのだ。


 今回の旗振り役はアルゲニア王国だ。イスラエル・レカペノスが、アルゲニアに対して囁く甘言が口先だけのものに過ぎないと気付いたらしい。


 これは非常に好ましくない状況である。

 何がと問うに、が却ってよろしくない。


 今現在、勝ち続けていることで戦線が方々へ無秩序に広がっており、イリュリアは戦力の絶対数が足りていなかった。だが、徴兵して戦力を補おうにも、熱の冷めた民衆は従軍を拒否するだろう。


(――さあ、大変ね)


 ギリギリだろう、と私は見ていた。


 五年という歳月まで後二年弱、それまでイスラエル・レカペノスの政治生命が持つか持たぬかはギリギリだろう。


 恐らく、計画はされる。


「それまで、後……一年半ってところかしら?」


 一年半後、時季が来る。

 この予想は、ある程度の確信を伴っていた。




 ケメトへの侵攻を開始してから約一年。


 私率いるケメト方面軍は未だ負け知らずであり、既にケメトの大半を制圧していた。この地を通る[ネカウⅡ世の運河ルート]は、イリュリアのものになって久しい。


 だが、イリュリア全体で言うと、かなり厳しい状況下に置かれていた。


 先の海戦における手痛い敗北は我々ケメト方面軍をケメトの地に釘付けにし、広がりすぎた戦線は兵力の不足を招き、各地の占領地が続々と奪還され始めていた。


 私が手ずから回収した姉妹共和国もまたその一つだ。


 彼らアッカド共和国、シュメール共和国の両国は、パルティアからもイリュリアからも精神的に独立することを目指して武力蜂起した。


(これは予定通り)


 実は、彼らを武力蜂起させたのは私の仕掛けである。


 彼らには「無理そうなら武力蜂起をしなくても良い」と言ってある。強要はしていない。そそのかしただけだ。そして、「この機会に自由と独立を勝ち取れるものなら勝ち取っても良い」とまで言ってある。


 要するに、勝ち取ることはできないということだ。


 一方、南部戦線では聞き覚えのある名の将校が、アルゲニア方面軍を圧倒しているという。


(化けたわね……スタテイラ)


 ルシュディーや私の居ないアルゲニア方面軍とはいえ、まさかあの目立った取り柄のないスタテイラが、これほどまでの軍才を発揮しようとは。こういうのは軍人として不謹慎に当たるかもしれないが、私は彼女の活躍を密かに嬉しく思った。


 さて、ここでビッグニュースがある。


 全権大使の任期を終えて神聖エトルリア帝国から帰国したラビブ神父が、官民の支持を受ける形で統領コンスルに就任したそうだ。ラビブ神父は以前と変わらず民衆の人気があり、五頭政府クイーンケヴィラトゥスはその人気にあやかろうとしたのだろう。


 には、今後はイスラエル・レカペノスと協力して動くと書かれていた。


「――なら、そろそろ私も準備を始めなくちゃね」


 今はまだ本格的に動く時ではない。


 そう分かっていながら、焦れる身体を抑えるのに苦労する。ある程度、時季の見えている私ですらこうなのだから、王都に潜伏させているヴァレンシュタインなどは正に一日千秋の思いだろう。


 だが、まだだ。

 まだなのだ。


 放っておけば勝手に震え出す身体を、私はひしと抱きしめた。





 ラビブ神父はイスラエル・レカペノスと共謀し、五頭政府クイーンケヴィラトゥスの他の統領コンスル三人をクーデターの主犯として解任した。これは、五つに分散した権力を再び一つに集中させようという意図のものだろう。


 だが、遅すぎた。


 そうこうしているうちにイリュリア国内は荒れに荒れまくっていた。


 財政は破綻していた。古き信仰への回帰は失敗に終わり、反動から国教会の復権を望む声が増えている。イリュリア各地で反乱の芽が育ちつつあり、今にも暴発しそうな状態だ。


 戦争にも負けている。


 ああ、実に……実に素晴らしい。


「来た」

「は、はい……? 何がですか?」

「――時季が来た」


 間抜け顔のヨシュア君を押しのけ、幕僚たちへ呼びかける。今日、予定外の軍議を開いた理由は他でもない。


 ラビブ神父の統領コンスル就任から半年――遂に、のだ。


「皆、聞け。これより私はケメト方面軍を離れ、王都へ舞い戻る」

「し、しかし……そのような命令は届いておりませんが……」

「なんか関係ある? それ」


 軍規違反は厳重に処せられる。それは、総司令官である私とて例外ではない。


 だが、それがどうしたというのだろう。


 沙汰を下す五頭政府クイーンケヴィラトゥスが存在しなければ、誰が私を咎められるというのか。仮に咎めるものが居たとして、そんな奴は私がくびり殺してやる。


「――五頭政府クイーンケヴィラトゥスが誕生して何年経った?」


 幕僚たちが、揃ってはっと息を呑んだ。これから、私が何を言い出すか察しが付いたような顔をしている。


「約四年……その間、常に統領コンスルを務めたイスラエル・レカペノスの無能は明らかだ。私はラビブ神父と連帯し、再びクーデターを起こすことに決めた」


 有無を言わさず、私は連絡事項を通達してゆく。別に相談がしたくて呼び付けた訳ではないので、さっさと済ませるつもりでいた。


 こちとら何年待ったと思っている。


 待って待って待って、待ちわびて、待ちくたびれて、首が10cmくらい伸びたんじゃないだろうか。


 もう、我慢も限界だ。


 私は、背中を押す運命にせっつかれるように早口で捲し立てた。


「ケメト方面軍の指揮はルシュディーに一任するわ。それと、グィネヴィアとレイラの二人は連れてくから」

「あ、あの……私は……」

「ヨシュア君は留守番」


 ルシュディー、グィネヴィア、レイラの三名にはあらかじめ話を通してある。ヨシュア君にはその必要性を感じなかった。というか、存在を忘れていた。まあ、凡人には凡人の役割というものがある。事が終わったら精々扱き使ってやろう。


 気落ちするヨシュア君から幕僚一同の方へ向き直り、私はラフに軽く敬礼する。


「それでは諸君、次に会う時は私を『総司令官閣下』と呼ぶことのないように」


 そう言うと、つまらなさそうに腕を組んでいたルシュディーが、唸るように喉を鳴らした。


「じゃあ、なんて呼べば良いんだ? 総司令官閣下」

「……まだ決めてないわ。後で新聞でも見なさいよ」

「いい加減な奴だ……」


 こらこら、それがこれから大事業を成し遂げようという人間に対して言うセリフか。あんまり私の機嫌を損ねないほうが良いぞ。私は普通に躊躇なく権力とか振るいまくるし、ナマ言う奴は全員殺してやるからな。


(ああ、もう……冗談を言う時間すら惜しい!)


 私は、改めて世話になった幕僚一同へ別れの言葉を告げた。


「それじゃあね。皆、期待して待っていなさいよ」


 革命を完遂おわらせるために――この国をってくる。

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