ディスティニーキャット
二条橋終咲
髪の赤いあの子の周りには……
下校時間の鐘が響き渡る。
「さよーならー」
学校から帰宅する女子生徒の一人が元気に言う。
その挨拶を受けて、正門に立つ生活指導の男性教員が声を張る。
「気をつけて帰れよー」
「はーい」
後に続いて、正門から同じような服装と髪型をした生徒達が帰路へと流れ出ていく。
そんな
「おい、
生活指導の教員が、まるで奴隷を酷使する支配者を思わせる高圧的な声音で
「……」
突如足止めをくらい、
しかし、生徒達を支配する立場の教員がその程度で怯むはずもなく、そいつは
「お前、今日も遅刻したらしいな?」
「……チッ。だからなんだよ」
「お前ももう高校三年生なんだから、少しは真面目にしたらどうだ? これじゃあ中等部の連中にも示しがつかんぞ?」
男性教員は、なんとも嫌味ったらし口調でそう言った。
もちろん
だが、そんな他人のことはどうでもよかった。
「あんなに頑張ってた空手部も辞めて、いつまで経っても髪は黒く戻してこない……。困ったもんだな、全く……」
「あたしの髪が黒くねーからって、テメーになんの迷惑がかかんだよ」
「まぁ、親が死んで心が荒むのは分からんでもないが、髪型髪色は校則で指定されたものしか認められない。迷惑とかじゃなくてこれは決まりだ。ルールだ」
「いちいちかーさんのこと言いやがって……」
先日から執拗にそのことをつつかれ、
「とにかく、遅刻はするな。いいか? これはお前のためにわざわざ言ってやってんだからな?」
「……」
「あと、その髪も黒く戻……」
「失せろ」
くどくどとした説教に耐えかねて、
「あっ! おい!」
呼び止められるも、彼女は止まらない。
スカートのポケットに手を突っ込み、長く伸びる
その圧倒的存在感が、周囲の生徒達の視線を集める。他の生徒達は複数人で帰っているのに対し、良子の周りだけはぽっかりと人垣に溝ができていた。
まるで、スポットライトが当てられた主演女優を思わせるような構図。
ただ違うのは、良子が集めている視線が羨望ではなく恐怖ということ。
でも、彼女はそれでよかった。
自分は、一人で強く生きていくと決めたのだから。
「かーさん……」
❇︎
人通りのない不気味な裏路地を、
「……」
不良のような危ない人たちが危ないやりとりをするような雰囲気に満ちたこの裏路地を、
「……」
そして程なくして、裏路地にぽっかりと空いた、空き地とも呼べないような少々手狭な場所へと辿り着く。
「そろそろか」
鋭い視線を辺りに巡らせながら、
同時に、学校指定のバッグの中をごそごそと探り、何かを取り出そうとする。
「……ない?」
ろくに整理されていないバッグの中を、
「くそっ……。せっかくいい『ヒカリモノ』が手に入ったってのに……」
今朝、家を出るときには用意しておいたはずのものが見つからず、
「あれがなきゃ、あたしはあいつらに……」
彼女のがさつな性格が反映されたバッグの中からは、一向にその『ヒカリモノ』は姿を表さない。奴らとの時間が近づいているにもかかわらず、
ガサガサッ!
すると突然、茂みを踏み分ける不穏な音が辺りに響いた。
それに加えて、数もどんどんと増えていく。
もう時間がない。
「っ……」
そして、
「にゃ〜」
民家の陰の茂みから現れたのは、耳に切れ込みのある一匹の猫だった。
「にゃ〜ん」
その猫は姿を表すなり、すぐさま
「ちょ、ちょっと待ってな……」
未だに、その『ヒカリモノ』が取り出せない
それでもお構いなしに、奴らは彼女の元へ集まってくる。
「にゃー」
「んにゃ〜」
「ニャー?」
気づけば
「えーと……えーと……。あ、あった!」
そして
「ほーらお前ら、いっぱい食えよ〜」
「にゃー♡」
「にゃん♡」
「ニャア♡」
途端に猫達が歓喜の声をあげて、それぞれが『ヒカリモノ』と商品名が大きく印字された猫缶に食らいつく。
一瞬にしてこの裏路地は、
「……♡」
そんな光景を、
「って、ここもそろそろ掃除しないとな……」
「さっさと出せゴラァ!」
その怒号は猫達を脅かし、彼らを一瞬にして散り散りにさせる。
「あっ……」
途端に、
「チッ……」
猫達との時間を奪われた
次の瞬間には、学校の皆もよく見る威圧感満載の表情へと変貌していた。
スカートのポケットに両手を突っ込み、あの迷惑で耳障りな怒号が聞こえた方へと
そして、ちょっと行ったところで角を曲がると、
「テメェがぶつかったんだから出すもん出せっつてんだろ」
「や、やめてよぉ……」
この薄暗い裏路地の中でも特に暗い一角で、
「あっ……」
すると、詰め寄られていた小柄な生徒がこちらを向き、
どうやらその生徒は
あまりにも細くか弱い華奢な体に、足跡の一つもないような雪原を思わせる白くきめ細やかな肌、男性のものとは思えないほどに艶のある茶色のショートヘア。
そして
制服がなければ、彼を彼女と呼称していても、なんらおかしくはない。それほどまでに彼は可愛らしかった。
「あ? 誰だテメェ?」
涙目の少年に集っていた三人の中の一人が
「失せろ」
大好きな猫達との時間を奪われた
それが奴を逆上させ、一瞬にして彼らのターゲットは移り変わる。
「んだコラテメェ、ぶっ飛ばすぞ!」
彼はそう言った後、右腕を振りかぶり、ギリギリと握りしめた右拳をなんの躊躇いもなく
「……遅い」
「アガッ……!」
奇怪で滑稽な声をあげて、男は地面に勢いよく倒れ込む。
「「っ⁉︎」」
自分たちの仲間が、なんか変な
その事実が飲み込めず、他の二人は目を白黒させるばかり。
「……次はどっちだ?」
「「ひぇぇぇぇぇっ!」」
「痛ってぇ……っておい! 俺をおいてくんじゃねぇ!」
あっけなく蹴り倒されたその男も、一人になって怖気付いたのか、へっぴり腰のまま滑稽に去っていった。
「バカ騒ぎしやがって……」
静かになった裏路地に、
「あ、あの……」
「ん?」
「助けてくれて、ありがとうございました!」
精一杯の感謝とありったけの感激を込めて、少年は深々と頭を下げる。
「別にお前を助けたわけじゃねぇ。勘違いするな」
しかし、
「お前もさっさと帰れ。こんなところにいると、またさっきみてーな奴らに絡まれるぞ」
同じ学校なら、当然自分の悪評も知っているだろうと思い、
「……」
「ん? どうした? そんなあたしを見つめて……」
「かっけぇぇぇ!」
「えっ」
全く見当違いの反応に、
「うちの学校に赤髪のやばい不良がいるって聞いてつけてきたけど、めっちゃかっこいいじゃないですかっ!」
「えぇ……」
キラキラとした少年の眼差しに気圧されて、
「強いしかっこいいしクールでイカしてるし……。あと、めちゃめちゃ可愛いしっ!」
「っ……! 可愛いとか言ってんじゃねぇ!」
今まで人生で一回も言われたことのないその称賛に、
「ば、バッカじゃねーの? あ、あ、あたしなんかの、どこが可愛いんだよ……」
そっぽを向く
「猫さんパンツ……」
少年の声を聞き、
そして、目の前にいる、なんとも可愛らしい少年の顔をキッと睨んだ。
「すっ、すみません! さっきあいつを倒してくれたときに見えちゃって……。わざとじゃないんです! ごめんなさいっ!」
早口で謝罪しながら何度もペコペコと頭を下げる少年。多分、本当に悪意はなく、あの時に見えてしまったのだろう。
「なんでもします! なんでもします姉貴! だから酷いことしないでくださいっ!」
少年は恐怖のままに
しかし、
「……じゃあ、猫達の掃除手伝え」
「わかりました姉貴! 猫さんパンツの罪滅ぼしのため、全力で頑張ります!」
「パンツ言うな! ぶっ飛ばすぞ!」
「ご、ごめんなさいぃぃぃ!」
果たして、少年はぶっ飛ばされてしまったのか、
それはまた、別の話。
ディスティニーキャット 二条橋終咲 @temutemu_dnj
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