第16話 罅。−2

 ひび割れた。

 学校中のSNSで流行るのはなんとなく我慢できるけど、この噂が話題になって学校に抗議の電話が引きも切らずかかってくるのが一番厄介なことだった。多分、学生たちの親が二人の穢らわしい関係にねじ込んでいる様子だった。


 今日も職員室でその電話ばかりかかってくることに飽きる教頭先生。


「はあ…雪原先生。」

「…はい。」


 さくらを見て教頭先生はため息をついた。この状態になって、誰に責任を取ってもらえばいいのかすら曖昧だったからだ。そもそもただのSNSにここまで盛り上がるとは思わなかったから、学校側は適当に誤魔化して人々の頭から消えるまで待つつもりだった。


「…」


 世の中は他人のことでおしゃべりするのが楽しいからいちいちちょっかいを出す。


「失礼します。」

「あ。」


 校内放送で教頭先生が俺を呼び出した。

 静まり返る職員室の中、教師たちが俺の登場にびっくりする。席についていた小春先生も慌てる顔をして教頭先生の方をちらっと見た。いつもより重い空気が職員室の中を埋め尽くして、それぞれの緊張感が高まる。


「秋泉くん。」

「はい。なんか変な噂が流行っているようで、それについて話があります。」

「ん?」

「これは私が一方的に雪原先生のことを誘った結果です。だから先生は何一つ間違っていません。噂のせいで学校側に迷惑をかけてしまったので、謝罪をしに来ました。」


 その話を聞いた教頭先生はためらう。

 俺から学校を出る、その選択肢しかいなかった。変な噂から先生を守るためには、俺からその鎖を断ち切る必要があった。二人がこの学校にいたら、この事態は収まらない…ちょっと惜しいけどな。これでいいと思う。


「今日、転校届を提出しました。」

「何を…」

「ちょっと待って!秋泉くん。」

「もう決めたことなので…そして最後に言いたいのは雪原先生は何も間違ったことはしていません。」

「…」

「では、これで。」


 教頭先生と先生は俺に何も言えなかった。

 職員室を出て教室に戻ると、ざわめく教室が一瞬だけ静まり返る。それに気にせず、すぐカバンを取って教室を出た。そして山口からもらった一宮の連絡先、俺は今から学校をサボって一宮に会いに行く。あの人から直接聞きたかった。


「…」


 職員室でさくらと教頭先生が話し合った後、仕事に戻る。

 席に戻ってきたさくら、隣席でじっとしている小春が静かに泣いているさくらの姿に気づいた。とても悲しく泣いているさくらに声をかけなかった小春はただ黙々と自分の仕事をするだけだった。


 ……


「あれ?蓮くん。」


 俺から直接人けがない公園に、あの一宮を呼び出した。


「久しぶりって言えばいいのか。」

「へえ…元カノに会いたくなった?」

「吐き出しそうだから、単刀直入で言う。どうするつもりだ。」

「へえ…?何を?」


 中学の頃から何一つ変わってないのがむしろすごいな…言い方もやり方も汚いあの頃のままだ。


「SNSであの写真…」

「あー!あの写真だよね!面白いでしょう?」

「はっ?」

「だから、なんでそんな汚い関係を築くのかマジで分かんないよね?」

「…理由はないってこと?」

「うん!だって面白いじゃん!」

「そうか…ただ面白いから…昔のままだよね。クソ人間だったのは。」

「は?なんで?クソ人間は歳がそんなに離れている教師と付き合う蓮くんでしょう?」


 中から湧き上がる感情をコントロールするのができなくて、その言葉をすぐ返した。理由を聞くために呼び出したけど、この人にそんな理由なんて最初からあるはずがなかった。少なくとも謝ってくれると思った俺の考えが甘かった。


「いじめばかりして、あちこち男と遊びまわるお前には聞きたくないけど…?どうせ、中学の頃と同じだろう?男とやって、捨てて、またやって、捨てるのが。」

「…」

「俺は少なくとも他人に迷惑はかけない。本当にお前の前から消えるから、もう自分の人生を生きろ…これ以上を話しても意味なんかない。」

「なんで思う通りならない…?」


 一人で呟く一宮が怒っていた。


「なんで…」

「知るか…お前の性格がねじけているだけだ。何かあったかと思ったら時間の無駄だった…帰る。さよなら。」

「何一つ私が思う通りにならないのが、嫌なんだよ!みゆきも蓮も全部嫌なんだよ!」

「お前、可哀想だ。」

「違う…違う違う違う違う違う違う違う!!」


 声を枯らす美那。

 美那から背を向けた時、ただ脅かすために投げた石が蓮の頭に当たってしまった。


「…っ。」

「あっ…!」


 その場に倒れた蓮が地面に落ちる自分の血を見て、すぐ意識を失う。

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