第61話
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061_内戦
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「今回はロドニー殿の世話にならぬように、したいものよ」
バニュウサス伯爵は出陣前にそう言って、笑った。
夏の暑さの中、北部貴族軍は南下する。船だとすぐだが、行軍だと20日ほどかかる。
最下級とはいえ、貴族なのでロドニーは騎馬に乗って移動している。だが、夏の行軍がこんなにも苦痛だとは思わなかったと、ロドニーは汗を拭った。
太陽光を遮るものがない。風もほとんど吹いていない。蒸し暑くはないが、それでも日影がないのは厳しい。
「フェルト、お前、暑くないのか?」
獣人は目立つので、マントで全身を隠している。ロドニーの案だが、言った本人が大丈夫かと心配になる。
「これくらいなら問題ないぞ」
獣人というのは、暑さ寒さに強く、飢餓にも強い。なんとも逞しい種族だと、感心する。
そこでふと思った。『氷水操作』で自分の周囲の温度を下げられないかと。
「やってみるもんだな」
自分の周囲だけ5度ほど温度を下げることができた。『氷水操作』が寒さに強いのは理解していたが、こんな使い方もできるのだとほほ笑む。
その後、デデル領軍を包むように温度を下げると、皆がロドニーに感謝した。
行軍は順調に進んで王都の郊外へと到着したのは、バッサムを発って17日後のことだった。
道中、なんの抵抗もなかったのは、王家が戦力を王都に集めたからだろう。
ロドニーが王都近郊に到着して10日ほどで全ての貴族軍が、王都を包囲するように布陣した。
北部はバニュウサス伯爵家が中心となった軍2500と、パロソフ侯爵家が中心となった軍2600、合わせて5100である。東西南の各貴族軍も規模はそれほど変わらないため、総兵力は2万になった。
王都には古代兵器が設置されている。しかも、1台や2台ではない。王都を護るために、これまで王家が集めた古代兵器が10カ所ほどに設置されている。下手に近づけば、ジャバル王国軍が要塞化したバナシアを攻めようとした王国軍と同様に消滅することになるだろう。
だが、策はあった。
王家が抱える軍は、騎士団を含めた2軍団。だが、それも最近やっと兵員の補充が終わって、正規の兵員数になったばかりだ。
その2軍団で王都を防衛し、さらには貴族軍を撃退しなければならない。
騎士団を構成しているのは、貴族の子弟である。宮廷貴族だけでなく領地持ち貴族の次男や三男といった者たちが所属している。領地持ち貴族の子弟はそこまで多くはないが、それでも3割ほどがその関係者である。
そういった領地持ち貴族の関係者が、王都の内で反旗を翻したのだ。反旗を翻した騎士団員は、古代兵器を占拠するか破壊した。そのおかげで王家が使える古代兵器は4台になってしまった。それでも、まだ4台もあるのだが。
「夜陰に紛れて、攻め込みましょう」
軍議が行われ、夜襲をかけることになった。
ロドニーのデデル領軍は、バニュウサス伯爵軍の後方に置かれた。そのため、夜襲には参加していない。
ロドニーは王都から届く爆発音や将兵の声を聞いている。夜の闇の中から聞こえる音は、想像力を掻き立てる。
今、あの闇の中では何が行われているのか。誰かが死んでいるかもしれない。誰かが助けを求めているかもしれない。だが、ここからでは何も見えない。
「待つというのは、性に合わんな」
「某もです」
ホルトスが同意し、夜陰に視線を彷徨わせる。
「俺は間違ったかもしれない」
「いきなりですな。何を間違われたのでしょうか?」
ロドニーは闇を見つめる。王都のある方角だ。
「この戦いは、おそらく貴族連合軍が勝つだろう」
「某も同感です」
「では、勝った後はどうなる」
「……勝った後は、4大臣や官僚たちが粛清されましょう」
「それは過程の話だ。貴族連合軍は王家の直轄領を皆で分けるだろう」
「これだけの軍を動かしたのです。そうなる可能性は高いでしょう」
「貴族連合軍が自分たちの利益だけを追求したらどうなる?」
「……内部分裂ですか」
「血で血を洗う勢力争いが起きるだろう」
「………」
各勢力が王家の直轄領を巡って争う中、デデル領軍だけ帰ることはできない。そうなると、この戦力では心もとない。青狼族を半分連れてくれば良かったと、後悔するロドニーだった。
そして、この考えが間違っていればいいとも思っていた時だ、闇を切り裂くような閃光が迸った。その数秒後、轟音がロドニーの耳に届く。
「ビームが使われたか。なんて愚かなことを……」
ビーム砲は威力が高い。敵を屠るにはこれ以上ないほど有用な兵器だ。だが、ビーム砲が使われたのは、王都の中だ。戦果を逃れようと王都を離れた住民もいるが、そういった者は極少数だ。多くの住民が家の中で身を小さくして戦いが終わるのを待っている。
そんな王都の中でビーム砲を使えば、敵も屠れるが住民にも被害が出る。あの光によってどれだけの罪もない住民が死んだことか。
「内戦が終わっても、住民が居れば復興も早いというのに」
そこでまた閃光が走った。王家は見境なしにビーム砲を使っているようだと、嘆息する。
何度もビームの閃光が走ったことで、貴族連合軍に多くの被害が出ていると思われた。その光を受けた中に、ロドニーの知り合いがいないことを願うしかない。
ただ、賢者ダグルドールならビームを弾き返しそうだと、思わず苦笑した。
「そろそろ夜が明けます」
ホルトスが白み始めた遠い空を見ていた。
空が徐々に明るくなってくると、ポツリポツリと雨が降り始めた。
雨脚は次第に強くなっていく。まるで天が泣いているようだと、ロドニーは思った。
昼すぎに軍議が開かれた。集まった貴族たちの半分ほどは、敵兵の返り血や泥に塗れていた。いずれも下級の騎士爵や男爵といった地位の者である。
ロドニーと友好がある子爵が、返り血を浴びていた。子爵家はいくつも参戦しているが、返り血を浴びているのはその子爵だけだった。武門の家柄と、いつか言っていたのを思い出した。
「古代兵器は全部使用できない。攻めるのなら今でしょう」
「敵の数は少ない。昨夜の戦いも総力で守っていたはず。疲れがあるはずです」
北部の貴族軍にビームの被害はなかった。南部と西部にビーム攻撃の被害があったらしいが、それも軽微らしい。闇雲にビーム砲を撃っても、当たらなければ意味がないということだ。
だが、王都の建築物にかなりの被害があったらしい。住民にもかなりの数に被害があったようだ。
「このまま一気に押しつぶしましょうぞ!」
北部貴族軍はあまり被害を出していないため、士気は高い。
他の貴族軍もすぐに総攻撃することになった。北部はバニュウサス伯爵とパロソフ侯爵がまとめているが、他の貴族軍は指揮下にない。そのため、共闘はしても手柄の取り合いになる。どの地域の貴族軍が最初に王城へ突入するのか。誰が国王を確保するのか。誰が大臣を確保するのか。各貴族軍で競争なのだ。
軍議が終わりテントの外に出ると、雨は上がっていた。夏の日差しが戻り、蒸し暑くなりそうだと太陽の光を手で遮るロドニー。
「進軍する。急げ」
「「「応!」」」
デデル領軍の陣に戻ったロドニーは、領兵を3名だけ残して王都へ向かった。
騎馬には乗らない。市街戦では邪魔になると思ったのだ。それに、ロドニーが本気を出せば馬よりも速く走れる。それについてこれるのはフェルドくらいだろう。
ぬかるんだ地面を、泥が跳ねるのもお構いなしに速足で進む。これからは他の貴族との競争だ。
手柄を立てて名を上げる。そんなことは考えていないが、戦いを後ろから見ているのは性に合わないだけだ。
こんな考えになれたのも、生命光石を経口摂取できるからだろう。圧倒的な根源力を持った驕りなのかもしれない。だが、自分に何ができるのか、見てみたいのだ。
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