第13話

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 013_メニサス男爵

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 借金返済のためにデルド領に向かうロドニーは、箱馬車の御者席で暖かくなった日の光を浴びて気を緩めている。箱馬車の横で進むユーリンが、視線鋭くロドニーを見つめながら馬を寄せていく。


「ロドニー様。後方からつけてくる者がいます」


 ユーリンの言葉を聞き、ロドニーは後ろを振り向いてしまう。こういう時は振り向かないものだとユーリンに指摘されてしまった。


「すまない……。あいつらは、盗賊か?」

「可能性はありますが、同じ方向に向かっているだけなのかもしれません」


 ちらりと見ただけだが、荷馬車に3人が乗っていて、全員が武装している。盗賊が出ることもあるので武装するのは当然だが、風貌が良いようには見えなかった。


「そうか。どちらにしろ、気を引き締めて警戒を怠らないようにしよう」

「はい」


 自分が一番緩んでいたのだが、そこは言わない。ロドニーは箱馬車の屋根の上に置かれた金棒を、いつでも取り出せるように身構えた。


 今回は借金返済だけではなく、ザバルジェーン領の都市バッサムにも向かう予定なのでエミリアと母のシャルメも同行している。2人に危険なことがないようにしたい。


 箱馬車が1台と荷馬車が2台。エミリアとシャルメは箱馬車の中、ロドニーは箱馬車の御者席に兵士と共に乗り、ユーリンは馬、荷馬車にそれぞれ2名の兵士が乗っている。

 荷馬車にはバニュウサス伯爵に献上するガリムシロップも載せていることから、一行の速度はゆっくりだ。


 アブラン領からデルド領に入ってすぐに、それは起こった。街道を10人ほどの一団が封鎖していたのだ。

 その風貌は明らかに盗賊であり、馬車を止めて様子を窺っていると矢が飛んできた。ユーリンは抜剣と共に矢を切り落とした。


「抜剣! 総員抜剣だ!」


 ユーリンの凛とした声が響くと、兵士がそれに反応して剣を抜いた。よく訓練されているのが、その動きで分かった。


「ザドスとゲラルドは後方を警戒!」

「「おうっ!」」


 今回連れて来ている兵士は、廃屋の迷宮の6層を探索している5名だ。対セルバヌイだけではなく対人戦も経験豊富な領兵たちだ。さらに中級根源力を最低でも1つは得ている精鋭でもある。ロドニーが家族を護るために精鋭を用意していたのだ。


「ケルドは馬車を護れ」

「おうっ!」

「セージとゾドフスは私について来い!」

「「おうっ!」」


 ユーリンは馬の腹を蹴って、前方で道を塞いでいる者たちに向かった。

 矢がユーリンに向かって飛んで行った。ロドニーは危ないと声を出しそうになったが、ユーリンは大剣を軽々と振って矢を切り落とした。


「デデル領主フォルバス騎士爵の一行を邪魔するものは、何人たりとも許さんぞ!」


 馬の速度を落とすことなく、ユーリンは突撃した。ロドニーも援護をしようと『高熱弾』を射出した。高速で飛翔する『高熱弾』はユーリンを追い越し、盗賊の1人に命中すると、その盗賊の胸に大きな穴を開けた。

 声も出せずに倒れた盗賊を見た仲間たちは、一瞬で混乱に陥った。そこにユーリンが突撃して一度に2人の首を切り飛ばすと、また矢が飛んできた。ユーリンは首を傾けてその矢を躱し、馬を器用に操って盗賊の1人を蹴り飛ばした。


「林の中の奴、邪魔だな」


 ロドニーは『鋭敏』を発動させて、林の中の気配を捜した。射手の気配はすぐに発見でき、『高熱弾』を射出した。『高熱弾』は直系25セルームほどの木を貫通して、その射手に命中し林の中から悲鳴が聞こえた。


 セージとゾドフスがユーリンに追いついて、盗賊に切りかかった。練度は明らかにセージとゾドフス、そしてユーリンのほうが上なので安心して見ていられた。


「ユーリン、やるわねー」


 エミリアが箱馬車の窓から顔を出して、ユーリンの勇姿を眺めていた。


「おい、顔を出すな」

「いいじゃない。あ、お兄ちゃん、後ろでも戦いが始まったよ」

「何?」


 ロドニーが後方に視線を向けると、警戒していたザドスとゲラルドが盗賊と剣を合わせたところだった。

 後方は盗賊が3人ということもあって、そこまで苦戦していないようだ。ザドスが2人を引きつけ、その間にゲラルドが1人を倒した。そうなると2対2なので、決着に時間はかからない。


 前方に視線を戻すと、すでに盗賊は逃げ出していた。そこでロドニーは『高熱弾』を射出した。盗賊は逃がすとまた他の旅人や商人を襲う。下手をすれば、帰り道でまた襲われることも考えられる。だから、捕縛するか皆殺しにするか、どちらかの選択が迫られるのだ。そして、ロドニーは殺すことを選択した。

 背中に命中した『高熱弾』が貫通して、盗賊は息絶えた。貴族の末席に名を連ねるロドニーにとっては、当たり前の選択だった。たとえここが自領でなくてもだ。


 ロドニーは今回連れてきた兵士の中で最年長のケルドを伴って、メニサス男爵の屋敷を訪問した。ケルドは30年以上も領兵として働いてくれていて、ロドニーとも一緒に訓練をしたこともある。ただし、ロドニーに剣の才能がないと知っていることで頼りなさを感じていたが、盗賊との戦闘で『高熱弾』で援護していたのを見て見直していた。


「申しわけありません。主はまだ帰ってきておりません」


 ロドニーが1カ月前にメニサス男爵との面会のアポをとって、予定通り訪問した。それなのに、メニサス男爵は所用があって出かけていると、使用人に告げられた。


「なぜメニサス男爵が不在なのですか?」

「昨日には帰ってこられる予定でしたが、遅れているようなのです」

「今日はもう帰ってこられないのでしょうか?」


 予定が遅れることはよくある。天候や盗賊など原因は色々だ。


「申しわけございません。私めではお答えできかねます」

「……そうですか。本来であれば、待たせてもらうところですが、バニュウサス伯爵との面会の予定もありますので、帰りにでも寄らせてもらいます」

「申しわけございません。主にそうお伝えいたします」

「そうしてください。また、今回のことで返済が遅れたとは言わないようにしてほしいものです。今回のことは、バニュウサス伯爵にもお話しますので、そうメニサス男爵にお伝えください」


 バニュウサス伯爵はロドニーのフォルバス騎士爵家の寄親でもあるが、メニサス男爵の寄親でもある。こういった寄子同士で争いの種になるようなことは、寄親が介入や仲裁をするのが慣例だ。

 1カ月も前からアポを取って予定通りにやってきたロドニーは悪くないという結果になるのは目に見えている。また、借金を全額返済すると言っているロドニーに無足を運ばせたのだから、世間の人は借金の返済をさせずに利子を取ろうとメニサス男爵が考えたと言いかねない。それは金に無頓着であるべしという貴族のあり様とは相反することなので、最悪の噂になる。


 そんなロドニーが席を立ち帰ろうとしたところで、扉が開いて小太りの小男が部屋に入ってきた。


「いやー、すまぬ。遅れ申した」


 この小太りの小男がメニサス男爵だ。髪が薄くなっているのを誤魔化そうと、違和感のある毛が頭に載っている人物だ。そのメニサス男爵は全く悪怯れなかった。

 その態度にケルドは眉を寄せるが、ロドニーはにこやかに対応した。


「お久しぶりです。メニサス男爵」

「ロドニー殿であったな。久しぶりだ」


 どかりとソファーに座り込んだメニサス男爵に、ロドニーは要件を切り出した。今回で借金の全てを返済するためだ。

 大金貨がぎっしりと入った革袋をテーブルの上に置き、メニサス男爵が使用人に数を数えさせる。


「こういうのは、ちゃんとしておかないとな。気分を害されるなよ」

「当然のことですから、問題ありません」


 使用人が大金貨を数え終わり枚数に問題ないことを継げると、メニサス男爵が証文をロドニーに渡した。ロドニーは証文を確認し、それをその場で破った。


「これまでご迷惑をおかけました。しかし、これで全て完済しましたので、私も肩の荷がおりました。これからも当家と末永いお付き合いを願います」

「うむ。また困ったことがあれば、頼ってくるがいい」


 爵位でも年齢でも領主としての経験年数もメニサス男爵のほうが上なので、ロドニーは失礼のないように挨拶して屋敷を後にした。


「男爵は何故遅れたのでしょうか?」


 屋敷の門を出たところで、ケルドがそう質問をした。それに対して、ロドニーは苦笑して屋敷を振り返った。


「遅れてきたんじゃない。居留守を使っていたんだ」

「なっ!? それは真ですか?」

「ああ、部屋の外で聞き耳を立てていたんだ。俺がバニュウサス伯爵の名前を出さなかったら、あのまま俺を帰していたかもしれないな」


 ロドニーはもしかしたら襲われて金を盗られるかもしれないと思い、『鋭敏』を発動させて周囲の気配を探っていた。隣の部屋からロドニーたちの話を聞いていたメニサス男爵の気配はしっかりと把握できた。ただし、それがメニサス男爵なのかはさすがに分からなかった。

 だが、誰が聞いていようと、ロドニーはこれ以上無駄な利子を払わなくて良いように伏線を張っておかなければならなかった。それがバニュウサス伯爵の名前を出すことだった。


「なんという卑怯な行い……」


 ケルドは呆れ果て、メニサス男爵屋敷を睨みつけた。


 その頃、メニサス男爵屋敷内では、メニサス男爵が使用人を殴りつけていた。その使用人はロドニーの対応をしていた者で、彼は何も悪いことはしていなかった。

 ロドニーの思惑が当たっていて、メニサス男爵は借金を完済されて利子が回収できなくなることを嫌ったのだ。なんと言っても年利12割という高利なので、笑いが止まらない商売だった。それが完済されたら、小銅貨1枚も儲からないのだから、メニサス男爵としては完済など許容できるものではなかったのだ。


「あのクソガキめ、生意気言いやがって。バラスたちは何をやっているのだ?」


 バラスというのは盗賊に扮してロドニーたちを襲った者たちだ。あれはメニサス男爵の命令で、金を奪おうとしたデルド領の兵士たちだったのだ。


「バラスたちは全員死亡が確認されました。フォルバス騎士爵が盗賊を討伐したと、届け出ております」

「なんだとっ!?」


 領兵の中でも荒事に慣れた者たちを送ったが、返り討ちに合ったと聞いたメニサス男爵は顔を赤くしたり青くしたりして、怒りをぶちまけた。


「あのクソガキが! この恨みは決して忘れぬぞ!」


 完全に逆恨みだが、メニサス男爵は鼻息荒くロドニーへの罵詈雑言を吐きまくった。


 

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