第20話
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020_新たな根源力
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デデル領ガルス村にハックルホフ貿易商会のマナスがやってきた。
マナスはガリムシロップ工房でガリムシロップを受け取る前に、ロドニーを訪ねてきたのだ。
「こちらがロドニー様よりご注文いただいておりましたものです」
「手を煩わせて済まなかったな、マナス」
「いえいえ。しっかり儲けさせていただいておりますので、このくらいなんでもございません」
マナスから受け取ったのは、他の領地にあるラビリンスから産出される生命光石だった。
経口摂取すれば確実に根源力を得られるロドニーにとって、生命光石さえあれば色々な根源力を集めることができる。だからマナスに欲しいと思った生命光石を買い付けてきて欲しいと頼んだのだ。
「それで、いくらになった?」
「お代は不要にございます」
「ん?」
「商会長のお言葉をお伝えしますと、孫に贈り物だと仰っておりました」
「本人が居たら無理やり代金を渡すところだが、マナスに渡してはマナスが困るか。了解だ、祖父からの贈り物に感謝すると伝えてくれ」
「それが、もう1つ伝言があります」
「なんだ?」
「お礼は冬になる前に直接言いに来てほしいとのことです」
孫の顔を見たいハックルホフの策略であった。祖父としてみれば、可愛い孫に会いたいのだ。
「そうだな。収穫が終わったらバッサムに行くと伝えてくれ」
「商会長が喜びます」
マナスはガリムシロップ工房でガリムシロップを積み込んで帰っていった。
その後、ロドニーは酒蔵に立ち寄って醸造の様子を確認した。
「発芽が確認できましたので、乾燥室に移したところです」
この若者は従士ホルトスの次男、名をドメアスという。ザバルジェーン領のケルペという小さな町でマリーデ造りの職人をしていたところをロドニーに呼び戻されて酒蔵の責任者になっている。
「ビール造りはまだ始まったばかりだ。失敗を恐れずに美味いビールを造ってくれ」
「誠心誠意努力します」
シシカムから酒を造るのは初めてだが、ドメアスはよくやっているとロドニーは評価している。
「乾燥後、粉砕してくれ。また来るよ」
「はい。承知しました」
製法は最初に説明しているが、細かいところは職人の勘に頼らざるを得ない。だから失敗してもドメアスを責めることはしないと、ロドニーは誓っている。
そして、酒蔵を任せた以上は、信じてビールができるのを待つつもりだ。もちろん、最初の製造はドメアスも分からないことばかりだろうから、その都度ロドニーが分かる範囲のことを教えている。
次は新領主屋敷の建築現場を視察した。まだ土台に着手したばかりだが、その広さは今の家の及ぶものではない。
さらに海岸へ向かった。海には数隻の船が出ていて漁をしている。小規模の漁船なので、近海で漁をしている。デデル領に遠洋漁業ができる船はない。
そんな長閑な海岸には、エミリアとユーリンの姿があった。
エミリアは砂浜だというのに、圧倒的な速度で動いていた。まるで砂の上を滑っているように、ロドニーには見えた。
一方、ユーリンはその逆で、巨石に向かって大剣を振った。最上段から振り下ろされた大剣は、巨石を真っ二つに切り裂いた。さらに大剣を軽々と操って巨石を粉々に斬り刻んだのだ。
「やってるな。根源力は使い熟せているようで、何よりだ」
「見てよ、お兄ちゃん。以前と段違いに速いよ!」
「この力は素晴らしいです。ドロニー様」
エミリアは『加速』、ユーリンは『怪腕』を得た。2人は生命光石からこれらの根源力を得たのではなく、ロドニーの根源力を分け与えたのだ。
廃屋の迷宮の3層で発見した黒ルルミルとの激闘の後、2個の生命光石が残った。ロドニーがその生命光石を経口摂取したところ、『結合』と『分離』という根源力を得た。
『結合』はあるものとあるものを結びつける根源力で、『分離』は結合しているものを別けることができる根源力だ。
ロドニーは『分離』を使って『加速』と『怪腕』を自分から別け、その後に『結合』を使ってエミリアに『加速』、ユーリンに『怪腕』を付けた。
ロドニー自身は、経口摂取によって再び『加速』と『怪腕』を得ることができるので、今後は従士や領兵に良い根源力を与えたいと思っている。
問題は2点ある。1つ目は経口摂取による激痛だ。人に根源力を与えることで、再びその根源力をロドニーが得るのにあの激痛があるのは、かなりマイナス要因だ。
2つ目はロドニーが持っていた根源力を誰かに『結合』し、さらに2つめの根源力を結合させようとしてもできないということ。ただし、1つ目を『分離』させると別の根源力を『結合』させることができる。
許容量が1つという可能性が高いと考えたが、ユーリンが持っていた根源力をロドニーに『結合』した場合、複数を『結合』することができた。理由は分からないが、仮定として『結合』の持ち主だからというものが考えられた。
さらに、根源力と根源力を『結合』させることができた。『高熱弾』と『炎弾』を『結合』させて『高熱炎弾』にすることができたのだ。
『高熱炎弾』は黒ルルミルとの戦いでロドニーが使ったものだが、使用にはかなりの集中が必要になり、使用するとかなり疲弊した。
無理やり根源力をくっつけたことでそうなったのだが、『結合』した『高熱炎弾』は普通に発動させることができた。おかげで、高威力の遠距離攻撃の手段ができたと、ロドニーは喜んだ。
この根源力を複数『結合』した根源力もロドニーは複数持つことができたが、ユーリンたちは1つしか持てなかった。
『高熱炎弾』は『高熱弾』よりもはるかに射程距離が長く、飛翔速度も速い。さらに威力も高いため使用するには慎重にならざるを得ないが、切り札になる根源力として期待できる。
『高熱炎弾』はエミリアとユーリンも欲しいと言うので、白ルルミルを捜すことにした。かなり苦労したが、2体の白ルルミルを発見して生命光石を得ることができた。
ロドニーはユーリンとエミリアに『高熱炎弾』を与え、2人と共に『高熱炎弾』の制御を訓練することにした。
普通に発動できる『高熱炎弾』だが、訓練しなければ命中精度が悪いのだ。特に距離が離れれば離れるほど命中精度は悪くなる。
『剛力』などの身体能力を上げる根源力は簡単に使い熟す2人も、放出系の根源力はそこまで天才を発揮できないようだ。そこはロドニーと同じだと、少しだけホッとするロドニーだった。
船の居ない方角に向かって、『高熱炎弾』を発動させる。炎の帯を残して高速で飛翔した『高熱炎弾』は、100ロムほど先の海に着弾して巨大な水柱を作った。
小舟に乗っている漁師たちが、それに驚いて船の上で棒立ちになった。
「お兄ちゃん、漁師さんたちが驚いているじゃないの」
「『高熱炎弾』はラビリンスの中で訓練することにするよ」
「それがいいですね、ロドニー様」
『高熱炎弾』の訓練はラビリンスの中ですることにして、ロドニーは『カシマ古流』の訓練をすることにした。
型を正確になぞり、動き方を体に馴染ませる。それができないと、カシマ古流本来の動きはできない。
家に帰ると、マナスが届けてくれた生命光石を経口摂取することにした。
また苦しみもがくことになるが、それによって根源力を得られるのだから、我慢だと思ってやっている。
数度の苦痛を経てロドニーが得た根源力は、『強化』『増強』『召喚』『疾風』の4つ。
この中で『強化』と『増強』は共に根源力の効果を高めることができるというもので、補助的な根源力だ。それに対して『疾風』は『加速』と同様に身体的な速度を上昇させるものだ。
異色なのは『召喚』である。この『召喚』は生命光石を消費することで、1体のセルバヌイを具現化させて使役できる根源力になる。ただし、具現化させたセルバヌイを送還しても、生命光石は戻ってこない。そのため、具現化したセルバヌイをそのまま使役し続ける者が多い。
悪霊のように餌が不要なセルバヌイも存在するが、召喚したセルバヌイも生きているため餌が必要になる。馬を飼うよりもその餌代は高くなる傾向があるので、費用対効果を考えて召喚しなければならない。
さらに、強力なセルバヌイほど使役しにくく、召喚者の命令を聞かなくなる場合もある。召喚したセルバヌイが召喚者の命令を聞かない場合、本能の赴くままに人間を殺戮していくのでかなり危険だ。
「お兄ちゃんは、どんなセルバヌイを使役するつもりなの?」
「できれば、岩巨人を使役したいな」
岩巨人は体長2ロムもある岩の巨人だ。全身が岩の大型セルバヌイとして、それなりに有名である。岩巨人はクオード王国の南部にあるラビリンスのセルバヌイで、その生命光石の産出量はかなり少ない。しかも、その生命光石は市場には出回らないので、手に入れるのはかなり難しい。
「お兄ちゃんが岩巨人なら、私は鉄猫かな」
「鉄猫の生命光石は、岩巨人よりも手に入らないぞ」
鉄猫は全身が鉄のような毛で覆われている猫型のセルバヌイだ。猫型だけあって動きが俊敏である。この鉄猫はクオード王国の隣国のラビリンスで産出される生命光石なので、手に入れるのはかなり難しい。
「でも、可愛いって聞くよ」
「手に入ったらいいな」
「うん」
ユーリンにもどんなセルバヌイを使役したいか聞いたら、剣馬だと即答した。剣馬は馬型でスマートな容姿から、騎士に人気があるセルバヌイだ。王都だと道を歩いているセルバヌイの3分の1は剣馬だと言われている。
もっとも、2人には『高熱炎弾』を『結合』で与えているので、『召喚』を与えることはできない。
今回得た『増強』を使い熟せれば、もしかしたら『召喚』枠を増やせる可能性がある。もうすぐ来る長い冬に、『増強』などの根源力の使い方を訓練するつもりでいる。
ロドニーたちが根源力の話をしていると、家の外が騒がしくなった。
『高熱炎弾』の衝撃のせいで魚が気絶して海面に浮かび、豊漁になった漁師たちから魚を持ってきたのだ。
「まぁまぁ、こんなにありがとうね」
「今日は領主様のおかげで大量でした。ありがとうございます」
母のシャルメとメイドのリティがたくさんの魚を受け取った。
「こんなにたくさんあっても、ウチだけでは食べ切れないから、従士の家にも持って行ってあげて」
「畏まりました」
たくさんの魚が家に届けられ、従士の家にもおすそ分けしたほどだ。
翌日、ロドニーたちは廃屋の迷宮の5層を探索した。かなり奥に実をつけている木があった。その実は前世の記憶にあるリンゴに似ていたが、最北の片田舎の村なので果物があまり流通してないのもあってか、この世界で見たことはないものだった。だから、素直にリンゴと名づけた。
「美味しい!」
リンゴを齧ったエミリアの頬が緩む。
「おい、毒があるかもしれないから、軽々しく口にするなよ」
「これは大丈夫よ。私の勘がそう言っていたもん」
エミリアにも困ったものだと、ロドニーとユーリンは苦笑した。思いがけずエミリアのおかげで毒見ができたので、ロドニーとユーリンもリンゴを食べる。
前世の記憶にあるリンゴよりも酸味がやや強いが、甘味も強くていい具合に調和していて美味しかった。
ロドニーは若い木を持ち帰ることにした。リンゴであれば、寒い地域でも育てることができるはずだ。問題はラビリンス内でしか生育しない可能性と、台風だろう。
もし、ラビリンスの外で育たないのであれば、この5層でリンゴを収穫すれば食卓が豊かになると思った。
秋になって収穫が終わる頃になると、リンゴの若木は根を張っていた。このまま育ってくれれば、数年後にはリンゴが収穫できるだろう。
ロドニーはエミリアとシャルメを連れて、ザバルジェーン領バッサムへと向かった。
道中、盗賊に襲われることもなくバッサムへ到着すると、ロドニーはバニュウサス伯爵の大鷲城へと赴いた。
バニュウサス伯爵家には隣国との戦争への出征命令が下っていたが、伯爵は大鷲城に居た。家臣や分家の者を代理として軍を率いらせるのは、大貴族であったら普通のことだ。
それがロドニーのフォルバス騎士爵家のように、下級貴族の吹けば飛ぶような小さな家だと、当主やその嫡子が出征するのが慣例だ。
ロドニーは父親の戦死によって3年間は出征を免除されているが、それもあと1年半ほどで終わってしまう。それ以降は、ロドニーにも出征の命令が下されるだろう。
できれば戦場などに出たくはないが、命令が下されれば行かざるを得ないのが貴族の責任なのだ。
「今回は負け戦らしいぞ、ロドニー殿」
不意にバニュウサス伯爵がそう語った。
「そうなのですか?」
「前回の争いで、かなり押し込んだらしい。ジャバル王国は奪われた土地を奪い返すために、鼻息が荒いということだ」
クオード王国は東にある隣国ジャバル王国と長年争っている。父親のベックが戦死した戦いでジャバル王国を大きく後退させたらしく、今回は厳しい反撃があるだろうとバニュウサス伯爵は見ていた。
「あと1年半でフォルバス家も出征の命令が下されるかもしれないが、その時には勝ち戦であればいいな」
「当家のような小さな家は、閣下の庇護下で細々と命を長らえさせてもらうしかありません。その時は、よしなにお願いいたします」
今回の訪問で、バニュウサス伯爵家にしていた借金の半額を返済した。来年の今頃には完済しているだろう。これで誰に憚ることなく産業育成に資金を注ぎ込める。
さらに、1年半後に出征免除が失効しても経口摂取で根源力を得られることから、今よりもはるかに多い根源力を手に入れているだろう。
戦場へ出たとしても生きて帰れる可能性が高くなるのだから、ハックルホフに頼ってでも多くの根源力を手にしたい。
バニュウサス伯爵には、今回もガリムシロップを贈った。寄らば大樹の陰のためには、バニュウサス伯爵の心証を良くしておくのは当然のことだ。
さらに出来立てほやほやのビールも贈った。アルコール度は10パーセント程度だと思う。この世界のワインに似た酒、マリーデよりややアルコール度は低い。
このビールは加糖用にガリムシロップを加えているため、苦みの中にガリムシロップの香ばしさがるある味わい深いビールになった。
「この泡は……なんだね?」
「それがビールの特徴です。閣下」
バニュウサス伯爵はビールの匂いを嗅ぎ、ひと口含んだ。
「むっ、苦い……だが、香ばしくもある……それにこのシュワシュワしたものは……なんと言うか、斬新な飲み物だ」
「このビールは、最初に飲む1杯目が一番美味しいのです、閣下。ですから、最初の1杯目は一気に飲むほうが良いでしょう」
ロドニーが喉を鳴らして上唇に泡が付くのも気にせずに、ビールを一気に呷った。
それを見ていたバニュウサス伯爵も一気に呷った。喉を鳴らした瞬間、目を見開いた。
「おお、これはいい。このシュワシュワが喉を刺激して、もっと飲みたいと言っているようだ」
バニュウサス伯爵はビールが気に入ったようだ。
「ビールは夏の暑い日に冷やして飲むのが一番美味しいです。残念ながらこれから冬ですが、それはそれで美味しいですよ」
「どちらにしても美味いということだな!」
ビールをキンキンに冷やすのは、簡単ではない。だが、バニュウサス伯爵家ほどの大貴族になれば、『冷凍』や『冷却』の根源力を持った家臣の1人くらいは居るだろうと思って提案した。
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