俺が追放した元仲間が魔王になったので……ああ、やっぱりそうだったのかと討伐に向かうことにした

コータ

第一章 追放された魔術師ノア

第1話 魔術師の追放

「ノア。今日をもって君を、俺のパーティから追放することにした」


 とある酒場の窓際席で、目前にいる勇者リックが放った一言。僕は目を丸くしていた。


「え? 追放……って。な、何を言ってるんだリック。笑えない冗談はよしてくれ」


 それはあまりにも突然だった。僕は咄嗟に隣に座っていたプリーストのルーと、斜め前で肉にかぶりついてる戦士ロブロイに目をやる。


 プリーストは気まずそうに顔を俯かせ、時おり窓の景色を気にしていた。戦士はただ久しぶりのステーキに夢中になっている。真っ直ぐにこちらを見据えてくるのは勇者リックだけ。


「冗談で言ってるんじゃない。以前から君には、パーティを去ってほしいと思っていたんだ。理由は、もう今更言わなくても分かると思うが」

「僕の魔法が至らないっていうのかい? それは違うよ、大間違いだ。なあ、この前リリスの洞窟に行った時も、アルガスの遺跡に潜った時も、僕はみんなを影からサポート——」

「笑わせんじゃねえよ! お前」


 不意に大食らいの戦士が話に割り込んでくる。いつだって乱暴に突っかかってくる彼は、モヒカン頭で筋肉質な外見そのままの性格で、何度も罵られたことを覚えている。


「いつもお前は足を引っ張ってばかりだったじゃねえか。それをサポートしてましたなんて、平気で抜かす神経が理解できねえ。何度お前がやられそうになったのを庇ったと思ってるんだ」


 基本的に戦士というものは、時として壁役としてパーティを危機から救うという役割を担う。僕は自分だけで危機を脱せられたところを、無理に庇われることが多かった。そうやって恩を着せてくるのが彼のやり方だった。


 ここは冷静に話をして、少しでも誤解が解けるように努力をするべきだ。そう考えた僕は、心を落ち着けようと一度深呼吸をした。


「聞いてくれ。僕はいつもロブロイ、君にバフ魔法をかけて筋力を増強させていたし、ルー……か弱い君が怪我をしないように防御力を高めていたりしたんだ。その効果が目に見えてわからないこともあるだろう。しかし、」


 まだ説明の途中だったというのに、リックは右手を前に出して僕を遮った。


「分かっている。確かにバフやデバフという魔法は重要だし、君の攻撃魔法もそこそこ役には立つ。しかし、それ以上にマイナスが大きいという判断をした。もう少し協調性を持ってほしかった」

「協調性? 勿論だとも。僕はいつだって君達に協力してきたじゃないか。相談にもしっかり乗ってきたし、何より仲間としてお互いを尊重していたんだよ。ルー、君はどう思う」


 彼女は一瞬だがビクリと肩を震わせた。隣に座る長い黒髪の少女は、十七歳という年齢のわりには幼く見える。リックとロブロイに責められていた時も、彼女だけは文句の一つも言わずただ見守ってくれていた。


「え? え……っと」


 小動物のような顔に困惑の色が浮かんでいる。いつもおどおどしているところがあったから、僕は特に彼女のことは支えてきたつもりだ。


 しかし、冷静な話し合いの途中で、ロブロイが一気に顔を赤く染めて怒りだした。


「なんでルーに話を振るんだよ! もう我慢ならねえ、こいつをぶん殴ってから放り出してやる!」

「待った! ロブロイ。それはダメだ」


 焦って止める勇者は、いささか狼狽しているようでもあった。前職はダンサーだったという異色の経歴の持ち主で、僕より一回り近く年下の二十歳。

 つまりいろいろと経験が浅く、本来ならパーティをまとめるような力はない。


 僕は最初から彼の才能に気がついていたし、逐一相談にのっていた。そして冒険者として力になろうと、こちらから誘って仲間になったんだ。


 でもいつしか彼は変わってしまった。吹雪のように冷たい男に。


「ノア。どんなに抗議しようと無駄だ。君を追放する。だが、一年近くパーティを組んで活動してきた功績として、最後にこれを渡そう」


 ゆっくりとした手つきで、リックは椅子の下に置いていた道具袋を開け、中から金を取り出してきてテーブルに置いた。小さなメダルが積み上げられ、普段ならば喜ぶところだが、手切金だと思うと到底喜べない。


「二十万Gある。これだけあれば一ヶ月は生活に困らないだろう」

「ふん! 俺はお前に金なんかやる必要ねえって言ったんだけどな。リックに感謝しろよ」


 積み上げられた金の小山を見て、僕は腹立たしさに震える。一年近くも汗水垂らして冒険者として活動してきたというのに、金で捨てようというのか。しかし、それでも……諦められないものがある。


 こうなればプライドなんて捨ててしまおう。すがるような目で僕は勇者を見る。


「お金で僕らの関係を終わらせようっていうのか。あんまりだよリック。頼む。僕はこのパーティから離れることになったら、きっとやっていけない。追放された僕とパーティを組んでくれる人は恐らくいない。もう冒険者としても、年齢的にはとても厳しいんだ」

「ダメだって言ってんだろうが! 何度言わすんだよてめえは」


 僕より三つも年下の戦士に、こうやって罵倒されるのはもはや日常だった。リックはただ僕の顔を眺めている。普通の人間なら、これだけ頼まれては悩みもするだろう。でも、仲間からの懇願に、勇者は氷のような瞳と声でそっけなく返すのみ。


「断る。君は魔術師として十分な成果を上げていないし、もう今後も変わることはないだろう。今日をもって、君を俺のパーティから追放する」


 あまりにも無慈悲。怒りと悲しさでどうにかなりそうになり、僕は静かにその場を立ち去った。


 今や手元にあるのは、手切金の二十万Gだけ。

 酒場を出てすぐ、リック達がいる窓際を見つめる。その時ルーと目が合ったが、彼女は慌てたように視線を逸らした。


 ああ、最低な一日だ! ロクでもない扱いを受け続けた末に追放されるなんて。もう絶望しかない。


 その後のことは、はっきりとは覚えていないんだ。心の中に湧き上がってくる様々な感情に翻弄されながらも、夜の街を歩き続けた。


 それから少しして、僕は忘れもしない美女と知り合うことになる。

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