先生は甘いものが嫌い。

星野結斗

チャプター:1

第1話 好きな人。

 俺には好きな人がいる。

 その人はちょっと年上で、可愛くて…そんな人だ。なんか説明が足りないと思うけど、俺にも説明がうまくできないほどいい人ってことだ。


れんくん…」


 俺が通っている学校は家からすごく近いけど、どうしても早く行かないといけない変な癖を持っている俺は毎朝7時30分に家を出る。


 その度、聞こえるこの声とともに「雪原ゆきはらさくら」先生に挨拶をして俺の朝が完全に始まる。


「おはようございます…雪原さん。」

「…」


 ぼーっとして俺を見つめる先生には何か不満がありそうだ。

 今年で24歳になるうちの先生はたまに俺にだけ見せる顔がある。朝から頬を膨らますその顔を見ると、今朝もなんか気に入らないことが起こったみたいだ。


「蓮くん…」

「はい。」

「昨日…ね…」

「はい。歩きながら話しましょー!」


 と、言うところで階段から足を滑ってしまった。


「蓮!」

「あっ…!」


 後ろから俺の腕を掴んでくれた先生のおかげでなんとなく危機を乗り切った。

 危ない、1秒でも遅かったらそのまま転ぶところだった。いきなり起こった状況にびっくりした俺は床から立ち上がって息を整えた。そして先生にお礼を言わないと…


「雪原さん…あり…がっ!」

「いけないよ…蓮。足元をちゃんと見ないと。」

「…」


 お礼を…言わない…と。

 腕を掴まれたまま壁に押し付けられて、俺を見下す先生の視線。その鋭い目つきが見える度、不器用な俺はいつも先生に助けてもらっていた。


 それと先生の顔が近い…すぐにでも触れる距離に顔が赤くなった。


「なんで頬を染める?」

「…」

「もしかして、ドキドキした?」

「いいえ…」

「いいえ?」


 頭を横に振って、先生から目を逸らした。


「ち、違います。ありがとうございます…」


 さっき言ってたよな。

 たまに俺にだけ見せてくれる顔があるって、その顔がこの顔だ。普通は「へー」と何を考えているのか分からない穏やかな顔をなんだけど、いざという時はこうやって瞬発力がすごい人に変わるんだ。


「ったく、蓮はまだ子供だな。」

「え…すみません。」

「じゃあ、行こうか?蓮くん。」

「はい…」


 さりげなく繋いだ先生の手に気づく、多分安全のためだと思うけど…

 たまにこうやって…助けてもらうのはありがたいけど、その目にはびびってしまうんだ。虎の前に置いている兎のように、普段なら大丈夫だけどたまに…うん、たまに怖いんだ。


 でも、そんな先生も…好き。


 ……


 始めたばっかりの新学期、俺は2年になっても「山岸朝陽やまぎしあさひ」と同じクラスになって安心した。せめて、一人でも知り合いがいてよかった。


「おいー!蓮!また同じクラスかー!」

「お!朝陽か。」

「今年もよろしくなー」

「うん、よろしく。」


 そして席に着いて外を眺めていたら、隣にくる朝陽が変な顔をして話をかけてきた。


「おいおい…蓮、知ってんのか?」

「何…?そんな変な…顔をして。」

「今年…うちの担任のことさ!」

「担任がどうかした?」


 「ふふふっ」と笑う朝陽が急に立ち上がって叫ぶ。


「うちの担任は!あの雪原さくら先生だぞ!胸が大きい!先生だぞ!」

「…」


 ———思考回路停止。


「はっ…?」


 また変な話を始めるやつに飽きて、机の中を片付けながら朝陽の話を聞いていた。そして気づかなかったけど朝陽の方に振り向いた時、いつの間にか朝陽の後に立っている先生の姿が見えた。優しい笑顔で俺たちを見つめる先生の中には今すぐにでも全員を殺す殺意が感じられた。


 早く朝陽を止めないと…


「朝、朝陽…」

「お前も期待した方がいいぞー!俺、先見たんだ…あの…先生の大きさを…」

「朝陽…やめろ…」


 小さい声で朝陽に話したけど、もう完全に聞こえないほど一人で盛り上がっている状況だった。


「すごいんだよ!お前も見りゃ分かる!男に生まれてよかった!」

「…」


 朝陽、頼むから…!そこら辺でブレイキ踏め!朝陽!


「朝…陽、ごめん…俺調子が悪くて…トイレ行ってくる。」

「そう?」


 席を離れる瞬間、先生の声が聞こえてびくっとした。


「どこに行きますか?秋泉あきいずみさん?」

「…え、ちょっとトイレを…行きたくて。」

「はい。そうですか?」


 さよなら…秋泉蓮17歳。

 まぁ…楽しい人生だった。

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