4.決着 その⑥:チェック

「――うは! スゲェな、丸見えじゃねぇか!」


 マネが楽しそうな声を上げる。


 今、私たちの眼には目印バングルを付けていない者の魔力が可視化されていた。しかも、それは壁や床などをして表示されている。流石の仕事と言うほかない。仕組みは最早検討も付かないが、従来の生体反応を把握するだけのものから段階飛ばしで進化を遂げていることは確かだ。


 私は、そんな魔力の中でも一際大きく、そして最も近い表示の方角――へと足を踏み出した。


「なぁにが、『既に僕はその場にはいない』よ。大嘘ついちゃって。すぐそこに居るじゃない」


 私が、発射物のもとを振り返った時、そこには何もない壁しか見当たらなかった。だが、何のことはない。『広域非破壊探査装置NDIシステム』によって、その壁が魔法で作り出された幻覚であることが暴かれた。


 壁を踏み越えた先に、彼らは居た。


 忙しなく機器を触って回る肌の浅黒い少年と、その奥で椅子に座り寛ぐ仮面を付けた白い肌の男。


 そのうち、大きな魔力を感じるのは少年の方からなので、少年が『ルクマーン・アル=ハキム』であろうことは声などの情報もあり容易に推察できる。


 だが、一方の奥の仮面を付けた男に関しては、何の根拠もないのに彼が『ソーテイラー』であると私は直感した。


 私が現れたのを見て、ルクマーンは息を荒げ滝汗を掻く。しかし、ソーテイラーの方は余裕そうに頬杖までついて、私に話しかけてきた。


「やあ、お嬢さん。まるで少女のような君がヘレナの大駒クイーン、リンちゃであってるかい?」

「そういうアンタはキングの『ソーテイラー』でしょ?」


 思っていたより――若い。顔を仮面で隠してはいるが、声や振る舞いからして「大人」というよりは「青年」といった方がしっくり来る、そこはかとなく若々しい雰囲気の男だった。


「ヘレナには参ったよ。彼女は有能すぎる」

「……ええ、そうね」

「殺すには惜しくてね。彼女の〝〟も、なかなか面白いものがある。だから、民宗派としては利用できるだけ利用してから切り捨ててやろうと思っていた訳だが……まさか、先にこちらが切り捨てられてしまうとはね! ふふふ……」


 私のプロファイリングでは、『ソーテイラー』は理想を捨てられない老練した政治屋であると予想していた。というのも、彼の率いる民宗派の打つ手ひとつひとつが経験の裏打ちを感じさせるものであり、また人間心理の裏をつく悪辣な手段をも好んで用いることから、私はそんな人物像を思い描いたのである。


 だが、今眼の前にいる人物はどうか。


 精々が大学生か、その少し上くらいに見える。知り合いで言うと、アヒメレクさんと同年代か、或いは違っても一、二年程度のものだろう。


(こんな若造が、本当に一人で民宗派をここまで大きくしたというの……?)


 仮面の男からは本当に一切の魔力を感じない。私のように魔力量が少ないとかでもなく、正真正銘の皆無。つまり、魔法使いウィザードでも月を蝕むものリクィヤレハでもない。


 白い肌の色と『ソーテイラー』という語からして、恐らく彼は外国の人間。そして、それゆえに民宗派とも無関係の出自を持つ者だろう。だのに、行き成り民宗派のトップに立って指揮を執っているばかりか、そのことを誰もが皆、認めているという事実。


(あの男ですら……)


 ロクサーヌの顔に酸をぶっかけやがったあの性根の腐ったような男ですら、ソーテイラーには期待を寄せている風だった。


 異常――到底、天才カリスマの一言では片付けられない。


「……殺すか」


 少年の方が一瞬計器の変動に気を取られた瞬間を狙って、私は解放バーストで一気にソーテイラーに斬りかかった。


 ルクマーンと話していて一つ分かったことがある。民宗派をデカくしたのはルクマーンの才じゃなく、ソーテイラーの才だ。


 ルクマーンは、


(優先的に殺すべきは――ソーテイラー!)


 完全に不意を討った筈だが、ルクマーンの才はその失態を埋めてあまりあるものだった。


「させるかああああッ!」


 一瞬のうちに私とソーテイラーの間に分厚い結界が展開される。


(これは――【簡易結界】?)


 私がさっき使ったのと同じ技だが、完成度も強度も私が展開したものより遥かに上――いや、今まで見たどの【簡易結界】よりも上だった。


(マズイわね……)


 私には、これを打ち破る手段がない。正面から突破するのは無理そうなので、壁や床を溶かして回り込めないかマネに試させているが、それも遅々として進まず到底間に合いそうになかった。


 ルクマーンが、結界の向こうから私を睨みつつ背後のソーテイラーに呼びかける。


「『逃げ道』は既に開通しています! 先にお逃げください、ソーテイラー様! 上には作業員が居る筈ですので、彼らを御伴おともに!」

「では、そうさせてもらうとしよう」


 鷹揚と椅子から腰を上げたソーテイラーは、去り際に仮面の下から流し目を寄越す。


「――リン、さっきのルクマーンとの会話は聞いていたよ。君の気が変わったら、いつでも民宗派へ来るといい。『アブズの鍵』として盛大に歓迎しよう!」

「待て――!」


 奥へ完全に姿を消してしまったソーテイラーへ向けて威勢よく吠えたは良いが、この状況において私は何も手出しすることはできない。


 そう――は。


 どこからともなく流れてきた冷気が、ぞくりと背筋を擽る。と同時、【簡易結界】のの壁が弾けた。


「なっ――!」


 突然の出来事にルクマーンが驚きを露わにする。だが、私に驚きはない。なぜなら、瓦礫の中に佇む真っ白い彼女をここへ呼びつけたのは他ならぬ私だからだ。


 ルクマーンが私の頭を撃ち抜いた時から彼女――グィネヴィアには計画変更の可能性を伝達しており、『広域非破壊探査装置NDIシステム』の起動と共に明らかになったルクマーンの居場所を見て計画変更の決定を通達していた。


 瓦礫を蹴り飛ばしながら現れたグィネヴィアは両腕を喪失しており、腕の代わりに血液を凍らせた真っ赤な氷によって大杖を肩部に固定していた。その失った両腕は今どこにあるかというと、グィネヴィアの腰部に氷の紐で雑にくくられている。


「グィネヴィア! そいつがルクマーンよ!」

「――【凍る大地アイス・シート】」


 まだ視界内にルクマーンを捉えていないだろうに、グィネヴィアはノータイムで暴力的なまでの冷気を無分別に撒き散らす。大気をも制止させる極寒の世界が雪崩のように周囲を侵略し、ルクマーンの片脚を捕らえる。


「ぐっ……おおおおおおおおおおおお!」


 ルクマーンが二つ目の【簡易結界】を己を囲うように展開させ、極寒の魔の手から身を守る。ようやく視界内にルクマーンを捉えたグィネヴィアが、二つ目の【簡易結界】へ冷気を集中させるが、ルクマーンの方も全力で抵抗しているためになかなか破ることができない。


(……そうか、腕がないから魔法の狙いが付かないのね)


 照準器たる大杖が肩に固定されてしまっているため、こうして無分別に撒き散らすか、指向性を与えるにしても大雑把にしかできないのだ。


 このままだと、ソーテイラーに逃げ切られてしまうかもしれない。その時、背後に現れた見知った気配が、そんな心配は不要だと告げる。


「――おどきになってくださる?」


 直後、声に従いしゃがみ込んだ私の頭上を、【部分召喚】された巨人ティターンの大きな腕部が通り抜けてゆく。哀れ一つ目の【簡易結界】は、ガラス細工のように容易く砕け散った。


 ちらと背後を確認すると、片脚を失ったロクサーヌとその片脚を持たされている実験体の少女アディエラがこちらを見ていた。


 私、グィネヴィアに続いてロクサーヌまでもが手傷を負わされているとは、民宗派は最後の足止めに持てる最精鋭戦力を注ぎ込んだようだ。


 ともかく、これはチャンスだ。『ルクマーン・アル=ハキム』と『ソーテイラー』、二人の喉笛にもう少しで手が届く。


 細かく事情を説明している暇はないし、それは向こうも同じだろう。私は、すぐさま解放バーストで冷気の中を突っ切った。目指すはルクマーンの言っていた「上」だ。


 ソーテイラーは、私が今ここで殺す。


「ルクマーンは任せた! 私は上へ行く――!」

「勝手に決めるな」「任されましたわ」


 二人の心強い返答に続いて、激しい衝撃音とルクマーンの雄叫びが聞こえてくる。


「ぐ、うおおおおおおおおお! 絶対に先へは行かせない!」


 ロクサーヌとグィネヴィアを信頼して無視しても良かったが、仮にも相手は天才アン=ナービガ。どんな妨害手段を講じてきても対応できるように首だけで背後を振り向くと、ルクマーンはどこから取り出したのか符を掲げていた。


 見覚えがある――あれは〘人魔合一アハド・タルマ〙の符だ。けれども、記憶の中の見た目とは少しだけ差異があり、それがなぜか私の心をざわつかせた。


(何が違う……?)


 まさか、ロクサーヌとグィネヴィアのどちらかを月を蝕むものリクィヤレハにでもしよういう訳ではないだろう。二人をどうにかしたところで、私は先へ行ってしまうのだから。


(私を足止めできるような違いが、その符にはあるというの……?)


 その正体を掴めぬまま、その符がルクマーンの手の中で起動する。


「リン! 君が突きつけた問題の一つ――原種オリジネス対策の解を今、見せてやるよ……! この光、その魂に刻み込めッ……!」


 符から光が溢れ、ルクマーンの姿を一瞬にして掻き消す。それを警戒してロクサーヌとグィネヴィアが二つ目の【簡易結界】から距離を取った。しかし、かつてルゥが光に呑まれたところを見ていた私にはわかる。あの〘人魔合一アハド・タルマ〙の術が対象としているのは二人じゃない――ルクマーン自身だ。


 光はどこまでも強まり続け、やがては視界の全てが光に包まれる。


 気付けば、私は足を止めていた。


 いや、と言うべきだ。指数関数的に際限なく跳ね上がってゆく存在感を前にして、眼を背けることなどできなかった。


 マネが叫ぶ。


「野郎、まさか原種オリジネスを――! リン、見るな! 眼をつむ――」


 唐突に光は一点へ収束し、世界は暗闇に包まれる。


 そして世界から――音が、消えた。


 眼球があわ立つ。


 ――〝それ〟は、光そのものだった。

 〝それ〟は、闇そのものだった。


 ――〝それ〟は、極大だった。

 〝それ〟は、極小だった。


 ――〝それ〟は、人の形をしていた。

 〝それ〟は、人の形をしていなかった。


 さっき、マネは何と言いかけた?


 眼をつむ――つむれって?


 そんなこと、出来る訳がなかった。


 ――〝それ〟は、歩き出した。

 〝それ〟は、歩き出さなかった。


 だが、確かに〝それ〟は、光と闇の混じり合ったような〝それ〟は、極大にして極小の〝それ〟は、人の形をかたどりつつも人の形に留まらぬ〝それ〟は、私へ向けて歩き出したように――少なくとも私の眼にはそのように――見えた。


(そうか……宇宙とは、自然とは、原種オリジネスとは……)


 つまりは包括的なのだ。


 〝それ〟に対し、私の抱いた全てが等しく正しく、そして等しく間違っている。万物の起源たる母なる父なる原種オリジネスには、男女や陰陽といった区別はないのだ。


 その事実を理解した今、〝それ〟に一つだけ歪なところがあることに気付く。


 それは――〝それ〟が一瞬だけ、「人の形」をかたどっているように見えたこと。


 光にも闇にも極大にも極小にも形はない。なのに、なぜ私の眼に一瞬とはいえそう見えたか? それは恐らく、ルクマーンという小さな器に〘人魔合一アハド・タルマ〙という形で原種オリジネスの力を収めようとしたからこそ生じた歪みだろう。


 いくらルクマーンが優秀な人間であるとはいえ、原種オリジネスの力が一端といえども一生命体に収まる筈がない。


(じきに――崩壊する)


 音のない世界で、〝それ〟がやったことは一歩、私に向かって歩き出したことだけ。しかし、それだけで当初ルクマーンが掲げた足止めの目的を果たすには事足りた。


 私の記憶は、極大にして極小の〝それ〟の足跡を目撃してしまったのを最後に、ショートした魔道具アーティファクトが機能を停止させるようにプツリと途絶えた。

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