第17話
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017_強兵への道
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今日は従士が一堂に会して行われる会議の日。
今までの緊急事態がない限り会議など行われていなかったが、それではいけないとロドニーが隔月の頻度で開催することにした。その第一回目の会議が今日行われる。
「皆、よく集まってくれた。これより第一回フォルバス家方針会議を開催する」
ロドニーが開催を宣言すると、キリスが書類を各人の前に置いていく。
「この方針会議は、5名の従士と政務を取り仕切るキリス、それにガリムシロップの工房責任者であるスドベインがメンバーだ」
ロドニーを入れて8名がここに集まっている。
「では、わたくしキリスが、進行役を務めさせていただきます。お手元の資料の1ページ目をご覧ください」
最初の議題はフォルバス家の財政問題であった。
「ハックルホフ交易商会とメニサス男爵の借金はなくなりました。よって、借金はバニュウサス伯爵閣下からお借りしている大金貨600枚のみとなっております」
その金額を聞き、従士たちからかため息が漏れた。
フォルバス家の税収が年間大金貨120枚程度なので、5年分の税収に匹敵するのだからため息が出るのも無理はない。
「ロドニー様。返済の見込みはあるのでしょうか?」
従士長のロドメルが厳しい顔で質問した。
「問題ない。その話をこれからキリスからしてもらう。先ずは聞いてくれ」
「はっ」
ロドニーに促されたキリスが昨年の税収について読み上げた。
フォルバス家の税収は、シシカム(大麦)が50トン。ザライ(ライ麦)が70トン。これを通常は商人に売却して現金化しているが、今回は共に販売していない。
「シシカムとザライを売却しなかった理由は、備蓄のためです。当家はいざという時の備蓄がまったくありませんので」
フォルバス家の倉庫の中には、昨年の秋に収穫したシシカムとザライが収められたままだ。フォルバス家の食卓に並ぶ分は少し減っているが、家で食べる分は些細なものでしかない。
ザライは粉にして酵母液を使ってテッコ(パン)にしている。最近は村の家々から美味しいパンが食べたいというので、少しだけ酵母液を分けてやっている。
シシカムは粉にせずに炊いて食べる方法を考え出した。粉にしてテッコにしようとしても美味しくないのだ。だから、前世の記憶からシシカムを米のように炊いて、そこに自然薯のような山芋を擦り下ろして食べている。シシカムだけなのでパサパサだが、そこに自然薯をかけるとしっとりとする。塩味だけだが、これがかなり美味いとロドニーは思っている。それに山芋は栄養もあるので、好んで食べている。
「また、今年からは新規事業を始めますので、その事業でシシカムを消費することになります」
新規産業と聞いて、従士たちがざわめいた。キリスは咳払いをして、そのざわめきを抑え、人頭税と商取引税の報告もした。
「現金収入は、人頭税と商取引税から得られた大金貨33枚と小金貨7枚になります」
その金額の少なさにまたため息を吐く従士たち。
「次はガリムシロップの工房の収益について報告をします」
ガリムシロップの販売は、税金ではなくフォルバス家の収入に分別されている。
「現在、月産1200ロデム。卸額にしますと大金貨96枚が生産されております。また、来月には新たに竈が2カ所増えますので、さらに増産が見込めます」
今度は歓喜の声があがる。
「現在、現金は大金貨50枚を保有しておりますので、資金がショートすることはありません」
ガリムシロップを売れば、1カ月の収入がほぼ1年の税収になる。それを聞いた従士たちは頷いて、安堵の表情を見せた。
「さて、ここで先ほど申しました、新規事業の件をご当主様より説明していただきます」
従士たちが背筋を伸ばした。
「酒を造る」
ロドニーが言葉少なく告げると、ホルトスが手を挙げた。ロドニーが発現を許可すると、ホルトスはどのような酒を造るのかと尋ねた。
「ビールという酒だ」
「はて、聞いたことがない酒ですが、異国の酒でございますか?」
「その通りだ。原材料はシシカムを使うから、仕入れる必要はないのが大きいな」
「なるほど、税収で得たシシカムを使われるのですな。ふむ」
ロドニーはビール製造をする職人の育成を行うと言った。最初は失敗するかもしれないと話したが、ガリムシロップの販売が順調なので、問題ないと説明し従士たちを安心させた。
「しかし、なぜそのびー、ビールでしたか、を?」
「理由は2つある。1つ目は先程も言ったように、原材料を税収として得られるということだな。2つ目は国内に同じ酒がないということ。同じ酒がないのであれば、差別化ができて単価も高く設定できる」
ロドニーの説明に、従士たちは納得した。そもそも、従士たちにそういったことを考える土台となる知識がないので、納得できる理由さえ並べてしまえば否定しない。それにガリムシロップという成功例があるため、否定しにくいという状況もあった。
「そこで、ホルトスのところのドメアスを呼び戻せないか? 酒蔵の責任者として働いてほしいんだ」
「ドメアスをですか……確認してみます」
「頼む」
ドメアスはホルトスの次男で、今はザバルジェーン領のケルペという小さな町でマリーデ(ワインに似たもの)という酒の職人をしている。
7年前からケルペの酒蔵で職人見習として働いていたが、昨年見習が取れて一人前の職人になっている。そのドメアスを呼び寄せてビールを造らせようというのだ。
ビール造りとマリーデ造りは全く同じ工程というわけではないが、同じ酒造りの勘のようなものが生かせるとロドニーは思っていた。
「税収と収益、新規事業の件は以上になります。次はラビリンス関連の案件と領兵の待遇の件になります。資料の2ページ目をご覧ください」
キリスに促されて資料に目を通す。
1)廃屋の迷宮から真鉱石の採掘量を増やしたい。
2)7層以降も探索したい。
3)上記2点を踏まえて、領兵の質の改善に伴う待遇改善をしたい。
「先日発見した4層の真鉱石の鉱床から、赤の真鉱石が採掘できている。現時点で300ロデムの真鉱石が倉庫にある。おそらく、あのような鉱床は他にもあるはずだ。それを発見したい」
「真鋼を得て資金を得るということですな?」
「そうではなく、領兵の武装を充実させるつもりだ。ロドメル」
「まさか、領兵に真鋼の武具を与えるというのですか?」
「領兵だけではなく、お前たち従士もだ。と言っても、まだ真鉱石を真鋼の武具に鍛えてくれる鍛冶師がいないので、しばらく先の話になるがな」
ロドニーはフォルバス家の武装強化を考えていた。それには、デデル領特有の事情があるのだ。
デデル領は最北の領地であり、冬が長く厳しい土地柄だ。ロドニーがガリムシロップを作って売るまでは産業と言えるようなものはなく、国内でも有数の貧しい土地だったのだ。そのため、人口が少ない。人口が少ないことでわずかな兵士を集めるのも大変だ。昨年父と共に出征して死んでしまった領兵の補充もままならない。
補充できないのであれば、死なさなければいい。できるだけ、怪我をしないようにすればいい。ロドニーはそう考えて、領兵を護る防具を主に、主力である精鋭部隊にはできる限り上質の武器を与えたいと考えていた。
「ロドメルたちも知っての通り、たった20名の領兵を募集しても、その半分も集まらない。そういうことを考えれば、領兵はとても貴重だ。だから、領兵を護る防具をできるだけ良いものにして、死傷させなければいいと思ったわけだ。そのためには、新しい産業を育成して潤沢な資金を得て、ラビリンス内で多くの真鉱石を採掘して武具を造る」
ロドニーの言葉を聞き、従士たちは領主ロドニーの苦労を知った。自分たちは領兵を率いて生命光石を集めたり、盗賊退治をすればいいと思っていたので、身につまされる思いだった。
「2つ目の7層以上の深い層を探索したいと思うのは、それだけよい根源力を得られるからだ。ちなみに、これからは、領兵にも積極的に根源力を得てもらおうと思う」
「しかし、領兵に根源力を得させると、上納用の生命光石を集めるのに支障が出ますが」
左頬に傷跡があるロクスウェルが、厳しい顔で問うてきた。
「これも段階的に行う。とりあえず、1層から3層のセルバヌイから得られる根源力は、全員に覚えてもらうつもりだ。その分、精鋭部隊には苦労をかけると思う。また、領兵たちのやる気を出すために、待遇の改善を行うつもりだ」
ロドニーはまず給金を引き上げると言った。
・1年未満の領兵には毎月小金貨1枚(現状と変わりなし)。
・1年以上5年未満の領兵には毎月小金貨1枚と大銀貨2枚。
・5年以上15年未満の領兵には毎月小金貨1枚と大銀貨5枚。
・15年以上の領兵には毎月小金貨2枚。
・能力給として4層探索ができるようになったら、毎月大銀貨5枚を上乗せ。
・能力給として5層探索ができるようになったら、毎月大銀貨7枚を上乗せ。
・能力給として6層探索ができるようになったら、毎月小金貨1枚を上乗せ。
・4層以上の探索を行う領兵には、真鋼の防具を貸し与える。
「それでは、かなり経費が増えてしまいますが、よろしいのですか?」
「エンデバーの懸念は当然のことだ。だが、ガリムシロップの収益があるから、これくらいは許容範囲だ。ただし、能力給に関してはノルマを設定するつもりだ」
「ふむ、今よりはるかに良い待遇です。兵らもやる気になるでしょう」
「武具に関しては、今すぐ改善できない。だが、給金は次の支給から適用する。4層以降のノルマに関しては来月の実績を集計し、クリアしたら能力給を与えると皆に伝えてくれ」
「「「「「はい」」」」」
この政策によって、デデル領の領兵は強兵への道を進むことになる。大貴族家の領兵でも得られない給金を得られるため、フォルバス家への忠誠心が高くなり、質の良い武具を与えてくれるロドニーに感謝するのだった。
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