第8話



次の日、午前中に入っていた雑誌の取材をサッと切り上げ、その足で病院へと向かった。



「……ここだ」


受付で部屋を教えてもらい、四階角部屋の扉を開く。



「失礼します」



誰もいない小さな個室。



窓際のベッドには、たくさんの管に繋がれた桜子がいた。



その管はまるで鎖のように、彼女をベッドに縛り付けているようで。


ぽてっとして愛らしかった頬はけ、白く細い腕は骨が浮き出ていた。




「……桜子」



「こんにちは」


「あ、勝手にすみません! 私……」


「大森絢香さん、ですよね?」


「……はい」


「桜子の母です。やっぱり女優さんは綺麗ねえ! 娘からよく話を聞いていたの」


「そう、だったんですね」



あ、そうそうと、桜子のお母さん……おばさんは持っていた紙袋から、何かを取り出した。



「……これは?」


「あの子が書いた日記よ」


淡い桜色の背表紙が可愛らしい、まるで本のような日記。

それが何冊も、何冊も出てきた。


「入退院を繰り返すようになってからあの子、物忘れが激しくなったって言っていてね。原因が分からなかったから、いつか大切なものまで忘れていってしまうかもしれない。それが怖いって」



大切なもの……。



「だからここ一年くらいかな? 日記を付けていたみたいなの。」


「渡したいものって、この日記ですか?」


「本当は〝絶対見ちゃだめ〟なんて言われて、私も中は読んでいないんですけど……忘れたくないもの、大切な思い出を書いているなら、きっとそれは絢香さんとの思い出だと思ったの。」


あの子、高校の時からよくあなたの話をしていたのよ。

と、おばさんは優しく微笑んでそう言った。




「……経過観察なの。桜子がこれからどうなるのか、お医者さんも分からないんですって」


「そんな……」


「だから、ね。あの子が大切にした思い出、あなたとの思い出が詰まったこの日記を、絢香さんに持っていてほしいの」






〝……桜子むすめを、忘れないでほしいの〟






桜子の日記が入った紙袋を抱きしめ、私は家路を急いだ。



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