第1話:恋は異性間でするもの

帆波ほなみは本当に可愛いなぁ。あたしが男だったら彼女にしたいくらい』


 それが、私を溺愛する姉の口癖。

 私は幼い頃から家族や親戚に溺愛されて育った。可愛い可愛いと持て囃され、自分が可愛いと信じて疑ったことはない。


『帆波って、自分のこと可愛いって思ってるでしょ』


 褒められたら謙遜するのが美徳。そんな日本の常識は、私には理解出来なかった。褒めたのに「そんなことないよ」と言われると私は、本心から言っているのに信じてもらえていないみたいでモヤモヤする。だから私は他人からの褒め言葉を素直に受け取った。社交辞令なのにと、裏で笑われていることは知らないふりをして。


「帆波は可愛いねぇ」


 私は、私を本心から可愛いと褒めてくれる姉が大好きだった。私も姉のことを心の底から可愛い人だと思っていた。


「この人、あたしの彼氏」


 姉が初めて彼氏を連れてきた日、知らない男に姉を取られた気がしてショックだった。姉は、そんなめんどくさい私さえ「可愛い」と言ってくれた。


「私と彼氏、どっちが好き?」


「んー……どっちもじゃだめ?」


「やだ。私、一番が良い」


「えー。なにそれ。帆波はほんとお姉ちゃんのこと好きだね」


「大好き」


「んふふ。お姉ちゃんも、帆波のこと大好きだよ」


 私は姉のことが大好きだ。心の底から大好き。大好きだ。だけど、最終的にその大好きが嫉妬と憎悪に変わってしまうのは、決して姉のせいではない。お姉ちゃんはなにも悪くない。悪いのは全て、差別が蔓延る異性愛主義のこの世界だから。




 私はレズビアンだ。それを自覚したのはいつだったか忘れてしまったが、異性愛主義の世界に違和感を持つのは早かった。


『ねぇおかあさん、おひめさまは、おひめさまとけっこんできないの?』


 おとぎ話のお姫様には、いつだって王子様が居た。お姫様とお姫様が結ばれる物語がないことに違和感を覚えた私に、母は同性同士は結婚できないという残酷な現実を伝えた。理由を問うと『同性同士では子供ができないから』と母は答えた。

 だけど、小学校に上がると、クラスメイトに母子家庭の子が居た。ある時には、妊娠した女性が産まれた子を殺したニュースが流れた。結婚していなくても子供が出来ることを知った。

 じゃあ、なんで同性同士は結婚出来ないの?

 母はその質問にこう答えた。『恋愛は異性間でするものだから』と。


 その頃私は、クラスの担任の女性に恋をしていた。女性は男性と、男性は女性といつか恋に落ちるというのなら、この気持ちは恋ではないのだろうか。そう思っていた。

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