第19話
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019_黒ルルミルとの激闘
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短い夏が過ぎ去ろうとしているデデル領だったが、昨日の夜から風が強くなって今は雨も激しく降っている。家の木戸を激しく揺らして打ち鳴らす風雨の音が、台風の到来を告げていた。
「家、飛ばされないかな?」
エミリアが雨漏りの雫を桶で受けて、不安そうに呟いた。
「この家もかなり古いから心配だわね」
シャルメもまた桶を床に置いて、滴る雨水を受けた。
フォルバス家の家は数カ所で雨漏りがして、これが貴族の住む場所かと思うような酷い有り様だ。
「酒蔵が完成したから、次は領主屋敷を建てるよ。もう少し我慢してくれ」
数日前に酒蔵が完成したので、今度は領主館を建てることになっている。
「私の部屋は2階がいいなー」
「お母さんも2階がいいわ」
「石造りの2階建てにしているから安心してくれ。2人の部屋はちゃんと2階にあるから」
この台風はかなり大きなもので、デデル領にその爪痕を残すことになった。台風が通過した後、作物に多くの被害が出てしまった。
「今年の収獲は昨年の7割もないか……」
「残念ながら」
キリスが被害状況をまとめてくれた。
「まだ台風の季節ではないので、予断を許さない状況です」
昨年はまったく台風の被害がなかった。こればかりは天災なのでどうにもならないが、悔しかった。
「家が倒壊した者は、どれほどだ?」
「不幸中の幸いと言うべきか、1棟が倒壊しただけです」
「その家の者たちは領兵の兵舎にしばらく住ませることにする。ロドメル、手配を頼む」
「承知しました」
台風はこれからが季節になる。今回はやや早かったので、再び台風の被害があると考えておかないといけないだろう。
そんな中、ペルトが領兵用の真鋼の防具が6セットできたと言ってきた。領兵用の赤真鋼の鎧は、15セット頼んでいる。残り9セットをできるだけ早く仕上げてほしいと要望した。
すでに従士には武器と防具が支給されているため、ロドメルたちが真新しい赤真鋼の鎧や武器を使っている。
鎧の質は従士よりも落ちるが、それでも赤真鋼の鎧だ。領兵たちが使っている今の鎧よりは、はるかに上質なものである。
「ケルド、どうだ? 不都合があれば、言ってくれ」
「動きを阻害しませんし、今までの鎧よりも動きやすいです。それなのに、ちゃんと急所を護ってくれてます」
「それなら良かった」
身につけた感じは、精鋭領兵の6名に好評だった。あとはこれで実際に戦闘を行って不具合がなければいい。
「しかし、こんな良いものをいいのですか?」
「構わんが、当面は貸し出すだけだぞ」
「真鋼の防具を貸していただけるだけでも感謝します。大事に使わせてもらいます」
「大事に使うのはいいが、大事なのは命だ。防具は命を護るためにあると思って使ってくれよ」
「はい、そうさせてもらいます」
ロドニーは防具が傷ついた時は、ペルトにメンテナンスに出すように命じた。領兵たちはメンテナンスという言葉を知らなかったが、それはペルトも同じだった。
鎧の保守や維持、そして良い状態を管理することだと教えて、こまめにメンテナンスをするように言い聞かせた。もちろん、その費用は領主であるロドニーが負担する。
精鋭領兵たちはさっそく赤真鋼の鎧の具合を確認すると、廃屋の迷宮に入っていった。真新しい赤真鋼の鎧を着た精鋭領兵たちが廃屋の迷宮に入っていく姿を、他の領兵たちが目をキラキラさせて見ていた。
「4層よりも深い層を探索をする領兵には、用意出来次第赤真鋼の鎧を貸し与える。それに能力給も増えるから、気合を入れて取り組んでくれ」
「「「はい!」」」
ロドニーが檄を飛ばすと、領兵たちが気合の入った返事をした。
ペルトにはメンテナンスを優先し、鎧を15セット造った後は剣と槍を造ってほしいと頼んだ。防御の後の攻撃である。
「ところで、ロドニー様の鎧は造らないのですか?」
「ん、俺か? そういえば、鎧は造ってなかったな」
「領兵に真鋼の鎧を与えておいて、領主であるロドニー様が革鎧では様になりませんよ」
「ペルトの言う通りにです。ロドニー様も真鋼の鎧を造ってください」
ペルトの言葉に同意したユーリンが、本来は最も優先されるべきことだと強い言葉でロドニーに迫った。
「そうだな。皆の武器と防具が揃ったら、造るよ」
「それでは遅うございます」
「まあまあ、そんなに目くじらを立てると、小ジワが増えるぞ」
「こ、小ジワなんてありません!」
プンプン怒るユーリンを宥めるロドニーに、エミリアが言う。
「お兄ちゃん、私の剣と鎧も忘れないでね」
「そうだったな。だけど、真鋼の武具は重いぞ。いいのか?」
「細剣はより細く、鎧は革と真鋼の複合にしてくれればいいと思うの」
「重量をできるだけ増やさない工夫だな。分かった」
ペルトにエミリアの細剣と複合鎧を頼んだロドニーは、まだ怒りの収まらないユーリンの背中を押して、廃屋の迷宮に入っていく。その後からエミリアもついていくが、2人の痴話喧嘩には近づかないようにしていた。
今回は3層で黒ルルミルを探すつもりでいる。やはり黒を狩っておかないと、中途半端な気がしたのだ。
3層と言っても、その全てを探索したわけではない。3層では真鉱石が発見されないのが常識のため、戦闘経験を積むことと生命光石を集めることが優先されていたからだ。
これまで入ったこともないような奥へ向かったロドニーたちは、そこで黒い塔を発見した。沼地のせいかその塔は傾いていて、なんとも危なそうな感じを受けた。
3人は塔の周囲をぐるりと回った。入り口は1カ所だと分かった。
「5階建てくらいかな」
外から見る限りはそのくらいの高さだが、地下があるかは分からない。
その塔の中からただならぬ気配を感じる。しかも、それは1つではなく、いくつかの気配があった。そのことをエミリアとユーリンに伝えると、エミリアが肩を回して気合を入れた。
「お兄ちゃん、ユーリン。行くよ!」
「おう」
「はい」
3人は朽ち果てて今にも倒れそうな木の扉を開けて塔の中に入って行った。
塔の中は吹き抜けになっていて、かなり天井が高い。ところどころに明り取りの窓があるため、うす暗いが視界は確保できる。天上は高く、やはり5階くらいはありそうだ。
壁沿いに幅50セルーム程の螺旋状の階段があって、それを登っていけと言っているように見えた。
「行くぞ」
ロドニーが先頭に立ってエミリア、ユーリンの順に上っていく。手摺もフェンスもない階段なので、上がっていくにつれてその高さがよく分かる。
「ここで襲われたらかなり危険だな」
「そんなことを言っていると、襲われちゃうよ。お兄ちゃん」
人、それをフラグと言う。そのフラグ通り、何かの気配が近づいてくるのを感じたロドニーは、2人に警戒を促す。
「毒蝙蝠です!」
両翼を伸ばすと1ロムはあろうかという大きな蝙蝠型のセルバヌイ。その牙に毒があるのは有名である。ただ、廃屋の迷宮の3層で毒蝙蝠の発見例はなかったので、毒の対策を3人はしていなかった。
「ちっ、面倒な。2人とも噛まれないようにしろよ」
「「はい」」
よく見ると数十体の毒蝙蝠が天井にぶら下がっていた。暗いために天井が黒く見えていたと思っていたロドニーだが、その黒さが毒蝙蝠によるものと分かって舌打ちをする。
2体の毒蝙蝠がmロドニーたちを警戒するように飛んでいる。ロドニーたちは剣を抜いているが、毒蝙蝠は飛んでいるため近づいてこない限り剣が届かない。ロドニーは『高熱弾』で毒蝙蝠を攻撃することにした。
高速で飛翔した『高熱弾』は、1体の毒蝙蝠に命中した。しかし、それが引き金となって、天井にぶら下がっていた数十体が一斉に飛び立ち襲いかかってきた。
「弾幕を張るんだ!」
「分かった!」
「はい!」
ロドニーは『高熱弾』、エミリアは『火球』、ユーリンは『風球』を放って、毒蝙蝠を攻撃する。
『高熱弾』は高速で飛翔するので毒蝙蝠に命中するが、エミリアとユーリンの攻撃は躱されてしまう。それでも、牽制にはなるので毒蝙蝠の接近を防ぐ効果はあった。
また、弾幕を掻い潜って近づいてきた毒蝙蝠は、剣で倒した。エミリアとユーリンとしては、近づいてくれたほうが倒しやすかったのだ。
激闘の末、毒蝙蝠を殲滅できた。その生命光石はかなりの数になるが、全て1階の床に落ちているのであとから拾うのが大変だ。
階段上りを再開して頂上に到着すると、1つの扉があった。その扉の中にも気配があるのが『鋭敏』のおかげで分かった。
ロドニーはゆっくりと扉を開ける。扉の向こうは真っ暗で、視界がきかない。
「松明が要るな」
ユーリンが松明を用意しようとしたところで、ロドニーが吹き飛んだ。
「ぐあっ」
「お兄ちゃん!?」
「ロドニー様!?」
吹き飛んだロドニーは壁にぶち当たり危うく階段から落ちるところだったが、なんとか持ちこたえた。
「大丈夫だ。『金剛』が護ってくれた」
何があるか分からなかったので、『金剛』を発動させて扉を開けたのが良かった。ロドニーは『鋭敏』で気配を探って『高熱弾』を射出した。
その『高熱弾』が何かに当たって消え去った。
「まさか迎え撃たれたのか!?」
高速で飛翔する『高熱弾』を迎え撃たれるとは思ってもいなかったロドニーは、歯を噛み悔しさを滲ませた。
「こうなったら数で勝負だ!」
『高熱弾』を連射する。しかし、それを何かで迎え撃たれ、さらには機敏な動き(と思われる)で躱されていく。『高熱弾』が躱されて壁に穴が開いていくと、光が入ってきて次第にそれの正体が見えてきた。
「黒ルルミルか!?」
「かなり大きいです!」
白ルルミルも大きかったが、この黒ルルミルはさらに大きかった。しかも、『高熱弾』を迎え撃てる威力のある何かを放出することができるため、油断はできない。
3人は黒ルルミルを包囲するように位置取った。
ロドニーが『高熱弾』を射出すると、黒ルルミルは異常な反応速度を見せて、それを躱した。そこにエミリアが一気に距離を詰めて三連突きを放ったが、黒ルルミルは体を変形させてその突きを全て躱してしまった。
「うっそーーーっ!?」
「こいつはただのルルミルじゃない。ヤバい奴だ」
「また
エミリアは5層の馬頭でさえ完封できるほどの力を持っている。そのエミリアの速度に対応して三連突きまで躱せるルルミルなんて居ないだろうと、ロドニーは毒づきたくなった。
黒ルルミルの異常さはそれだけではなかった。ユーリンの大剣に黒い何かを射出してその大剣を弾いたのだ。
「くっ、やりますね」
さらに、黒ルルミルは触手のようなものを伸ばして追撃しようとするが、ユーリンは大きく飛びのいてそれを躱した。
そこにエミリアが飛び込んでその触手を切り飛ばそうとしたが、細剣は黒ルルミルの触手をすり抜けた。
「げっ、こいつ切れないよ」
黒ルルミルが飛ばした黒い何かを躱しながら後退するエミリアが、顔をしかめた。
「悪霊と同じかよ……本当に面倒だな」
今のエミリアの武器は普通の鉄製なので、悪霊系は切れない。ただ、『鋭気』を剣に纏わせることで、悪霊も切れるようにはできる。
ロドニーは『加速』を発動させて一気に距離を詰めて黒ルルミルを斬った。手応えはあったが、黒ルルミルを倒すまでには至っていない。
「こんにゃろーっ!」
黒ルルミルが動揺したように思ったエミリアが、『鋭気』を纏わせた細剣で四連突きを放った。その攻撃は確実に黒ルルミルを貫いてダメージを与えた。そこにユーリンが大剣を振り下ろし、黒ルルミルを真っ二つに両断した。
3人は勝ったと思ったが、なんと黒ルルミルは2体になって活動を始めた。
「くそっ、これじゃぁきりがないぞ」
「お兄ちゃん、どうすの?」
「どうするったって……。ちょっと考えるから時間を稼いでくれ」
「いいけど、考えてなんとかなるの?」
「分からない」
それが分かっていたら、時間を稼ぐ必要はない。
とにかく、エミリアとユーリンで2体の黒ルルミルを相手して、その間にロドニーが考えることになった。
(どうしたらいいんだ? 考えて何が分かる?)
ロドニーは何も浮かんでこない頭を激しく振って、頭の中を空っぽにして先入観なしで黒ルルミルと2人の戦いを見つめた。
黒ルルミルは2人の攻撃をその反応速度で躱し、さらには黒い球を放って反撃までする。
(ん……動きがさっきより遅い? エミリアの攻撃が微妙に掠っているぞ)
2つに別れたことで、黒ルルミルの大きさは半分ほどになっている。それだけではなく、黒ルルミルの動きが遅くなっている。おそらく分裂すると能力が下がるのだろう。だが、それはわずかな差でしかないので、攻撃してさらに分裂されたら手数で負けてしまうかもしれない。そうならないためには、一瞬で消滅させる必要がある。
一瞬で黒ルルミルを消滅させる手段としてすぐに頭に浮かんだのは、『高熱弾』だった。だが、なんとなくだが、『高熱弾』では威力が足りないと、ロドニーは思った。
「くっ」
ユーリンが黒い球を受け、苦悶の表情をする。エミリアも何度か黒い球が掠っていて、額に大粒の汗を浮かべている。このままでは、2人は
(どうするんだ。どうすればいいんだ……)
そこでロドニーは閃いた。1つで攻撃力が足りないのであれば、2つ3つと重ねてしまえばいい。
『高熱弾』の威力をさらに上げるために、『炎弾』を重ねて発動させようとした。連続で発動させるのではなく同時に発動させ、さらに合体させるためそのコントロールはとても難しいものだった。息をするのを忘れるほどの集中をする。全身の毛穴から汗が吹き出し、それが左目の中に入る。
「避けろ、エミリア」
その声でエミリアが飛び退き、ロドニーが『高熱弾』と『炎弾』を合体させた『高熱炎弾』とも言うべき燃える弾を射出した。
『高熱炎弾』は不規則に揺れながらも超高速で飛翔し、炎の帯を残して黒ルルミルに命中した。『高熱炎弾』は黒ルルミルの体内に取り込まれたように見えたが、直後、黒ルルミルの体が膨張して炎に包まれ、最後には弾け飛んだ。
「はぁはぁ……」
黒ルルミルを1体倒したが、ロドニーの全身が脱力感に襲われてその場に腰が落ちてしまった。
「お兄ちゃん、やったー!」
「お、おう。やったぜ」
肩で息するロドニーだったが、そこでユーリンが吹き飛ばされた。
「「ユーリン!?」」
エミリアが黒ルルミルとユーリンの間に入る。さすがに素早い。
ユーリンは黒い球の直撃を受けたようで、腹を押さえて蹲っている。その額からはかなり大粒の汗が滴り落ち、その痛みのほどが窺えた。
「くっ、ここでやらなくて、いつやるんだ!」
振るえる足を殴りつけて立ち上がったロドニーは、もう一度『高熱炎弾』を構築した。
目がかすむほどつらいが、ユーリンはもっと苦しい思いをしているのだと自分を鼓舞する。
「エミリア!」
「うん!」
「喰らえ!」
超高速だが不規則に揺れる『高熱炎弾』は黒ルルミルに命中した。先ほどと同じように、燃え上がった黒ルルミルは弾けて消滅した。
それを見て安心したのか、ロドニーの意識はそこで途切れた。
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