第48話

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 048_島探索

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 モーターを水冷する自動車はなんとか荷物を運んでくれた。ただし、その速度は人が歩くくらいのゆっくりなものであった。

 これでは馬車のほうがマシなのでもう少しなんとかしたいと悩んでいると、エミリアが廃屋の迷宮の7層から帰ってきた。


「お兄ちゃん、『氷球』を覚えたよ」

「おめでとう、エミリア」

「これで島のラビリンスの探索をしてもいいよね!」


 そうだなと浮かない顔で応えると、エミリアはどうしたのと聞いた。

 ロドニーは自動車の開発が上手くいっていないと、愚痴った。


「なんだ、そんなことか」

「そんなことって、結構行き詰っているんだぞ」

「そのモーターというのが1つじゃ足りなければ、2つや3つにすればいいじゃん」

「……エミリアは天才だ!」


 ロドニーは自動車に積むモーターを2つにしてみると、最高速がかなり上昇した。おそらく馬車の倍くらいの速度が出ている。

 今はこれでいい。馬車の倍も速度が出れば、文句はない。


「ダブルモーター。いけるじゃないか!」


 ダブルモーターの自動車ができたことで、荷物の運搬は軌道に乗るだろう。あとは誰かに操作方法を教え、運用を任せればいい。

 ここで線路上を走る自動車を正式に電車と呼称することにした。


 自動車の開発の一定のケリがついたことで、ロドニーは島のラビリンスを探索することにした。


 若い領兵もかなり成長していることで、30名の領兵を連れて島に渡る。島の周辺は岩礁が多く小型の船を漁師に出してもらった。

 砂浜に上陸し、そこにテントを設置してベースキャンプにする。


「ホルトスはキャンプ地の確保、ロドメルとロクスウェルは俺と共に森に入るぞ」

「「「はっ」」」


 ロドニー、エミリア、ユーリン、ロドメル、ロクスウェル、そして領兵20名が島の奥へと入っていく。


「ねえ、お兄ちゃん。この島、暑くない?」


 森に一歩入るとエミリアが言うように、島の気温はかなり暑かった。

 今は夏なので最北のデデル領でもそれなりに暑い。この島はデデル領の目の前にあるにもかかわらず、気温がさらに5度程高く感じる。


「この暑さが、探索の妨げになっています」


 気温は30度前後とかなり高い。だが、問題は気温よりも湿度だ。熱帯雨林のような蒸し暑さがあり、汗が噴き出してくる。

 このような暑さに慣れない領兵たちは辟易した表情をしている。


 歩く度に体力が削られていくような暑さの中、ロドニーたちは横二列になって森を進む。

 一列目の真ん中のロクスウェルが、何かを見つけたようで部隊を止める。


「どうした、ロクスウェル」


 しゃがみこんで何かを見ているロクスウェルに、ロドメルが声をかけた。

 2人が並ぶと、小枝と大木のように太さが違う。ロクスウェルは細身の長身、ロドメルは横にも縦にも大きい。


「この植物を見てください」


 ロクスウェルが見ていた植物は、薬草だと思われる。

 従士たちには得意分野があって、ロクスウェルは薬草について博学だ。ロドニーも薬草の知識はあるが、ロクスウェルには負ける。そのロクスウェルが珍しい薬草だと言うその植物を持ち帰ることにした。

 薬草はかなり広範囲にあって、この島は植生が豊かなのが分かる。さらに、果物も豊富だったので、モモに似た果物を食べて水分を補給する。


 何度目かの停止。だが、今回はロクスウェルの目が厳しい。


「セルバヌイだ」


 小声でそう伝えると、領兵たちが腰を低くして急な対応ができるように身構えた。

 領兵の多くはセルバヌイの気配が感じられない。ロドニーは『鋭敏』によって、その気配を感じ取っていた。

 それは美しいエメラルドグリーンの鱗を持つ巨大なヘビのセルバヌイだった。音もなく進んでくるそれは、体長12ロム(24メートル)、太さは0.5ロムはありそうな巨体だ。


「大ヘビだ。戦闘隊形!」


 ロドメルが指示を出すと領兵たちが素早く戦闘隊形に移行した。よく訓練されているのが、分かる動きだ。

 体をくねらせて迫って来る大ヘビ。その迫力は歴戦のロドメルでも冷や汗を流す威容であった。


 領兵たちが大ヘビと戦闘に入った。巨大な胴体に剣を叩きこんだが、剣は弾かれた。


「話には聞いていたが、本当に赤真鋼の剣を弾いたぞ」


 決して領兵が弱いわけではない。むしろ、かなりの腕前だ。それでも領兵たちの剣は硬い鱗に阻まれ、弾力のある肉体に衝撃が吸収されて傷を与えることができないのだ。


「某も参戦します」

「待て、ロドメル。俺に考えがある」


 戦斧を手にしたロドメルを制止して、ロドニーは領兵たちを引かせた。

 鎌首を持ち上げた巨大ヘビに向かって、根源力を発動した。


「ブリザード」


 イメージした吹雪を発動させた。これは水と氷を思うままに操れる『氷水操作』があるからできることだ。


 ブリザードは大ヘビの周囲に吹雪が発生させ、気温を一気に下げた。熱帯雨林のような暑さが、一気に極寒の冬になったようだ。

 大ヘビが嫌がる素振りを見せ、その動きが徐々に悪くなっていく。


(ヘビは変温動物だから寒さに弱いと思ってやってみたが、正解だったようだ)


 全ての変温動物が寒さに弱いわけではないが、ヘビならばと思ったロドニーの思惑が当たった。大ヘビはとぐろを巻き、動かなくなったのだ。


「今だ、かかれ!」

「「「応っ!」」」


 領兵たちが一気に飛びかかる。剣が大ヘビに傷をつけるが、大ヘビは動く気配がない。仮に動いてもかなり緩慢な動きになることだろう。


「切れたぞ!」

「これならやれるぞ!」


 大ヘビの鱗や皮は凍りついていて硬いものの、先ほどまでのような弾力はなかった。弾力がない鱗は赤真鋼の剣で傷つけることができ、その下の皮をも切り裂いた。


 ほどなくして大ヘビは塵となって消えた。あれほど苦労した大ヘビ討伐が、ロドニーの支援によってこんなにあっけなく終わるものかとロドメルたちは感心した。


「ロドニー様。今のはどういうことでしょうか?」


 ヘビは寒さに弱いと、ロドメルに教える。


「お兄ちゃん、私の『氷球』でヘビを弱らすことはできないの?」

「やってみないと分からないが、『氷球』なら同じ効果が得られるかもな。それに1発でダメなら、2発、3発と撃てばいい」

「それじゃあ、次は私ね!」


 次に現れた大ヘビに、エミリアの『氷球』2発で動きを止めることができた。

 その次の大ヘビは、領兵たちが『流体爆発弾』と『高速回転四散弾』7発で倒した。

 大ヘビの鱗と体の弾力は、『流体爆発弾』と『高速回転四散弾』の力を受け流すことができるようで、思っていたようなダメージは与えられなかった。

 大ヘビには氷属性根源力の相性がいいという結論に至った。


「大ヘビです。色が黒です!」


 今までのエメラルドグリーンの大ヘビではなく、真っ黒な鱗の大ヘビだ。体長は7ロムと小さくなったものの、その顔は毒を持っていそうな三角で巨大な牙も毒を思い起こすものだ。


「毒を持っていそうだ。『流体爆発弾』と『高速回転四散弾』で攻撃して、近づけるな」

「「「応っ!」」」


 領兵たちが『流体爆発弾』と『高速回転四散弾』を撃つ。4発で倒れた黒ヘビはエメラルドグリーンの大ヘビほど防御力は高くない。それを考えると、毒を持っていると考えるのが妥当だろう。ただ、それを確かめるために、毒を受けるつもりはない。それに、ロドニーには『快癒』があるので、毒は効かないのだ。


「次は氷で動かなくなるか、確認するぞ」

「任せておいて!」


 エメラルドグリーン大ヘビを挟んで黒大ヘビと戦った。黒大ヘビも氷には弱く、エミリアの『氷球』2発で動かなくなって倒せた。


 探索は順調に進み、薬草も順調に採取できている。

 そんな中、ロドニーはあることに気がついてしまった。


「これ……ゴムの木か」


 戦闘の余波で傷ついた木から樹液が垂れていた。その樹液がロドニーの知識にあるゴムに似ていた。

 思わぬ発見に、ロドニーの頬が緩む。とは言え、ここはラビリンスの中なので、中途半端な場所でゴムの採取はできない。


「ゴムと言うと、ロドニーがタイヤになると言っていたものですか?」

「そうだよ、ユーリン。これがもしゴムなら、自動車だけではなく普通の馬車のタイヤにも使えるんだ」


 自動車の開発は、正直言ってかなり暗礁に乗り上げている。

 ガリムシロップ工房とビール工房、そして港を結ぶ線路を走る電車はなんとかなったが、線路を走らない自動車ともなると技術者の知識が必要だ。


 今日は西側を主に探索した。

 薬草や果物が豊富なラビリンスであり、ゴムと思われる木もあった。

 出てくるセルバヌイはエメラルドグリーン大ヘビと黒大ヘビ。2種類の大ヘビの弱点や倒し方が分かったことは、大きな進展だった。


 帰りの道中も大ヘビは出てきた。だが、攻略法を確立したため、気配にさえ気づければ危険は大きくない。

 ベースキャンプである砂浜に戻った頃には、日が傾きかけていた。


 

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