第7話 思春期の造形
仕事が忙しくなる前に、急いで脚本の直しに掛かった。こうしている間にも演者の負担が増していく。他人に掛かる迷惑を念頭に置いていたからか、今度はあまり時間が掛からない。少し余裕が出来て、この間木元が話した、「抜け出せない思春期の街」というイメージを場面に昇華できないかと考える。けれど、そうしようと思った途端にキーを叩く手が止まった。苦しんで数行の台詞を書き出して、前の場面と後の場面の繋がりがイメージ出来ない、台詞の流れも悪い、結局せっかく書き出したものを消した。そんなことを三夜。とうとう脚本の元のテーマとも反りが合わないことに気が付いて、三日前のデータをそのまま送信した。それでも、無駄な時間を過ごしたとは思えず、負け惜しみのようだが、物語の展開に苦しむ、こういう時間は好きだった。
部屋の電気を消した。自動運転にしているストーブが、付いたり消えたりする音を追っているうちに、どうして私と木元は、こう世間で言うところのマイノリティに縁があるのだろうかと考える。その思考は、殆ど直結に「思春期の街」に繋がった。木元に言わせれば、彼は未だに思春期の真っ只中にいるということ……私の思春期は、何時頃かに過ぎ去ったか? いや、まだその渦中にあるのだろう。知らぬ顔でやり過ごして、いつの間にか消えたと思っていたもの、いつまでも追い縋る影、美しい闇として、振り向けばそこにある。踏み込めばその造形は渦、嵐と言ってもいいくらい。色々な物の影が、そこでは暴力になって、ぶつかりあって塵を飛ばして、雷鳴によく似た大きな音を発する。一過性のものと思っていたそれは、顔を背けているうち気配を消した。大きな音も聞こえない。消滅したと思っていたが、それは違ったのだ。風に飛ばされる人間達が、そこから消えただけなのだった。ぶつかりあっていたと思っていた嵐の中の影、その実、必死になって支え合っていた。嵐の中心へ進むために。
そして今、ここには私だけ。一人になれば、一人きりの力でこの嵐に立ち向かわないといけない。さもなくば、永遠に一人きり。
そういうことが、河南と再会してから分かってきた。
彼女は私とよく似ている。
拒絶して、冷遇して、知らぬ顔。その反面、私は彼女の体温を愛おしく感じ、以前の生活に無かった華やかさ、それに釣られた人生の当て無さが部屋に差す。にじり寄る世間というものへの妬み、夜中にふと、彼女の動画を見て静かな心を取り戻す。布団から飛び出る白い雪像のような彼女の足、その温もりを確かめたくなる夜もある。もしも、台所に立っている彼女が急に振り向いて、「卑怯者」と私をなじれば、それだけで心に大きな傷を負ってしまうくらい。
太陽なんだろう、彼女の思春期の造形は。何か大きな物に照らされて、生まれた影がアイデンティティ。ただ、影は彼女を浸し、それは月の影が移ろうかのようなのだった。レズビアンとしての性質を、時によっては隠し、あるときはあからさまにする。
マイノリティと創作をする人間に共通していることは、思春期の造形が他の人間とは違うこと。時には抜け出せない牢獄であること。その点で、近しい領域にあるのだが、引退した身の私はどうなのだろうか。半端な抜け方をしているから、半端に抜け出せないでいるのか。
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