第2話:可愛い王子様
淡い初恋を初恋と自覚しないまま、中学に上がった。
周りは恋愛の話で持ちきりだった。誰と誰が付き合った。誰が誰を好き。その誰と誰は全て、異性同士だった。
入学してしばらくすると、男子よりカッコいい女子が居ると噂になった。一人は隣のクラスの
クールで活発でわちょっとやんちゃで口が悪くて、だけどなんだかんだで優しくて、背が高くて男顔。そして、一人称が僕。応援団で学ランを着ていた時は男子にしか見えなかった。そんな彼女は、黒王子とか、黒馬の王子様とか呼ばれていた。何故黒王子なのかというと、王子様はもう一人いたから。もう一人の王子様は白王子と呼ばれていた。その子も女の子だった。ファンの女の子曰く、爽やかで丁寧で上品で『ミルクティーのような人』と独特な喩えをしてくれた。ちなみにその子曰く、黒王子はコーヒーらしい。ブラックではなく、ちょっと砂糖が入った甘さのあるコーヒーなのだとか。
そんなミルクティーみたいな甘い王子様と知り合ったのは、中一の夏休みのある日の帰り道。高架下で雨宿りをしている彼女を見つけて、私から声をかけた。
「良かったら送るよ。傘、一本しかないから一緒に入ることになっちゃうけど」
「えっ、あ、ありがとう」
傘を貸すと、彼女は当然のように私の傘を持って、私を濡らさないように自分の肩を濡らして歩いた。
「肩濡れちゃってる」
「いいよ私は。借りてる身だし」
「優しいんだね」
「そんなことないよ。普通だよ」
背が高くて爽やかで物腰が柔らかくて優しい人。白王子の特徴と一致していたけれど、彼女が白王子だとは思わなかった。カッコいいというよりは、可愛い人だったから。雰囲気も、顔も。声も。男っぽい黒王子を先に見ていたから余計にそう思ったのかもしれない。
「白王子って、月子のことだったんだね」
「あはは……男子だと思ってた?」
「ううん。女の子なのは知ってた。けど、カッコいい人だって聞いてたから。月子はカッコいいというより、可愛いじゃない?」
私がそう言うと彼女は「えっ」と目を丸くした。
「えっ?」
「……可愛いなんて、初めて言われた」
真っ赤になった顔を逸らして、彼女は言う。
「えぇ!? 月子は可愛いよ!」
驚いてしまったが、彼女の可愛すぎる反応は演技には思えなかった。演技だったらあざとすぎる。
「私、社交辞令苦手なんだ。だから今のは、本心だよ」
すると彼女は俯きながら「私なんかより君の方が可愛いよ」と言い返してきた。私が可愛い。それは事実。だけど、私の可愛さは誰かと比べるものではない。他の子の可愛さが自分より劣ってるなんて、思ったことはない。決して、私ほどじゃないとマウントをとっているわけじゃない。月子にもそう思ってほしくなかった。私の可愛いを素直に受け止めてほしかった。
「私の好きな子をなんかって言わないで。私が可愛いのは事実だけど、月子も同じくらい可愛いよ」
「お、同じくらい? それは言い過ぎだよ」
「素直に喜びなよ。本当は可愛いって言われたかったんでしょ?」
そう言うと、彼女は目を逸らしながらも、素直に頷いた。
「月子は可愛いよ。誰がなんと言おうと、私はそう言い続けるよ。可愛い。月子、可愛い」
「も、もう、良いよ、分かったから」
「ううん。分かってない。可愛いよ。月子」
「か、揶揄ってるでしょ」
「あははっ! ごめんごめん。よっぽど言われ慣れてないんだなって。けど、その反応すっごく可愛い」
「もう良いってばぁ……」
「ふふ。可愛い〜」
「もう! 帆波!」
「うふふ。きゃー! 月子が怒ったー!」
私はそれから、事あるごとに彼女に可愛いと言うようにした。周りは「嫌味だから間に受けない方がいいよ」と彼女に言った。ふざけるなと思った。彼女を傷つけてるのはどっちなんだと言い返そうとすると、彼女は「私は帆波の言葉を信じるよ」と言い返してくれた。初めてだった。そんなことを言ってくれる女の子は。
「……ありがとう。月子。私を信じてくれて」
「私はまだ、自分のこと可愛いと思えない。けど……帆波が優しい人だってことは知ってる。社交辞令でも嫌味でもない本心だってことは伝わってるよ。……ありがとう。こんな私を可愛いって言ってくれて」
「月子は可愛いよ。誰が何と言おうと可愛い。可愛い」
好き。無意識に口から溢れた言葉に、彼女は複雑そうな顔でお礼を言った。そしてその顔のまま「私も帆波が好きだよ」と返した。
「えっ。何その微妙な顔」
「えっ。微妙な顔してた?」
「してたよぉ。嬉しくない?」
「う、ううん。嬉しい。嬉しいよ。あはは……」
「?」
この時の月子の変な反応の答えが分かるのは、もう少し先。二年生になってからだった。
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