3.サバイバル実習 その③:劣等生

 しかし、いきなり作戦会議をしろといわれても何を話し合えば良いのやら。特に何か気の利いたことも思いつかないでいると、クラスは瞬時に二分された。


 やる気のある組と、やる気のない組である。


 やる気を見せているのは、真面目で将来のことを見据えているものたち。主に貴族や商家出身の学院に来る前から真っ当な教育を受けていたような富裕層の生徒が中心だ。


 特にその中心となってリーダーシップを発揮しているのは、さっきも怒涛の質問攻めで他のものに口を挟む隙を与えなかったヘレナだ。何時も通りの優等生っぷりを見せる彼女をやる気のあるものが囲み、その更に周囲をやる気はあるが何をすれば良いのか分からないものたちが囲む。


 一方、やる気のない組は説明するまでもないかもしれない。一斉魔力検査を漏れた途中入学生や単純な落ちこぼれ、学のない貧民、言語の壁がある異国人、そして一身上の都合から輪に入っていけないものたち。


 輪に近くも遠くもないところで疎らに座る彼らに、積極的な協力は望むべくもないだろう。


 私はもちろんやる気はある方なのだが、現状、変に出しゃばると白い目で見られるのは確実。まず、評価を巻き返さなくてはならないのは、教師らよりも同級生の方だった。


 ここはそっと輪の外周に加わり会議の成り行きを静観しようと決めた。


 輪の中心では、ヘレナが落ち着いた様子で自分の意見を語っている。


「私はまず、二人一組ツーマンセルのペアを作っておくべきだと思う。戦闘領域の広さに対し、移動時間が10分しかないことを考えると、『拠点』に派遣できる最少人数である二人一組ツーマンセルをある程度固定して動かすのが効率的だ。もちろん、組み合わせに関しては後ほど調整するとして、今日のところは時間も限られていることだし、取り敢えずの組み合わせでやってみないか」


 そのヘレナの提案に、あちこちから賛成の声が上がる。確かに、あらかじめ二人一組ツーマンセルを作っておいた方が効率的だろう。私も一緒に「賛成」と小声で同意しておいた。


 こうして、ひとまず二人一組ツーマンセルを作る流れになったが、当然ながら私に誘いをかけるものはいない。そもそも、お試しである今日は仲の良い友人同士で作ることになるケースが大半だろうが、私はそもそも友人自体が少ない。ニナとロクサーヌは別クラスだし。


 そういう訳で、他の皆も二人一組ツーマンセルの作成に手間取っていたこともあり、私はいまのうちに武器の方を見にゆくことにした。だが、輪から離れようと静かに踵を返したところで、不意にヘレナに呼び止められる。


「リン、どこへ行くんだ? まだ二人一組ツーマンセルを作ってる途中だぞ」


 リーダー格のヘレナが声を上げたことで変にクラスの注目を集めてしまう。四方から突き刺さる視線に居心地の悪さを感じた所為か、妙に言い訳じみた言葉が出てきた。


「……誘われないもの。先に武器に何があるか見てくるわ。戻ってきた時に余ってるヤツで良いわよ」


 ヘレナの隣にいた腰巾着の貴族――マチルダが露骨に顔をしかめる。


「やる気もなければ協調性もないなんて……これだから落ちこぼれは!」

「……やる気はあるわよ。私は『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』へ進んで魔法省への『推薦』をもらうつもりなんだから」

「ぷっ……アッハッハ!」


 マチルダは遠慮なく大声で笑った。他のものも、クスクスと忍び笑いを漏らしている。中心にいるやつで笑っていないのはヘレナぐらい――というか、何か考え込んでるみたいだし、単に私に興味がなくて聞いてないだけか。事の発端はヘレナなのだから、収拾ぐらいは責任を持ってして欲しいものだが……。


「落ちこぼれのアナタが『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』にぃ? ましてや『推薦』を貰うって、まさか『星団』に入るおつもりぃ? ……冗談はよしなさいな。これほど似合わない組み合わせもないわ」

「……中等部からは今日みたいな実戦形式の授業や折節実習エクストラ・クルリクルムも増える。手札が少なくたって、やりようはあるわよ」

「はぁ? アナタ……ああ、そう」


 得心がいったというような風に、マチルダは意地悪く顔を歪ませる。


「ロクサーヌに勝ったからって調子に乗っちゃってるのね? 使用できる魔法を著しく制限されたクラブ活動アクティビティの試合ごときで! 自らの力量を勘違いして……滑稽だわ」


 憚ることなき揶揄。だが、返す言葉も見つからず私はただ奥歯を食いしばった。今の私は誰もが認めざるを得ないような結果を出してはいない。口で何を言ったところで、なおさら滑稽に映るだけだ。それを理解している私はこみあげる怒りを理性で抑え、そもそもの目的である武器の選定に向かおうとした。


 次のマチルダの言葉を聞くまでは。


「それにしても、ロクサーヌも人気の割に大したことないわねぇ。いくら使い魔メイト抜きのハンディ戦だからって、リンなんかに負けるなんて――」

「――黙れ!」


 思わず声を荒げてしまった。それは、その言葉だけは聞き捨てならない。私はどう言われても良い。気に入らなくとも内容は事実だからだ。


 しかし、ロクサーヌに対する侮辱は許せなかった。


 マチルダ含むクラスメイトが驚いたように閉口して私を見る。その驚きは、いきなりの大声にじゃなく、私の感情の高まりにつられてか服の下から溢れ出てきたマネに驚いたからだろう。


 ずっと服の下で大人しくさせていた所為でフラストレーションでもたまっていたのか、マネは「いつでもいけるぞ」と言わんばかりに体組織を激しく蠢かせる。


 だがその時、勢い余って飛び散った体組織が足元の草をジュウジュウと溶かしたのを見て、私は幾ばくかの正気を取り戻した。頭が冷えた。まさか、気に入らない相手だからといって、溶かしてしまう訳にもいくまい。私は深呼吸をしながらマネに服の下に戻るよう指示した。


「……私のことは良いわ。けど、あの試合のことを……ロクサーヌのことをこれ以上バカにしないで。マジに殺したくなる」


 私は水を打ったように静まり返るその場から逃げるようにクラウディア教官の待つテントへと向かった。ある程度の距離ができ、背後の方から少しずつ話し声が聞こえてくるようになると、途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。


(やっちゃった……どう戻ればいいのよ。気まず過ぎでしょ。服もちょっと溶けちゃってるし……)


 マネが慰めるように触手で肩を叩いてくるが、気分を持ち直すにはもう少し時間が必要だった。うのていでテントにまで辿り着くと、クラウディア教官が笑いながら出迎えてくれた。


「はっはっはっ! リン、お前は何かと目立つな」

「言わないでください……『珠玉の瓦礫にあるが如し』というか、私の場合はその逆の『瓦礫の珠玉にあるが如し』ですか? とにかく上でも下でも飛び抜けた存在というものは得てして目立ってしまうものなんですよ……はぁ……」


 ため息と共に視線を落とすと、そこには様々な武器が山積みになっていた。杖・大杖、カラギウスの剣に槍や斧、見たことのない珍妙な形のものまである。


 取り敢えず、剣を一本貰っておく。予備は荷物になるから、いちいち持ち歩かなくても壊れてから取りにくれば良いだろう。それと、着替えを一つ確保してそれに着替えて溶けた制服は捨てた。


「フッ……果たしてそれだけの理由かな。お前が目立つのは」

「……どういう意味です?」

「目立たぬ落伍者もいるということだ」


 クラウディア教官は、私が抜け出してきた輪の方を遠い目で眺めながらそう言った。今ひとつ、その意味を汲み取れない。向こうの輪の中の誰かのことを言っているようで、そうじゃない感じもする。怪訝に思っていると、教官は誤魔化すように別の話題を切り出した。


「それより聞いたぞ。二組ドゥーエのニナが騒いでいた誘拐事件を解決したそうだな」

「あれ? 教官も知ってたんですか?」

「ロクサーヌのやつが剣術クラブで喧伝していたからな。解決はリンの功績だと」


 何をやってるんだ、ロクサーヌ。彼女のことだから、変に誇張が入って伝わっていそうで、めちゃくちゃ気恥ずかしい。


「……まあ、はい、無事に解決できました」

「礼として大層値の張る指輪を貰ったそうだが……厳重に管理しろよ? 私が言うのも何だが、学院には育ちのいいものばかりじゃないからな。手癖の悪いものや、魔法の素質があるからと獄中から引っ張り出されてきたようなやつもいる。気を付けることだ」

「はい。それについては大丈夫です。私には分不相応な高級品ですので、ロクサーヌの奴から小箱を借りて、それをタンスの二重底の奥に仕舞って保管してあります」

「小箱? ガキの玩具じゃなく、ちゃんと物理と魔法の二重ロックをかけられるやつにしたか?」

「はい、それです!」


 この小箱もまた相応に高級品であり、正規の解錠方法じゃなければ大人の魔法使いウィザードにだって開けるのは困難な代物だ。そんなものをポンと貸してくれるロクサーヌには感謝しかない。クラウディア教官も「それなら安心だ」と太鼓判を押してくれた。


「おっと、向こうは大体組み終わったようだぞ。そろそろ戻った方が良いんじゃないか?」

「……そうですね」


 気は重たいが、戻らぬ訳にもいくまい。私は、死刑台に登る罪人のような気持ちで、のそのそと輪の方に戻った。

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